我が部屋
「お二人とも! 私のことほったらかしていませんか?」
ブランコから飛び降り、すたすたとベンチに座る俺たちのもとへ走り寄る木霊実。
意外に鋭い奴だ。
「ごめんなさいね。下原君と話し込み過ぎたわね」
「むう、分かっていただければいいのです。いや、別に二人にかまってほしいわけではないのですが、なんとなく気になるというか……」
「ああ、あるよな。そういう時」
木霊実が強がっているというのが透いて見え、微笑ましさに心の中で笑う。ついでにフォローもしておく。
「あるあるです!」
木霊実が大げさに頷くと、彼女の頭に付いているリボンが同時に揺れた。
「さてお二人とも、公園はもう満喫したので、どこか他の所にいきましょう!」
疲れを知らない木霊実が飛び跳ねはしゃぐ。
「分かった。どこがいい?」
「そうですね~。楽しい所がいいです!」
抽象的に過ぎる希望。こういうのが答えに一番困る。
「それなら、私の方から提案してもいいかしら」
思わぬところで冬緋さんからの助け舟。乗らない手はない。
「はい、どうぞ!」
「下原君のお家にいきましょう」
船に乗る際は、それがどこへ向かうのかを確認してからの方が良いという教訓を得た。
「へ、俺の家?」
そこはむさ苦しくはあるが、断じて楽しい場所ではない。
「おおいいですねえ。是非一度いってみたいです」
「実ちゃんは来たことあるよね?」
「私は下原君に自分の秘密の場所を案内したわ」
「まあ、そうだね」
冬緋さんの冷たい視線が俺を射ぬく。
「自分の秘部を晒した相手に、相応の見返りを要求することは真っ当だと思うのだけれど」
「随分、大げさな物言いだね」
まるで裁判にかけられているよう。
さしずめ俺は被告人だ。
「交渉というのは、相手を説得するのではない。こちらの言うとおりにしないと、駄目なんだと錯覚させることなのよ」
「それはもう、交渉というより洗脳じゃ」
「ふふふ、どちらも似たようなものでしょ」
「もともこもない言い方だね」
断じて違うと思いたい。
「まあいいや、それじゃ俺の家に行くってことでいいのね」
「ええ」
速やかに冬緋さんの提案が受け入れられ、俺たちは公園をあとにしたのだった。
「むさ苦しいところですけど」
そんなこんなで俺の部屋に到着。楽しいことなど何もないと思うが。
「意外と綺麗にしているのね」
部屋の中を見回しながら冬緋さんが感想を漏らす。
「いや、物がないだけだよ」
社交辞令であろう言葉に、俺も遠慮がちな言葉を返した。
「そうね。言われてみれば殺風景なだけね」
「あれ?」
言葉の梯子を外され、見事に滑り落ちる俺。
彼女は社交的なものなど考えてなかったらしい。ついでに謙遜も通用しないらしい。
「私、男の子の部屋に入ったのって初めてなのよ。緊張するわね」
優雅にベッドで寝そべると、冬緋さんは言った。
「これ以上ないくらいリラックスしているように見えるけど……」
むしろ俺の方が緊張しているくらいだ。
「私も緊張していますね。ひゃっほい!」
ベッドの上で飛び跳ねる木霊実。
こちらは緊張のし過ぎではしゃいでいるようだ。そんなわけあるか!
「楽しそうでなによりだね」
変哲もない部屋だが、二人とも喜んでくれているみたいでよかった。
「そういえば、実ちゃんはどこで寝泊まりしているのかな?」
今朝いきなり家にやってきたことを思い出し、神出鬼没な少女の生活が気になった。
「ひいいい。私の貞操が危機です」
どこをどう捉えたのか分からないが、話が金メダル級に飛躍している。
「やっぱり今の質問は取り消しの方向で」
聞かなければよかったと後悔。ややこしい奴だ。
「ちょっと下原さん! もう少し私に興味を持ちなさい」
そして面倒臭い奴でもある。
まったくもって小さい子供の相手は難しい。木霊実が子供であるかも謎であるが。
「ふふ、二人とも気が合いそうね」
冬緋さんが楽しそうに笑う。
今の会話のどの辺でそう思ったのだろうか?
俺たちは何もするでもなく、益体もない話を続けた。
夕日が沈み黄昏へと向かっていく。
「そろそろお暇する時間かしらね?」
冬緋さんが窓の外を見つめて言った。
「あ、うんそうだね」
二人が去るのを名残惜しいと思っている自分がいた。
「うー。私はもうちょっと遊びたいです」
木霊実は頬を膨らませて帰るのを拒んだ。
「気持ちは分かるけど、家の人が心配するぞ。――――あ」
反射的にでた言葉。最後まで口に出したあとでしまったと気が付く。
「親なんていもん!」
激しく否定する木霊実は見た目相応の拗ねた子供だった。
――――そうか。木霊実は孤独だったのだ。親も友達もいない。傍にいるのは俺と冬緋さんの二人だけ。
木霊実は俺と冬緋さんの二人だけしか、視ることも話すことも出来ないのだ。
昼間、公園で冬緋さんが言っていた言葉が脳裏に蘇える。
木霊実は何故、三人で公園に行きたがったのか?
うらやましかったのではないだろうか?
同じ年頃の子供は公園で遊んでいるのに、自分はそれを外から見ることしか出来ない。
周りが楽しそうに遊んでいる中、自分だけはその輪に入ることが叶わない。
せめて、親でもいれば慰めてもらえるのだろうが、それすらもいない。
子供にとっては辛すぎる環境だ。
だから俺と冬緋さんという、体験を共有出来る仲間と一緒に公園に行ったのだ。
こんな単純なことに何故、俺は今まで気が付かなかったのだろう。
「わたし、帰りたくないです」
今にも泣き出しそうな顔で木霊実が言った。
「実ちゃん……」
内情を推し量ったが故に、彼女のことを無碍には出来なくなる。
「独りになりたくないよお」
ぽろぽろと涙が溢れだす。
俺の失言をきっかけに、木霊実の涙腺堤防が決壊した。




