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不思議な終業式の日

 学校に到着。

 俺と楓は、自転車置き場から道路を挟んで向かいにある校門へ向かって並んで歩く。


「弦ちゃん」


 校門を通り過ぎたところで楓が俯きながら俺の名前を呼んだ。


「何?」

「あのさ……」


 言葉に詰まった、というよりは言うのをためらっている様子の楓。

 さっきまでとはうってかわってしおらしい。


「ん? どうした? 言いたいことがあるなら言ってみろよ」


 ころころと態度を変える幼なじみ。見ていて飽きない奴。


「ぐへへへ。弦さんや、おてて手繋いでよいですかい?」


 と思った二秒前の自分を殺したくなるような楓の言葉。

 俺をからかっているだけだなこいつは。


「やだね」


 そう認識した瞬間、条件反射のように自然と言葉がでた。


「却下します!」


 まるで断られることを予期していたかのような素早い返事。

 長年の付き合いからか、どうやら楓の奴もある程度俺の言動を予測出来るらしい。

 それにしても否定の言葉を却下って、意味が分からない。 


「その却下は拒否する!」


 目には目を、歯には歯を。というわけで、意味不明には意味不明をぶつける。


「確保!」  


 すると、楓が俺の腕に飛びついてきた。

 言い合っても無駄だと悟りついに実力行使にでたらしい。

 その判断は、正しかったらしく、俺は手、というよりも、左腕をまるごと楓に持っていかれてしまった。


「弦氏よ。それでは参ろうか!」

 

俺の腕を両手でがっしりと掴み歩き始める楓。

 これでは手をつなぐというより、まるで連れさられているかのようだ、ドナドナ。


「離せ」


 人目が気になることこの上ない。


「いやや。もう二度と離さへんで~」


 ふざけた言い回しとは裏腹に、楓は手にさらなる力を込めて俺の腕を固定し、弾むように軽快に歩いていく。

 ちょっと怖い。


「はいはい」 


 俺は抵抗してこれ以上目立つことよりも、素直に楓の言うことに従う道を選んだ。


「うむ、わかればよいのじゃ。くるしゅうないぞよ。ふぉふぉふぉ」


 俺の態度に満足したのか、楓はにっこりと笑った。

 単純な奴である。


 俺と楓は下駄箱で靴を上履きに履き替えた後、廊下を進み二へと階段を上っていく。


「じゃあな」

「ほいほいまたあとでね~」


 二組である俺と四組である楓は、それぞれの教室にむかう前に短く別れの挨拶をした。と、


「あ!」


何かを思い出したかのように、ぽんと手を叩く楓


「ん?」


 どうかしたのかと思い、俺は疑問の声を口に出す。

 楓はふふんと胸を張りながら、


「弦ちゃんや、浮気は犯罪ですからの!」


 と得意げに言った。

 どうやら楓は何かを思い出したのではなく、ただ単にくだらないことを思いついただけのようだった。


「そもそも付き合ってないのだから浮気は有り得ない。じゃあな」


 楓の思いつきにツッコむという使命をきちんと果たしてから、俺は教室に向かっていった。


「おはよー」


 ガラガラと引き戸を開いて教室の中に入った俺は、まっすぐ窓際にある自分の席へと向かう。通りすがりにクラスメイトを発見したので軽く挨拶しておく。


「…おはよう」


 するとややあってから、ぼそりと返事が。

 いやに大人しい。

 そういえば、毎朝騒がしいクラスのはずなのだが今日に限ってやけに静かなのはなぜだろうか?

 俺は不思議な違和を感じた。

 二年生最後の朝がすっきりしないのはなんとなく嫌だ。そう思った俺は、静寂の謎を解明してみようと思い、隣の席に座っているクラスメイトである土屋公太つちや こうたに小声で質問してみる。 


「なんかいつもより教室の空気が重くないか? 何かあったのかな?」

「え?」


 俺の言葉に、土屋はただただびっくりした様子。


「いや、あのさ……」


 土屋の仰天具合に俺の方も驚き。


「下原、お前大丈夫か?」

 

 土屋は今までに見たことのない神妙な顔で俺を見つめ、心配してきた。


「おう、別に大丈夫だよ」 

 

 なぜ土屋が俺のことを按じているのかまったくわからなかったが、いつもふざけあっている悪友の神妙な姿を見て、とりあえず自分は心配ないという旨を伝えた方が良いと思ったので伝えた。 


「そうか……」


 強張った顔のまま、土屋が呟く。

 クラスメイトと話した結果、俺の疑問は解消されるどころか、より一層深くなってしまったが……

 彼もこれ以上は会話を続けたそうな雰囲気ではなかったので聞くことはもうやめておくことにした。 

 ため息を吐き、肘をついて教室の窓から外を見る。

 いつもどおり、生徒の群れが校舎の中へと吸い込まれていく朝の登校の景色。なんの変哲もありはしない。

 しかしながら今のこの教室は、俺の知っている二年三組と何かが違う。一言で現すなら暗い。それこそクラス全体が何かを悲しんでいるかのようですらある。 


なぜ?


 もしかすると、今日でこのクラスが解散されてしまうことがみんな悲しいのだろうか? 

 三年に上がる前にクラス替えがある。今日が終業式なので、考えてみればこのクラスが存在するのも、もうほんの僅かの間しかない。

 思い起こせば、俺たちはこの二年三組という学校生活共同体でいくつもの行事をこなした。文化祭の時なんかにはクラスの全員が同じ目的の為に協力しているという充実した連帯感みたいなものもあったと思う。男女共にとても仲が良いし、事実としてクラス内で付き合っている奴らもちらほらいた。 

  そんなある種、理想ともいえるニ年二組のメンバーがもうすぐばらばらになってしまうのだから、寂しさを感じずにはいられない。というのはあるのかもしれない。

 そう考えると、今この教室に暗い雰囲気が漂っていることもまあ納得できる。

 別に卒業するわけでもないし、クラスが替わったとしても、会おうとすればまた会える。

 そんなに悲しむこともないような気がするのだが。

 そう思ってしまう俺は薄情なのだろうか?

 まあ、こうして一人で悶々と考えてもしかたない。 

 考えを巡らせていると、ホームルームの時刻が近づいてきたのか、窓の外に見える生徒の数もまばらになり、歩きから走りに変わっていた。

 そろそろ担任がやって来る頃。

 俺は肘を机の上からどけ、背筋をこころもちただす。

 それからいまだに陰とした雰囲気の漂う教室へと再び意識を向けると


「?」

 

 今度は雰囲気だとか空気感とは別の、しっかりとした実体を伴った違和を見つける。

 俺は見間違いじゃないことを確認するように目を凝らし、違和の正体に注目。

 やはり目の錯覚ではない。


 なんで彼女がいる?


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