未確認接近注意
居るはずのない、女子生徒の姿。
その子の特徴は、一度見たらそう簡単に忘れられないくらいの美人だということ。
教室に居たのは昨日会った謎の女子生徒だった。
彼女は俺の対角線上である廊下側の端っこ最前列の席に堂々と座っている。気にするクラスメイトは誰もいない。それどころか、まるで当たり前のようにこのクラスに溶け込んでいるかのように見える。
俺は依然として得体の知れないその女の子に凝然と見入った。
物憂げな表情でじっと黒板を見つめている彼女は、雑に触れれば壊れてしまいそうなガラス細工のような瞳が印象的。そして線の細い身体と筋の通った鼻梁、やはり彼女は昨日出会ったあの子に間違いない。
おかしい、なんで彼女が俺のクラスに居るんだ?
しかもそれが当たり前であるとばかりにクラスの一員として馴染んでいる。これはどういうことだ?
見間違いではなく実際に存在しているらしい彼女の姿に、俺は納得のいく答えを出そうと試みる。
転入生なのだろうか?
クラス替え直前である終業式の日にわざわざ? それならば春休みの終わった後、始業式の日にでも転入してくるべきなのではないか?
考えてはみたもののこれだという解を導き出すことが出来ない。
俺は迷った挙句、再び自分の隣に座る土屋に声を掛けようとした。
『みんな、おはよう』
ところで、間の悪いことに担任がやってきてしまった。
ちなみに先生も彼女のことは完全にスルー。
どうやら担任までもが彼女の存在を当たり前のものとして受け入れているらしい。
どういうことかさっぱり分からない。
先生は教卓に手をつくと無言のままにクラスの中をゆっくりと見渡してから話をし始めた。
俺は朝のホームルームで担任が話す言葉の内容など上の空で、自分の斜め前に座る謎の女子について様々な想像を膨らませる。
もしかすると担任を含めたクラス全員で俺にドッキリでも仕掛けているのか?
それとも彼女は怪奇現象の産物だとでもいうのか?
脳内に妄想じみた考えが無数に浮かんではきたものの、結局ろくな考えが浮かびはしない。
だが謎の女子の出現により、心が俄かに活気づいているのは事実。
退屈な日常にいきなり訪れる非日常。
おそらく多くの人間が心のどこかで一度は体験してみたいと思う事象だろう。
例外なく俺もそうであるらしい。
「――――――――みんなも大変だと思うが、何かあったら先生にすぐ言えよ。以上でホームルームは終わり」
朝のホームルームが終わると、終業式が始まるまでの間、短めの休み時間となった。
さて、どうしたものか。
逡巡はしたものの、結局お隣の友達にさぐりをいれてみることにした。
「土屋、あの女子って誰か知っている?」
俺は美女子の座る席を指差しながら、遠慮がちに聞く。
「おまえ、それって山田さんのこと言っているのか? 知っているにきまっているだろう」
信じられないといった表情の土屋。
「お、おう」
思ったよりもだいぶ語調が強かったのに驚きだ。
「弦、お前ほんとに大丈夫なのか?」
怪訝そうに尋ねる土屋
「ああ。変なこと聞いてわるかったな」
俺は手を仰いで土屋になんともないとアピールした。
ちなみに、俺の知る鳩口高校二年二組には、山田という苗字の生徒などいなかったはず。
今の会話で分かったのは、昨日会った女子の苗字は山田さんということくらい。
山田さん、君は何者?
他のクラスメイトにも山田さんについて話を聞いてみたいところだが……
今の土屋と同じような反応をされても嫌だし。
いっそこのまま彼女の存在を気にしないで放っておいた方がいいのかもしれない。
謎は謎のままにしておき春休みに突入。彼女のことはいったん忘れて進級してしまおう。
それでなんら問題はない。
だが一方で、彼女という存在に近づいてみたい自分がいることも確かだった。
伽藍としていた心に点いた興味という仄かな灯火。
その僅かな光に、つい手を伸ばしてみたくなるのは単なる好奇心からだろうか?
短い葛藤のあとに、俺は本能に従い彼女に直に話し掛けてみようという結論に至った。
決めたところで大きく深呼吸。
席を立ち、若干緊張しているのを自覚しながら、彼女の座る席へと足を進める。
山田さんに一歩ずつ近づく度に、感情が波打ち胸の鼓動が早まる。
初対面の女子に話しかけるよりもどきどきしている。
ついに山田さんの席へ到着。
やはり見間違いなどではなく、昨日会った女の子だ。
彼女は何をするでもなく、肘をついてぼんやり黒板を眺めていた。
「おはよう」
なんて声をかけるべきか迷ったが、無難に挨拶から始めることにした。
「……」
が、彼女は俺の声に何の反応も示さない。
気が付いていないのか?
「おはよう、山田さん」
声量をあげて再度チャレンジ。
「ん、誰?」
今度は、俺の声に気だるそうに反応を示す山田さん。
肘はそのままに、わずかに顔をずらして俺へと視線を向けてきた。
「あっ君は―――」
かと思えば、俺という存在を認識した瞬間山田さんは口に手を当て、目をしばたかせた。
驚いているようだ。
「その、昨日はどうも」
よく知らない人が同じ学年どころかクラス内にいたら驚くのは当然だ。しかも二年二組最後の日、春休み直前というおまけつきだ。
「ふふ、会えて嬉しいわ」
と思ったら、俺とは違い彼女の方はすぐに状況に適応出来たらしく、余裕ともいえる笑みを浮かべた。
肝がすわっている。
ああ、そういえば彼女は昨日も、俺と学校で再会する可能性を指摘していた。
「ちょっと聞きたいことあるのだけどいいかな?」
ということは、彼女の方はこの事態について何か知っていることがあるのかもしれない。
「奇遇ね。私もキミに是非とも聞いてみたいことがあるの。ここでは目立つから、廊下でお話ししましょうか」
にこやかな顔で話す山田さん。
微塵も物怖じせず、それどころか余裕の笑みを零す彼女は、不気味ですらある。
だが、それはそれとして彼女の言っていることは、
「ああ」
俺にとっても願ってもない提案。断る理由など皆無だった。




