デート
「却下」
電光石火で否定された。
「今さっきどこでもいいって言ったよね?」
いくらなんでも前言を撤回するのが早すぎるだろう。
それに当たり障りのないところで、映画を観るというのも別に悪くないとは思うのだが……
「だって、下原君って映画を観終わった後に、『この映画面白かったね』とかいう無難すぎてつまらない感想しか口にしなそうなのだもの。そんな人と一緒に観るのだったら一人の方がいいわ」
「何だよ、それ」
図星ではあるが……
ちょっと前の、俺の胸のときめきを返してほしい。
「他は?」
映画の案がお気に召さなかった冬緋さんが、更なるプランを要求してくる。
ややこしい人だ。
「ご飯でも食べに行く?」
デートというよりは単なる食事だが、これならつまらないということはないだろう。美味しいか不味いかならあるかもしれないが。
「私、今あまりお腹空いていないわ。他」
食べる以前の問題かよ。
なら身体を動かすのはどうだろう?
「ボーリング」
「玉転がしに興味ない。次」
素気無く断られた。
「カラオケ」
「気分じゃない」
悉く否定されていく俺の提案。
そんなに文句を言うならば自分で決めればいいのに。
「じゃあ、ちょっと遠出して遊園地」
どうせまた拒否されるのだろうなと思いつつも、他に行く場所が浮かばなかったので半ば諦め気味で提案。
「それはいい案ね」
すると意外や意外。冬緋さんは手を合わせ、同意を示してくれた。
「ふう」
俺には結局、彼女の好みがさっぱり理解出来なかった。
だがまあ、どこへ行くかが決まって良かった。
「じゃあさっそく動物園に行きましょうか!」
彼女にしては大きな声で、楽しそうに行き先を発表。
「ん? 俺、動物園って提案してないよね?」
ほっと一息ついたのは束の間だった。
というか……
「行きたい場所があるなら初めから言えよ!」
「あは。ごめんなさいね。下原君と話をしているうちに急に動物を観たくなってしまったのよ」
お腹に手を当て楽しそうに笑う冬緋さん。間違いない。彼女は俺をからかって楽しんでいる。
「下原君、女心は山の天気よりも変わり易いの。覚えておいて」
「なんだそれ」
俺は釈然としないながらも、冬緋さんにからかわれたことが嫌ではなかった。
「とにかく行くのは動物園でいいのだよね?」
冬緋さんと動物園。意外な組み合わせだ。
確たる理由があるわけではないが、俺には彼女が動物に関心を持つとは思えなかったのだ。
「うん。今、実ちゃんにも行くかどうか聞いてみるわね」
「え、此処に来ているの?」
奴は家で俺を見送っていたはずだが……
「実ちゃん。私と下原君はこれから動物園に行こうと思うのだけど、あなたはどうする?」
空に向かって声で冬緋さんが叫ぶ。
「ふえ?」
すると、屋上の入り口から間の抜けた声が。
忘れもしない。木霊実の声だ。
もしかして、付いて来ていたのか?
「いやいや、どうもどうも。お二人が気になったのでこっそり付いて来てしまいました」
頭を掻いて舌を出す木霊実。本人的には見つかったことがまずいと思っているらしい。
「一緒に行くか?」
気まずそうな木霊実を動物園へと誘う。
二人のデートがなくなったのは少し残念だが、三人で愉しむのも悪くはない。
「動物がきらいなので私はいいです。二人で行って下さい」
木霊実が首を振って断りをいれる。
意外なことに、この少女は動物が好きではないらしい。
彼女のような子供こそ、動物に興味を示すとものと思っていたのだが……
「あら、実ちゃんは動物が可愛いとか思わないの?」
「いや、動物は牙やつめがあったり、大きかったりほえたりするのでかわいくないです。野良犬や野良ねこに今まで私がどんな目にあわされたことか……動物は私の天敵なのです!」
木霊実の声は、まるで因縁の仇敵を思い出しているかのように震えていた。
俺には知る由もないが、木霊実も色々とあったのだろう。
「あ、決して動物が怖いわけではないのですよ」
取って付けたかのように一言付け加えられる
怖いらしい。
どうやら木霊実にとって、動物という存在は愛くるしいものではなく恐怖の対象になるようだ。
臆病過ぎだろう。
そう思っていると、笑いが声と顔に出そうになった。が、怒られそうなので我慢。
「じゃあ、実ちゃんは本当に行かないのね?」
「はい。マミーとダディの2人で楽しんできてください」
冬緋さんの確認に木霊実は首を縦に振った。
「分かったわ。それじゃ行きましょうか下原君」
「おっけー」
歩き出した冬緋さんのあとに俺も続く。
「いってらっしゃい! む、ダディはマミーに失礼のないようにするのですよ!」
木霊実は言いたい事を言うと、にいっと笑って俺達を見送った。
俺と冬緋さんは、木霊実を残して屋上をあとにした。




