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不思議な秘密

「私は今からちょうど一年前くらいに鈴木太一(すずきたいち)という同じ年の男子と出会った。学校に登校したら、見知らぬ生徒である鈴木君が何事もなく同じ教室にいてびっくりしたわ。下原君も教室で初めて私を見た時、戸惑ったでしょう?」

「だね」

 

 俺が冬緋さんと出会う一年前。彼女は鈴木太一という男子と出会っていた。 

 前に聞いた通り、山田さんも俺と同じ境遇だった。  

 そう思うと、改めて彼女に親近感が沸く。 


「鈴木君に屋上へと案内された私は、そこで自分の身に巻き起こった現象について説明された。ちなみに、キミと同じように私も、鈴木君の言葉をその場では信じられなかった」


 過去を語る山田さんは、慈しんでいるというよりは寂しがっている顔でで、楽しい思い出を話している感じではなかった。

 彼女にとって鈴木君とはどのような存在なのか? そして、

 ――――――――彼は今どこにいるのだろうか?

 質問をしたい気持を堪え、俺は山田さんの言葉を黙って待つ。


「鈴木君はね、優しくて温厚な人だった。それに下原君と違って、素直だったしとても繊細な人だった」

「そりゃ素敵な男だ」


 鈴木君ばかりが褒められている気がした俺は、反射的に言葉を発してしまう。

 我ながら子供だ。 


「いえ、今のはむしろキミを褒めたつもりなのだけどね」


 口元に微かな笑みを湛え、冬緋さんが呟く。


「え? ありがとう……」


 思いもよらない冬緋さんの言葉に若干の戸惑い。

 彼女は一言「どういたしまして」と告げるとまた言葉を紡ぎ始める。


「今、私と下原君が秘密と体験を共有しているように、当時、私と鈴木君は仲間みたいな関係だったの」 


 俺と冬緋さんは、不思議な体験を通じて知り合い心を通わせた。

 一年前、冬緋さんと鈴木君は今の俺たちみたいな関係だったのだろう。

 そう思ったら、心の奥がひりっとした。

 認めたくはないが、俺は鈴木君とやらに少し嫉妬しているのかもしれない。 


「さっきも言った通り、鈴木君は温厚だけど繊細な人でね。自分と同じような境遇の私を見つけて喜んでくれた」


 独りであることと、二人であることの差は大きい。

 不条理への憤りや未来に対する恐れに不安。これらを独りで背負わなければならないのと、二人で分かち合えるのには雲泥の違いがある。

 ん、俺は何かを見落としていないか? 

 何かが引っ掛かる。


「同時に鈴木君は、また(・・)独りぼっちになってしまうことも恐れていたわ」


 思索を中断し、冬緋さんの話に耳を傾ける。

 鈴木君の気持も分からなくはない。誰でも自分のことを理解してくれている人がいると思えば、その人を頼りたくなるのだろう。きっと鈴木君は、冬緋さんに依存していたのだ。だから独りになることを恐れた。

 独りを恐れる? 

 鈴木君が?

 なぜ?


「鈴木君の話を聞いていくうちに分かったことが一つ。それは、彼自身もかつて私や下原君のような経験をしていたということ」


 おぼろげだった疑問が鮮明になっていく。


「ある日、鈴木君が学校へ行くと、見知らぬ生徒がクラスの中に居たらしいの。つまり、私や下原君が体験したことは彼の身にも起こっていた。そしてそれは、少なくとも三回以上は繰り返されている」


 鈴木君。冬緋さん。俺と不思議体験が続いたわけだから、彼女の言うとおり三回以上は確かに繰り返されている。 

 だからこそおかしい。


「鈴木君や、彼の出会った人は今どこに?」


 同じ現象が繰り返されているのなら、独りになるはずがない。むしろ体験者は増えていくはず。

 今現在、俺と冬緋さんの二人しか仲間がいないわけがないのだ。 

 固唾をのんで冬緋さんの答えを待つ。


「――――二人ともいないわ」


 静かに首を横に振る冬緋さん。

 冬緋さんの言葉を聞いた瞬間、鈍器で殴られたような強い衝撃が。


「…… どうして?」


 予想も出来ない彼女の言葉に頭が真っ白になる、

 不思議体験をした二人が揃っていなくなるなんて。


「……」


 彼女は少しだけ困ったような顔で俺を見つめていた。

 黙して言葉を待っていると、嫌な推論が頭に浮かびあがる。


「ひょっとして、冬緋さんもいなくなってしまう?」


 鈴木君やその前の人が居なくなってしまったのなら、次は冬緋さんが俺の前から消えてしまうのでは……

 考えたくもないことだが、だからこそ口に出して確かめなければならない。

 失くしてしまう不安を抱えるのは嫌だ。


「いえ、私はキミの前から消えたりしないわ。絶対に」


 俺の目をじっと見つめ、冬緋さんが言った。 

 信じてほしいという意思のこもった言葉が、胸に染み込む。


「本当に?」


 合された瞳を真っ向から見つめ返し、俺は冬緋さんに再び問う。

 きっと嘘ではないだろう。だが俺は、もう一度彼女の口から直に否定の言葉を聞きたかった。

 そうすることで安心したかった。


「ええ、本当よ。何があろうと私はいなくなったりしない」


 冬緋さんは両手で俺の頬を挟み、鼻先が触れそうなほどに顔を近づけて応えた。 

 彼女の言葉から、断固たる決意を感じる。  


「そっか。ならよかった」


 鳶色の瞳に視線を向けたまま、俺は冬緋さんの重い言葉を心に受け入れる。


「…… ごめん不躾だった」

 

 ほっとしたのも束の間。俺はすぐに己の迂闊さを恥じる。

 自分のことを気にするあまり冬緋さんへの配慮に欠けていたことに気が付いたからだ。

 俺は、鈴木君が彼女の前から既に消え去っているという事実を、おざなりにしていた。 

 彼女は俺と出会うまで独りだったのだ。それまで実際に孤独を味わっていた人に対し、己のことを独りにしないでくれと願うのは、はっきりいって情けない。 


「いいのよ。キミの素直な気持ちが聞けて良かったわ」


 冬緋さんが目尻を下げてにっこりとほほ笑む。

 俺は今までとは違う、屈託のない彼女の笑顔に見惚れてしまう。


「さて、消えた二人のことについてお話しないとね」

「何か知っているの?」

「ええ。すくなくとも鈴木君は私の目の前で消えてしまったから」


 驚きのあまり眼を見開く。


「鈴木君は私の目の前で屋上から飛び降りたの」

「……そんな」


 馬鹿なという想いが込み上げてくる。


「彼は真っ逆さまに地面に向かって落ちていったのに、何故か死体は残らなかった。それどころか世間では、鈴木君は死んだことにすらならなかった」


 淡々と言葉を紡ぐ冬緋さん。

 目の前で人が飛び降りたなんて、トラウマ以外の何ものでもないだろう。

 だが彼女は涙を流すでもなく、辛そうな顔をするわけでもなく平静を張り付けたまま口を動かしていた。 


「鈴木君はどうなったの?」


 飛び降りて死んだことにならなかったのならば、鈴木君はいったいどうなってしまったというのだろう? 


「存在そのものが消えてしまった。クラスメイトに聞いても、鈴木君なんていう人間は知らないと言われた。まるで鈴木君という人間そのものが、最初から存在していなかったかのようになってしまったわ」


 鈴木君は、死んだというよりは存在そのものが消滅してしまったらしい。有り得ないことだが、そもそも俺と冬緋さんが出会ったこと自体が既に非現実なのだ。

 よって、彼女の言葉を疑う理由が俺にはなかった。


「だから今はもう鈴木君という人間の存在を覚えているのは私だけ」


 山田さんが行き場の無い想いをごまかすように微笑む。


「一つ付け加えておくと、鈴木君が私の前に出会ったという人も、同じように彼の目の前で飛び降りてしまったらしいわ」


 二人が消えたのは、揃って屋上から飛び降りてしまったからだったのか……

 冬緋さんの説明により、鈴木君ともう一人が居ない原因は分かった。が、


「なんで二人とも飛び降りたのだろう?」


 更なる謎が生まれた。


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