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生えている草

「ちなみに隣の芝生が青く見えた場合、私ならどうすると思う?」


 冬緋さんはいたずらっぽく笑うと、俺の眼を観続けながら質問した。


「分からないな」


 済んだ瞳に射すくめられて、思考が鈍る。


「真っ赤に燃やしてしまうかもね」


 胸の熱い高鳴りは、一気に氷点下へ。


「わあ」


 これって絶対に過激なことだよね。


「そうすれば、隣の芝生なんて羨ましくもなんともなくなるわ」

「とある戦国武将の発想に似ているね」


 冬緋さんが言ったのは、手に入らないのなら壊してしまえばいい。ということだろう。


「今回の場合なら、父母という存在についての認識を変えさせるの。両親という存在を甘えたい対象から恐怖の対象へと認識を改めてもらう。具体的な方法はいくつかあるけれど、無難なのは洗脳かしらね。洗脳するためには時間をかけて父母という存在は悪であると、恣意的に捏造した情報を実ちゃんに叩き込む。手段としては映像やネット――――」

「いや、もういいや」


 ちょっと聞いただけで、俺はうなだれる。

 物騒どころか寒気すら感じる方法。これ以上は聞かないほうが賢明だろう。


「まあ実際は、誰かさんと違って芝生を燃やそうなんて思いついても私はやらないけどね」

「誰かさん?」

 

 冬緋さんの口から気になる言葉が飛び出る。

 どういうことだと思っていると、思考するのを妨げるように頭痛が襲ってくる。

 痛さに反応し考えるのを止めると頭痛は治まった。


「それじゃあ、私もそろそろ帰るわ。今日は楽しかったわ。ありがとう下原君」

「あ、うん。さようなら」


 痛みの消えた俺は冬緋さんの声に反応し、手を挙げて応える。


「またね、お父さん」


 冬緋さんが去っていくと、微かな甘い香りが余韻として残った。


「またね、母さん」


 彼女が出て行ったドアに向かって俺は呟く。名残惜しいという気持ちがわいた。

 今日は色々とあったが悪い一日ではなかった。

 冬緋さんに木霊実。俺はここ三日の間に二人の不思議な女の子と出会った。

 ミステリアスな彼女たちだが、決して悪い奴等ではない。それどころか話していて楽しくすらあった。

 だからこそ、またあの二人に会いたいと思った。

 木霊実は幽霊みたいな奴だが、表情豊かで見ていて飽きない。

 冬緋さんは落ち着いているが、可愛らしい口から時折とんでもないことを言い出す。

 まるで子供のままごとだが、そんな二人と家族ごっこをするのも楽しいのかもしれない。


「あいつ、何しているのかな今頃」


 元気に去って行った小さな子供のことがふと頭をよぎる。  

 木霊実は父母もいないし、友達もいない。俺と冬緋さんしか相手に出来る人間がいないからだ。

 そんな彼女がどれほどの孤独を感じているのか、俺には想像もつかない。


「ちょっとは父親らしく、優しくしてあげないとな」


 想いを巡らせていると、孤独なあの少女を慈しもうという気持ちになった。 


「それはいい心がけですね」

「…… なんでいるの?」


 気が付くと、帰ったはずの木霊実が俺の隣に座っていた。


「ぬっはは。下原よ! 私は戻ってきた。戻って来たぞおお!」

「塩まくよ?」


 このままいくと核攻撃でもしそうな勢いの木霊実。

 俺は三秒前に言った言葉を取り消したくなった。


「なんですかその冷たい対応。子供が親の家に戻るのは当たり前じゃないですか!」


 それは正論だが……


「じゃあ今まで何処に行っていたんだよ!」


 お前はどこに帰るつもりだったのかと問い詰めたい。


「ふん。大人の女として殿方の部屋に泊まるのだから色々準備することがあるに決まっているでしょうが。子供扱いするのは止めていただけますか?」

「じゃあどう扱ったらいいんだよ?」


 子供の特権を主張し、一方では大人の嗜み論じる木霊実。ダブルスタンダードここに極まれりだ。

いっそペット扱いでもすればいいのか?


「甘えさせなさい。ただし子ども扱いはえぬじーです」


 言っていることがもろに子供だ。


「はいはい」


 抗弁しても無駄だと悟った俺は適当に受け流す。  


「返事は一回でよろしい!」


 俺の態度が気に食わなかったらしい木霊実が、今度は先生のように窘める。


「はいよ」


 昼間、人間とは矛盾する生き物だと冬緋さんは言っていた。

 中でも、木霊実ほど矛盾だらけの人間はいないだろうと俺は思った。

 存在自体も色々と矛盾しているし。


 結局木霊実は俺の家に泊まっていった。


「おはようございます!」


 毛布を頭からかぶり姦しい声に抵抗。まだまだ惰眠を貪りたいのだ。


「朝ですよー。早くしないと遅刻しちゃいますよ」

 

 木霊実が俺を眠りから起こそうと身体を揺すってくる。

 心配しなくとも学校は休みだ。

 俺は抗議の意味を込めて寝返りをうつ。


「ダディ、デートに遅れてはいけませんよ!」


 聞き捨てならない単語を木霊実が叫ぶ。


「は? デート?」


 眠気が吹き飛んだ俺は、毛布を投げ飛ばし上半身を起こした。


「お、ようやく起きましたね。急いでください」


 俺のことなどお構いなしに、話を先に進めようする木霊実。

「なんだよ、デートって?」

「マミーとデートの約束を取り付けておきました。ささ、はやく準備を」

 

 説明を求める俺に、彼女は短く応えた。  


「おかしいだろ」


 当事者たる俺を除け者にし、デートの約束をするなんて絶対に間違っている。


「やれやれ。今さら何を言っているのですか。男に二言はないのですよ。まったく、しょうがない人ですね。」


 木霊実は駄々をこねる相手を諭すような口ぶりだった。


「一言すらいってないのだが……」


 俺の声がむなしく部屋に響く。


「しょうがない。いくか」


 約束してしまったものはしょうがない。冬緋さんを待たせるのも悪いし、どのみち行かねばなるまい。 


「実ちゃんは行かないの?」

「むふふ。若い二人の邪魔をするほど、私は野暮ではありませんよ。仲良くしてきなさい」


 何様のつもりかは分からないが、木霊実は今日は一緒に行動する気がないらしい。

 俺は背中を押され、待ち合わせである例の屋上へと向かうこととなった。


 鳩山マンションに到着した俺は、エレベーターに乗り込み屋上へと昇る。 

錆びた鉄のドアを開けると、肌寒い風が身に沁みした。


「おはよう。待ったかな?」


 屋上へ着いた俺は、フェンス越しに街の景色を見下ろしている冬緋さんに挨拶。

 彼女はカーキ色のスプリングコートに、黒と白の水玉模様が入ったミニスカートをはいており、同じ黒の二―ハイソックスを身に着けていた。私服の冬緋さんも可愛い。

「おはよう下原君。そんなに待っていないわよ」

 冬緋さんが俺の方へ振り向き、白い吐息を漏らす。


「…… 今日デートらしいね」


 木霊実に言われたことを確認。口にすると照れくさいものだ。


「ええ、楽しみにしているわよ」


 華のように笑う冬緋さん。成り行きのこととはいえ、可愛い女の子とデートすることになった。その事実を本人の前で認識すると、気が昂ぶってきた。


「どこに行こうか?」


 初めての経験に戸惑う。まずはどこへ行くのか決めるべきだよな?


「此処ではない何処かならどこでもいいわよ。場所はどうでもいい。私にとって肝心なのは、誰と行くのかってことなの」

 それは胸に響く、というよりは突き刺さる言葉だった。捉えようによっては、俺と一緒に出掛けるならどこでもいい、と言っているように感じる。


「そっか。なら映画とかは?」


 浮ついた頭ですぐに浮かんだのはデートの定番だった。


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