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言葉の意味

「……それはこの一年間、私なりに考えていたのだけれど、つい最近になって分かったわ」


 冬緋さんは目を伏せて言った。


「きっと鈴木君は、一人ぼっちになるのが怖かったのだと思う。 人は初めから一人であれば、孤独を受け入れ生きることが出来るかもしれない。でも仲間という温もりを一度でも知ってしまったら話は別」

 

 冬緋さんは胸に手を当てて厳かに告げる。


「人間は一度でも人との繋がりという暖かさを覚えてしまったら、もう孤独の寒さには耐えられなくなる」


 彼女の言葉には重みがあった。

 それもそのはず。


「この一年の間に、私は身を以てそれを知った」


 冬緋さんは既に孤独と繋がりの両方を味わってしまったのだから。


「……冬緋さん」


 俺には名前以外に、彼女に掛けてあげられる言葉が浮かばなかった。


「それにね、実際に人が飛び降りて消える瞬間を目撃してしまうと、色々と考えてしまうのよ」 

「?」


 疑問を浮かべきょとんとする俺を余所に冬緋さんの話が続く。


「消えたということは死んだわけではない。――――ひょっとしたら、消えた鈴木君は今もどこかで生きているのかもしれない」


 消滅したという不可解な現象が、非現実的な一筋の可能性を露わにする。


「もしそうなら、鈴木君はどこで生きているのか?――――この少しだけ奇妙な非日常が在る世界ではなく、以前の日常が続く世界へと戻っていったのかも」


 ファンタジーの入った世界から、現実だけが蔓延る世界への帰還。

 荒唐無稽に過ぎる話だが、否定するほどに確固たる標はない。


「だから飛び降りることで孤独から逃れることもできるし、日常の世界に還ることが叶うかも……ひょっとしたら鈴木君はそんな妄想じみた想像をしてしまったのかもしれないわね」


 冬緋さんが今言ったことは推論というよりはもはや想像に近いと思う。

 想像を確たるものにする方法はたった一つ。


「実際に飛び降りて消えた本人にしか、真相は分からない」


 身を以て試すしかないのだ。

「そう。真相は常に闇の中ってこと」


 それはつまり、解明は不可能だということ。


「私は飛び降り消えてしまった彼らとは違う。下原君を孤独にはしないわ」


 不安の種に芽が出る前に、冬緋さんは言った。


「でも、キミは私を独りにしてもいい」

 驚くほどに澄んだ瞳に見つめられ、俺はすくんだ。 


「――そう思ったからこそ、こんなことをキミに伝えたの」


 彼女の行き過ぎた奉仕の心になぜ? という想いが込み上げる 


「冬緋さんは俺がいなくても平気ってこと?」


 首を横に振って否定を示す彼女。


「寂しい思いをさせたくないから、私はキミを置いて消えたりしない。でも、他人である下原君にそれを強要することは出来ない」


 思いやりを感じたが、全く嬉しくない。


「寂しいこと言わないでよ。俺たち仲間だろう」


 冬緋さんがそうであるように、俺だってキミを置いて消えようと思ったりはしない。


 付き合いは浅いが、それでも分かっていて欲しかった。


「――――ありがとう」


 冬緋さんが虚を突かれたように目を見開き、頭を下げる。


「飛び降りて消えたってどうなるか分からない。だったら今あるこの景色を大事にする方が賢明だと思う」  


 彼女の話を聞いて率直に思ったことを告げる。

 後ろ向きに考えるよりも、今ある状況を楽しもうとすればいいのだ。

 だから俺は冬緋さんと出会えたことに感謝し、ちょっとだけ奇妙なこの世界を満喫していきたい。


「奇遇ね、私もそう思う」


 冬緋さんは俯き、胸に手を当てるとそう言った。


「というわけで、俺は絶対に飛び降りたりしないから」


 俺は意志を込めて冬緋さんに伝える。

 彼女の、孤独への不安が少しでも解消されればいいと思った。


「下原君、ありがとう」


 彼女は顔を上げて、嬉しそうに微笑んだ。

 いつもどこか大人びた雰囲気を醸し出していた冬緋さん。そんな彼女のあどけない笑顔見た瞬間、胸の内が熱を帯びた。


「いや、あまり言いたくもないだろう話をしてくれてありがとう」


 俺は、冬緋さんが独りで抱え込んでいた秘密を教えてくれたことが嬉しかった。   

 善い男と見込まれたような気がしたのだ。


「下原君はたった一人の仲間だから、隠し事はしたくなかったのよ。キミがさっき私に言った絶対に飛び降りたりしないという言葉、信じているわよ」

「ああ、信じていいよ」 


 冬緋さんの真摯な言葉を受け止め、俺も決意を述べる。

 彼女だって独りは寂しい。

 逆にもし自分の前から冬緋さんがいなくなったら、孤独を感じずにはいられないだろう。

 だから俺は冬緋さんを独りにはしない。同じように彼女も俺を独りにはしない。

 その約束がここに相成った。


「ねえ下原君? 私があの時に屋上で言った言葉、覚えているかしら?」


 冬緋さんの口の端が上がる。俺の知っている、彼女の意地の悪い笑みが戻った。


「ん?」


 俺は昨日一昨日の記憶を呼び起こす。

 ――彼女は確か屋上で『私はキミがこの世界に来てくれたことをとても嬉しく思っているのよ』と言っていた。そして最後にもう一度『キミに会えて嬉しい』と口にもしていた。


「思い出したよ」


 俺が冬緋さんの言葉を思い出した瞬間、自分の心の柔らかな部分にすっと飛び込んでくる何かを感じた。


 ――ああ、そうだ。


 冬緋さんは鈴木君がいなくなってからずっと独りだったのだ。だから自分の境遇を理解してくれる人が誰も居なかった。

 故に彼女は寂しかった。

 そんな時に、自分と同じ体験をしていた俺という存在が目の前に現れる。

 彼女はそれを喜んだ。だからあの時『キミに会えて嬉しい』と言ってくれたのだろう。


「それなら、あの時の言葉の意味、分かったかしら?」


 素直に、君が来るまで独りで寂しかったと口にしないところが彼女らしい。


「分かったよ」 


 ともあれ、俺は孤独な少女の哀しみを止めることが出来た。そう考えると、俺がこの世界とやらに来て彼女に会ったことにも意味があったように思える。

 だから、


「俺も冬緋さんに出会えて嬉しいよ」


 普段なら口にしない、くさい台詞が自然に出た


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