ずっと一緒
家に着いた俺は、部屋に戻り椅子に腰掛ける。
「ふー」
そして息を吐き、屋上での出来事を振り返える。
すると、気持が昂ぶり、久しぶりに何か音楽でも聴いてみようという気分になった。
立ち上がり、スチールラックに並べてあるCDケースを目で追っていく。
ふと見覚えのないケースが目につく。
見慣れないそのCDを手に取ると表面には48mayという文字が描かれていた。
「あれ?」
これって冬緋が俺に薦めてくれた、アイドルグループみたいな名前のバンドじゃないか?
なぜこのCDが俺の手元にある?
もしや、木霊実が勝手に冬緋さんの家から持ち出した?
「まあ、いいか」
考えても分からないものは分からないと悟り、今度会った時、本人に聞いてみればいいという結論に至った。
次の日の午前十時頃、俺は冬緋とその他一名が居ることを期待し、吸い込まれるようにあの屋上へと向かった。
エレベーターを上りきり鉄の扉を開けると、澄み切った雲一つない空が俺を迎える。
地上よりも幾らかひんやりとした風が頬を撫でる。
どうやらまだ誰も来ていないらしい。
俺には、ここで待っていればそのうち二人ともやって来るだろうという根拠のない確信があった。
フェンスまで歩いていき高いところから街を見下ろす。
眼前に広がるのはなんの変哲もない、俺のよく知っているいつもの街並み。
「ここは俺の元いた世界と何かが違うのだろうか?」
ふと疑問に思う。しかし理由はどうであれ、結果として俺は冬緋に出会えたのだから、あまり気にする必要もないのかもしれない。
思えば、彼女に会うまでの間、俺は無気力なまま惰性で生活していた気がする。
だが、今は違う。
山田冬緋という不可思議な存在と出会い、俺はこの世界に興味を持った。木霊実というあどけない存在と出会い、この世界を悪くないと思った。そして、冬緋のことを詳しく知った今となっては、この世界とやらを好きになっていた。
だから俺は、これからも冬緋と一緒に居たいと願う。出来ればずっと彼女の隣に立っていたいと強く願う。
「ああ、そうか」
人に対して初めて抱いた感情の正体に気が付く。
どうやら俺は既に、冬緋に心を持っていかれているらしい。
――――俺は、山田冬緋が好きなのだ。
だからこそ、ここがどんな世界だろうと構わないというのが、俺の本心だ。
だって、此処にはキミがいる。それは疑いようもない事実なのだから。
「ねえ、下原君。そんな顔をして何を考えているのかしら?」
「うわ!」
背後からの声に驚く俺。
いつの間にか冬緋が俺のすぐ後ろに立っていた。
「驚かさないでよ」
「ふふ、ごめんなさい」
言葉とは裏腹に、冬緋はまったく悪ぶれる様子もなくにこにこしていた。
「ダディ、おどろきすぎですよ」
「実ちゃんも居たのか。って、何その恰好? 」
木霊実の声に反応して視線を下げると、俺は驚嘆する。
「仮面ライダーさんじょうなのです!」
声高らかに叫ぶ木霊の格好は、なかなか個性的だった。
木霊実の小さい頭をすっぽりと覆っているのは、テレビドラマに出てくる銀行強盗などがよく被っている目出し帽。
「仮面ライダーというよりは覆面犯罪者だな」
もしくは単純に覆面少女。
「むむ、だまりなさい! 怪人さくらんぼダディめ、この私が成敗してあげましょう!」
勝手に敵役として認定されしまった。
またごっこ遊びのつもりらしい。それはそうとして、一つ言っておかねばなるまい。
「その呼び方だけは勘弁してくれないか」
絶妙にダサい呼び名に辟易する。
「二人とも、楽しそうでいいわね」
俺と木霊実のやり取りをみた冬緋が目尻を下げて笑う。
麗らかな日差しを浴び、俺たちは戯れる。
三人だけの箱庭で、時間すら忘れて青春を謳歌する。
楽しかった。愉しかった。
――――ずっとこんな時間が続けばいいのに。
そんな風に俺が思っていると、急に屋上の扉が開いた。
開け放たれた扉から現れたのは幼なじみの楓。
「楓、どうしてここに?」
突然現れた闖入者に驚く。
「やあやあ弦ちゃん! 奇遇ですな。たまたま通りかかったら、弦ちゃんの自転車をこのマンションの前で発見してね。ちょいと捜索してみたのだよ」
「たいしたもんだな」
恐ろしい捜査能力に脱帽。人を捜すときは楓に頼むといいのかもしれない。
「ほほ。ところで弦ちゃんはこんなところで何してんのかな?」
首を傾げる楓は興味津々といった顔で俺を見つめる。
「ん? 遊んでいるだけだよ」
どう答えたらいいものか一瞬迷ったが、一応は真実を伝える。
「ふーん。こんな何もない所より、どっか楽しい場所にいこうぜ!」
楓が俺の腕を引っ張る。
「いや、遠慮しとく」
俺は丁寧に腕を振りほどき、楓の誘いを断る。
「連れないなー。まあいいや。無理強いは良くないってこの前身を以て教わったしね。ひとまず私は帰って
弦ちゃんの帰りを待つとしようかの」
それほど気分を害した様子もなく、楓は明るい声で言った。
「別に待たなくていいんだよ」
いつもの調子で幼なじみの発言に指摘。
不思議な奴だ。
「ふはは、早く帰ってくるのだよー」
人の話を聞かず、楓は去って行った。
屋上に居るのは再び俺たち三人だけ。
騒がしい闖入者が居なくなると、木霊実が不安そうな顔で俺を見つめていることに気が付く。
「どうした?」
「なんでもありません」
そんなことを言いつつも、木霊実が俺の右手を握る。
「弦」
不思議に思っていると、冬緋までもが俺の左手をそっと握る。
「二人ともいきなりどうしたの?」
「なんでもないでーす」
「乙女の秘密」
示し合わせたように顔を見合わせにっこりする二人。
「気が合うみたいでよかったね」
微笑ましい光景に心が安らいでいく。
両手からは温もり。
意識したことはなかったが、幸せとはこの仄かな熱を意味するのかもしれない。
「色々あったけど、二人共、これからもよろしく」
「はい!」
「ええ、一緒に生きていきましょう」
下原弦と木霊実と山田冬緋。三人の物語はきっといつまでも終わらない。
お読みいただきましてありがとうございます。
途中で間が空いてしまいましたが、無事物語を描き切れてよかったと思います。
続編の構想もあったりはするのですが、今は別の物語を新たに綴っていきたいと思っています。
書き終えた物語について作者があれこれ書き連ねるのは気が引けますが、(特に本作のようなミステリーについて)敢えて一言だけ述べさせていただきます。
本作は、絃・実。冬緋の物語であります。
ありがとうございました。




