表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/29

デート?

「おまたせ」


 冬緋さんの姿を発見し、いよいよこれからデートするのだと実感する緊張し、声が若干うわずってしまった。


「それじゃ、行きましょうか」


 それに比べ、冬緋さんはいつも通りの落ち着いた様子。


 だが、待ち合わせの十一時よりも早く動物園に到着していたので、彼女なりに楽しみにしているのかもしれない。そうだったら、いい。

 俺と冬緋さんはさっそく園内を回り始める。

 さて、彼女はどんな動物に興味を示すのだろう?

 俺としては山田さんが動物を見て可愛いとか言っている場面を見てみたいのだが……


「ほら見て下原君。卑しい豚共が餌に群がっているわよ」

「いや、よく見ると豚もけっこう可愛いと思うよ」


 現実はそんなに甘くなかった。豚よ、すまない。


「牛を見ていてふと思ったのだけど、おうし座とこうし座って紛らわしいと思わない? どちらか一つの星座に統一して欲しいわよね」

「それって目の前の牛には関係ないよね」


 何故、モーモー鳴く牛を見てそんなことを思いつくのだろう? 捻くれている。

 俺は悟る。冬緋さんは、普通の女の子と動物達を見る目線が大きく違う。彼女の感性は残念な方向に大きく傾いている。


「私、豹やライオンを見るとどうしても関西のマダムの姿を思い出してしいまい、笑ってしまうのよね」


 冬緋さんの手にかかると、百獣の王の威厳などあったものではない。


「山田さんの想像力は感心する位、捻くれているね」


 想像していたデートとは大きく違うものになった。色々と台無しだ。


「でも下原君みたいな素直じゃない人は、多少癖のある女の子の方が好みなのでしょう?」


 冬緋さんは、意地の悪い笑みを浮かべてそう言った。悔しいけれど当たっているのだ。これが。


「好きかどうかは別にして、面白いとは思うよ」


 やられっぱなしなのは癪なので、彼女に負けじと俺も笑みを返す。が、その気持ちすらも見透かされている気がする。


「ふーん。それなら私のことはどう思っているのかしら? ただの面白い人?」


 逃避さんの鳶色の瞳が静かに俺を見つめる。からかわれているのだろうなとは思いつつも、胸がざわついてしまう。


「さあ、それは冬緋さんのご想像にお任せするよ」


 悔しいけれど、俺は彼女みたいな捻くれ者が好きなのかもしれない。

 自分も天邪鬼な方だから、似た匂いのする彼女を好ましく思う。

 それはそれとして、一方的に押し込まれるのは今後の為にもよくない。


「ふふ、それじゃあ勝手に想像しておくわね。それはそうと、下原君に一つ言い忘れていたことがあるのだけど……」


 ぽんと手を叩く山田さん。


「何かな?」


 今さら何を思い出したというのだろうか?


「私がさっき言った『こうし座』という星座。実際には存在しないのよ」

「え? そうなんだ。騙された」


 害は無い。意味の感じられない嘘。

「まあ実際は、こうし座と言っても、おうし座と認識されて問題なく話が通じることが多いとは思うけどね。だけど駄目よ、下原君。簡単に騙されちゃ」

「そう――――いや、そもそも簡単に人を騙そうとする方が悪い」


 あやうく納得しかけたがなんとか踏みとどまる。


「そうね、それじゃあ今度からはもう少し真剣に下原君を謀るようにするわ」

「それはもっとたちが悪い」


 捻くれ具合について俺の想像の斜め上をいく冬緋さん。これからも彼女の言葉に翻弄され続けるのだろうか?

 だけどまあ、悪くない。

 その後も俺達は動物園を周りながら、狸と狐の化かし合いのような会話を繰り広げた。


「ねえちょっと休憩しない?」

「そうだね」


 園内の三分の二を周ったところで俺達は近くにあったベンチに座って休むことに。


「……」

「……」


 俺達がベンチに並んで座ると、それまでずっと続いていた会話が途切れる。

 ふと冬緋さんの横顔を見ると、彼女は空を眺めていた。顔にうっすらと憂いの色。

 これまで彼女が見せなかった顔だ。


「どうかしたの?」


 気になったので素直に聞く。


「いえ、今日は楽しかったわ。私とデートしてくれてありがとう」


 そっとはにかむ冬緋さんの顔は、切なさが滲んでいる気がした。 


「ねえ、下原君。私とキミが初めて会った日、どんな話したか覚えているかしら?」


 逃避さんは目線と表情を変えずに、澄んだ声で言った。


「ああ、覚えているよ」 


 彼女と最初に屋上に行った時のことを思い出す。


「ある日、俺は突然山田冬緋という見知らぬ人物に出会い、屋上に連れて行かれた。同じように君も俺と出会う以前、見知らぬ人物と出会い屋上に連れて行かれた。そういう話だよね?」


 きっと冬緋さんが覚えているか確認したかったのは、あの不思議体験についてのことだろ

う。


「そのことで、まだキミに伝えていないことがあるのよ」


 冬緋さんは視線を下げ、寂しそうな笑顔を作った。


「何かな?」


 二人の間に神妙な空気が漂う。


「順を追って説明するわね」

「分かった」


 冬緋さんの表情から、これから語られるのはあまり気持ちのいい話ではないだろうと察した。 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ