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不思議な話

 廊下に出ると、幸いなことにまわりに人はあまりいなかった。


「ふふ、まず自己紹介でもしましょうか」


 戸惑いの感情が濃い俺とは対照的に楽しそうな彼女。


「ああ、そうしようか」


 俺は彼女の山田という苗字しか知らないし、彼女の方は俺の氏名を全く知らないはず。

 よってほぼ初対面の人間同士、初めに自己紹介するというのは適切に思える。

 それを終業式の日にやっているのが不自然ではあるが。


「私は山田冬緋(やまだとうひ)、鳩口高校二年二組の生徒です以上。キミもどうぞ」

 

 やってきたのはとても簡潔な自己紹介だった。


「俺は下原弦だけど……」


 言い淀んでしまったのは、先んじて山田冬緋に宣言したかったことを言われてしまったからだ。


「ふふん、それだけ?」


 そんな俺の内心を見透かしたように、先を促す冬緋さん。

 にやにやし続ける彼女が、少し意地悪に見えた。


「俺も鳩口高校二年三組生徒だよ」


 後から言うと、どうしても胡散臭くなってしまう気がするが仕方ない。


「あら、そうなの? 私は同じクラスに下原弦だなんていう男子はいなかったと認識しているのだけど」


 彼女の発言や身振りが、少し芝居がかっているような気がするのは考えすぎだろうか?


「俺だって、山田冬緋なんて女子を見たことない」


 彼女が自分の意見を述べたように、俺もしっかりと自分の意見を口に出しておいた方がいいだろう。

 二人の状況を整理することで分かることがあるかもしれない。


「あらあらおかしいわね~。二人の意見がこれ以上にないくらい食い違っているわ」 


 そのとおり。彼女と俺の二人は、お互いの存在を否定しているわけだから、絶望的なほどに正反対な主張をしている。


「……」


 未だに薄笑いを絶やさない山田冬緋。

 余裕に過ぎる態度から、彼女は何か知っているのではないかと勘繰ってしまう。


「ふふふ、こういう時はまず第三者に聞いてみるのがいいのではない?」


 彼女の言ったことは至極まっとうな意見だと思う。だが、


「もう友達に聞いたよ」


 それは既にやったことだ。


「あはは、そのお友達って土屋君かな? ちなみに彼はなんて言っていたの? ぜひぜひ教えてもらいたいわね」


 今の言葉ではっきりしたことがある。それは土屋が冬緋さんを知っていたように、彼女の方もクラスメイトの土屋という存在をしっかりと認識しているということ。


「土屋も冬緋さんのことをちゃんと知っていたし、むしろ俺がキミのことを知っていて当たり前だという反応だった」


 そして土屋に質問した結果、微妙な空気になってしまったのだ。


「ふむふむ。つまり第三者からすると、私もキミもごく自然にこのクラスに存在している人間ということになるのね」

「ああ。たぶんそうなる」


 どうしてなのか理由は分からないが、事実はそうなっている。


「うふふふ」


 彼女は目を輝かせ俺に向かって微笑んだ。


「つまり―――」


 俺は俺で楽しそうな山田さんのを見ながら、一つの結論を導きだす。


「俺にだけの部会者がキミ」

「私にだけの部外者がキミ」


 俺と彼女の声はほとんど同時に発せられた。

 なんともややこしいことに、お互いの存在を否定しているという共通点が、俺と彼女の二人の間にだけあるらしい。


「……」


 この事実は俺に混乱と沈黙を同時にもたらした。


「黙ってないでもっとお話しましょうよ」


 そんな俺に、山田さんはお構いなしに言葉を投げ込む。


「……」

「しかたないわね。それじゃあもうキミは何もしゃべらなくてもいいからいい加減、何か声を出してよ」

「それは無茶だ」


 俺の性なのか、条件反射で言葉が出てしまった。


「ふふ、声をだしたわね。私の勝ち」


 話の内容が内容だけに、ずっと気を張っていた俺だったが、今の彼女のすっとんきょうな言葉で少しほぐされた。


「こんな八百長みたいな勝ち方、無効試合だな」

「ふふふ、キミは負けず嫌いなタイプなの?」

「さあ」


 そうは言ったものの、答えをはぐらかした時点で認めてしまったようなものかもしれない。

 ともかく、山田冬緋なる女子と俺は普通に会話も出来るようだ。

 重要人物と話すことが苦にならないのはよかった。

 というよりも、今の感じだと波長が合う方なのかもしれないな。

 まあ、それはそれとして、


「いちおう一つだけ確認しておきたいのだけど」


 俺にはどうしてもはっきりさせたいことがあった。


「ふふ。遠慮せずとも、せっかくだからキミの気が済むまで色々なことを確かめた方が良いと思うわよ」


 そうは言っても、どんなに検証したところで、この状況を素直に受け入れることなどはできないだろう。


「これって、クラスの皆が俺を嵌めようとしているわけではない?」


 だから聞くことは、シンプルかつ一番現実的な可能性のものしかない。 


「なるほど。二年二組の全員が、キミにドッキリを仕掛けて楽しんでいるのではないかと疑っているのね」


 まさにその通り、察しがよくて助かる。

 今日で二年二組という仲間組織は解散になる。だから最後の記憶に残るイベントとして、ドッキリを企画。その流れからたまたまターゲットが俺になったというわけだ。


「ああ、実際どうなの?」

「ふふ。では質問するけど、キミはこのクラスがそういった悪ふざけをするような雰囲気に見えたの?」


 本当はすぐに、ドッキリみたいな悪ふざけが大好きなクラスにしか見えないね。と言いたいところだったが、


「いや、今日はそんな風に見えなかったな」


 今日に限ってはまったくそんなことがなかった。


 

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