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最期の朝

 新しい朝が来た。それはかの有名なラジオの体操的には希望の朝なのかもしれないが低血圧の俺からしてみれば、いつもどおり気だるいだけの朝だ。まだ眠い。ゆえにベッドから出たくない。つまりは学校に行きたくない。

 結果として流れるような流麗な動作で俺は二度寝へと突入。今、この世で己を阻む存在は何もな――――――――――


『ピピピピピピピピーーー!』


 くはなかった。

 俺の睡眠は、目覚まし時計のアラームという無機質な天敵によって簡単に終わりを迎えることとなった。悲しいがこれが現実。


「さむい、な」


 若干の冷気を感じながら、毛布の温もりと別れを告げワイシャツの袖に腕を通していく。

 最後にブレザーを羽織り、着替えを終えて部屋を出た俺は、階段を降りて一階リビングにある食卓へと向かった。


「おはよう」


 テーブルには最近ついに白髪が生えてきたらしい父の姿が。


「おはよう……」


 いつものように挨拶をすると、予想外に元気のない返事が。いつも俺の三倍くらいの大きさで挨拶が返ってくるのだが…… 


(げん)大丈夫か? なんだったら今日は学校を休んでもいいんだぞ」


 明るいだけが取り柄といってもいい父親なのだが、今日に限ってなんでこんなに暗いのだろうか?


「親父の方こそ元気ないみたいだけど平気?」


 逆に俺の方が心配になった。


「ああ、平気だよ。」


 言い終えると、父親はぎこちなく笑う。

 何か悲しいことでもあったのだろうか?

 少し気にはなったが、とりあえずは自分で平気だよと言った父親の言葉を信じておくことにした。 


「そっか。俺の方もなんともないよ」

「……」


 それから何拍かの間が空き、「ピー」というトーストの出来上がりを知らせる音が響く。

 レンジから熱々のパンを取り出しマーガリンを塗って噛りつく。

 香ばしい香りと、さくっとした触感を堪能しつつ、父親の方をちらっと見ると、新聞を広げ読んでいるようだった。

 父親と会話を続ける空気でもないので、しばしの間テレビでも見ることに。

 リモコンのボタンを押すと、ニュースキャスターが原稿を読み上げている画面が映る。


『―――――さんは依然として不明のままです。警察は目撃情報を元に捜査を続けていく方針のようです』


 とくに知りたくもない事件の話をしていたので、他のチャンネルで芸能ニュースやら朝の占いをやってないかとリモコンを操作してザッピング。

 そうこうしている間に、家を出なくてはならない時間になってしまった。

 朝の時間はあっという間に流れる。


「いってきます」


 首にマフラーを巻いてブレザーの上からコートを羽織ったところで、わざわざ玄関まで見送りに来てくれた父に向かって声を掛ける。


「いってらっしゃい。気を付けてな」


 考えてみたら、わざわざこうして父親が玄関まで見送りにくるのも珍しい。


「はいよ」 


 ドアノブに手をかけながら、神妙な顔をしている父親にもう片方の手を上げ、了解の意を示した。

 

 外に出ると、朝のひんやりとした風が無防備な顔面を撫でる。


「つめた」

 覆面マスクでもすれば顔の防寒になるのだろうか? 

 だが、覆面を実際に装着したらしたで、今度は怪し恥ずかしやらで外を歩けなくなってしまうというジレンマに陥るのだが。

 そんなどうでもいい思考を脳内に垂れ流しにしながら自転車に跨る。

 空を見上げると、灰色でまだら雲がかかっていた。

 すっきりしない天気だが、まあ雨が降っていないだけいいか。

 そんなことを思いながら自転車のペダルを強く踏み込む。

 軽快に飛ばしていると、弱点である顔面に容赦なく冷たい風が吹きつけてくる。

 早くもっと暖かくなればいいのにと想い、八つ当たりとばかりにペダルを踏みしめ高速で自転車を漕ぐ。 

 めまぐるしく移り変わる景色。

 昨日ぶりの通学路は、特に目新しい変化もなくいつも通り。

 快速で飛ばし、順調に学校に近づいていたが、地元の商店街を突っ切って交差点と対面したところでついに信号に捕まった。

 適度に運動をしたことで、身体の内側からじんわりと熱が広がってきた。 

 身体があったまり、心に余裕が出来たらしく、ふと昨日のことを思い出す。

 昨日の女の子はなんだったのだろう? 

 俺に何か用事でもあったのだろうか?

 そもそも、本当に俺と同じ学校なのだろうか?

 あれだけ目立つ容姿をしているなら、知らないわけないと思うのだが。

 むしろ学年が違っていても分かるような気もする。

 うちの高校の制服を着ていたのは間違いなかったのだが、いったいどういうことなのだろうか? 考えてみても謎は深まるばかりだ。


「ふう」


 すっきりしない気持で白い息を撒き散らしていると、信号が点滅を始めた。


「おっはよう! 弦ちゃん」


 信号が青に変わり、再び走り出そうとした瞬間。


「うおっ」


 どんと背中を叩かれ、つんのめりそうになった。 

(かえで)かよ。いきなりあぶないだろうが」 

 聞き慣れたその声で、姿を見ずとも誰の仕業かすぐに分かった。


「はっはっは! ほんの朝のスキンシップでござるよー」


 自転車を横付けし、高らかに笑うそいつは佐藤(さとう) 楓だった。

 亜麻色のミディアムショートに若干垂れ気味の目。小さな鼻と口がちょこんと顔に乗っかり、まるで小動物のよう。綺麗というよりは愛くるしい奴だ。

 そんな彼女と俺の付き合いは長く、家が近所だったということもあって昔からよく遊んだ。   

 彼女と俺の関係は俗に言う幼なじみと言うやつだろう。少なくとも俺の方はそう思っている。


「ずいぶんと一方的なスキンシップもあったもんだな」

「ふっふっふ。よいではないか、よいではないか」


 勢いよく俺の背中をさすりながら笑う楓。なんとも楽しそうだ。


「今日は朝からテンション高いな」


 元から明るい奴ではあるのだが、今日は特にな気がする。


「あったぼうよ! ふぉっふぉっふぉ」 


 そんなことを言いながら、楓はブレザー越しに俺の背中をさすることに飽きたのか、今度はワイシャツの襟元から、中に手をねじ込もうとしていた。


「何か良いことでもあったのか?」


 俺はぞんざいに楓の手を払いのけつつ質問。

 彼女の機嫌がすこぶる良いと断定した俺は、その理由を聞いてあげるのが礼儀かと思ったので聞いた。


「知りたい? ふふーん。どうしようかな~? 教えてあげようかな? でも弦ちゃんにはまだ早いかな~?」


 が、残念なことに俺の礼は非礼で返された。


「別にいいや。それじゃお先な」


 というわけで、非礼には非情で対応。楓の言うスキンシップとやらに付き合った俺だったが、ここらで見切りをつける。

 同時に強く自転車のペダルを踏み込みスタートダッシュ。因果なことに通う高校までも同じである幼なじみをおき去りにして学校へと向うことにしたのだった。


「ちょっと弦ちゃん、待ってよ~」

「待っておくなし!」

「チョ待てよっ!」


 五十メートルほど進んだところで後ろから聞こえてくる楓の慌てた声に反応して首を巡らせる。すると必死に自転車を漕ぐ彼女の姿が在った。


「はは」


 気持ちの和んだ俺は、そろそろかと思い、ブレーキをかけスピードを緩ませ、ボケ担当の相方が来るのを待つことにした。


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