終業式終了
もしドッキリを画策しているなら、異常に教室が静かで重い雰囲気だったのはおかしいだろう。 そわそわした浮ついた空気が漂うはず。
仮にそれを隠すためのカモフラージュだったとしても不自然過ぎて逆におかしい。
「それにキミは自分がドッキリの狙いになるような人柄だと思っているの?」
「え?」
「そもそもドッキリってひっかけた人間を観察して楽しむものでしょう? もっと適任者がいるのではないかしら。たとえば土屋くんあたりとかね」
その発想は出てこなかった。
確かにドッキリを仕掛ける方の視点で考えてみれば、リアクションを期待できる人間をターゲットにしたいと考えるのが普通だろう。
「まあ、そうだね」
となると、リアクションが良いとはいえない俺よりも、他に適任者はこのクラスにいくらでもいる。
「もう一つ言うなら、担任の川田先生も私の存在を看過していたことから、ドッキリに加担していたと考えるのが至極まっとうだと思うのだけど、先生はそれほどに冗談の通じるお人だったかしら?」
「いや、無理だな」
俺の知る担任は根っからのことなかれ主義だったので、学校にばれたら問題になりそうなことを許可するとは思えない。
これだけ反対材料が出てくるということは、ドッキリではない。ということか。
でも穿った見方をすれば逆に、これだけすらすらと否定的な意見が出てくるもの怪しいといえばあやしい気もする。
「まあいくら私が言っても、キミを罠にかけてないと証明することにはならないので、結局は自分自身で判断してもらうしかないのだけどね。ふふふ」
疑心暗鬼な俺を見抜いたような冬緋さんの一言。
内心をずばり悟られた俺だったが、とくに嫌な気持ちにはならなかった。
「まあ、そうだよな」
それは彼女の言うことが尤もだと自分でも思ったから。
先ほどから冬緋さんは自分の意見を押し付けることはしていない。俺の言葉に耳を傾け、思考し、自分の考えを述べているだけだ。
こんなにも異常な状況ではあるが、自分の考えを真剣に汲み取ってくれる彼女との会話は悪くない。白状すると心地良くすらある。
冬緋さんの考えも聞いてみたい。
そんな風に思っていると、
『二年生、体育館に移動を始めてください』
というアナウンスが流れた。
もう少し話を続けたいが、終業式に参加する為にそろそろ体育館に移動しなくてはならない。
「下原君。今までの会話から、私はキミのことを話の分かる人間だと見込んでもいいのかしら?」
首を傾げ、何かを期待しているかのような意味ありげな笑みを浮かべる冬緋さん。
俺には彼女の謎かけのような質問の意味が推し量れない。
「冬緋さんに対して俺が話の分かる人間だと証明する術がないので、自分自身で判断するのがいいと思うよ」
だから、やられたらやり返すの精神で対応。
同じ言葉には同じ言葉。そして笑みには笑みを。単なる意趣返しのつもりであるが、あらためて自分が負けず嫌いであると感じた。
「ふふふ、では前向きに考えさせてもらおうかしら」
「お好きにどうぞ」
彼女の余裕ある素振りが、負けず嫌いである俺の心に火を点けた。
「ふふ。それならお互いの為に、キミともっと理解を深めあいたいのだけど放課後ちょっと付き合ってもらっていいかしら?」
「え?」
唐突な誘い。
彼女の言葉に決して他意はないだろうが、冬緋さんという容姿端麗な女子から誘われたという事実に驚き高揚している自分がいる。
「まあ、前向きに考えとくよ」
気恥ずかしくなった俺は言葉を濁し、自分自身をごまかしたのだった。
終業式の最中、校長の話などはそっちのけで自分の身に起こった不思議な出来事について考えてみた。
学校に到着すると山田冬緋という謎の女子生徒を発見。
彼女は当たり前のように席に座っていて、尚且つクラスの連中もそのことを別に気にしていない様子。
思い切って謎の人物の当人である冬緋さんに話し掛けてみたものの、逆に彼女の方も俺という存在を今まで見たことがないと口にしていた。
もし仮に彼女の言ったことを信じるのならば、俺にとって冬緋さんが謎の女子生徒であるように、彼女にとっても俺は謎の男子生徒ということになる。以上。
状況を整理してみても、やはりドッキリの可能性くらいしか思い浮かばない。
あとは考えたくはないが俺の記憶から山田冬緋という存在だけがそっくり欠けてしまったという可能性。
でも、その場合は冬緋さんの方の記憶からも、俺という存在だけが抜け落ちてしまっているということになる。
なぜならお互いが初対面という認識だったのだから。
さすがにそれは考えにくい。
だとすれば、今日起こった出来事は一体なんなのだろうか?
考えてはみたものの、結局答えが出ることはなかった。
教訓として、分からないことをいくら考えてみたところで答えなど出る筈がないという真理が判明した。
思索していると、終業式はつつがなく終わっていた。
今日は授業が無いのでそのまま放課後となる。
もしかしたらとも思ったが、待っていても誰からもドッキリの種明かしはない。
さらには最後、皆でクラス会でもやろうとか誰か言い出すのかと思ったが、それすらも無い様子。
意外だとは思ったが、今朝からクラス全体が沈んだ雰囲気のままだし、それもありえるか。
「それでは、いきましょうか」
クラスメイトの様子を窺っていると、ふいに冬緋さんから声をかけられた。
「おっけい、いこうか」
俺は心の中で、今日に限っていつもと雰囲気の違った二年二組に『さよなら』と別れを告げ、冬緋さんの誘いに乗り教室を出た。
「行きたい場所があるので付いてきてもらっていい?」
廊下をすたすた歩きながら冬緋さんは言った。
「いいけど」
見知らぬ場所に連れて行かれる不安があったが、冬緋さんを俺が連れ回すのも気が引けたので仕方なく了承した。
「ふふ。あんまり知らない人に付いていっては駄目よ、下原君。もしかしたら、いつか誘拐されるかもよ」
キミの考えていることなど分かるわよとばかりに、俺を茶化す冬緋さん。
「俺を誘拐しても身代金は月賦になるけどいいのかな?」
言われっぱなしは癪なので、一言を返しておく。
「あはは、それなら利息ももらわないとね。 ところでキミ、自転車?」
話しながら歩き、校門まで来たところで彼女が尋ねてきた。
「ああ、そうだよ」
「じゃあ自転車置き場にいきましょうか」
「おっけい。ところで俺をどこに連れて行くつもり?」
「人気のないところよ」
「?」
意味ありげな言葉に虚をつかれた。
が、これは単純に二人だけで話をしたいという意思を示したのだろう。つまり、
「他人に聞かれたくない話でもするつもり?」
「ふふ、ご明察」
俺の表情の変わりようが愉快だったのか、彼女は楽しそうに笑っていた