憩いの場にて
俺達が到着した時には、土曜日だということもあって既に公園にはちらほらと人の姿が。家族連れや友達同士で遊んでいる子供達などが居る。
公園の中は喧騒というほどには喧しくはないが、そこそこの賑やかさに溢れ、公共の憩いの場として役目をまっとうに果たしていた。
「では、遊んでまいります!」
たったと滑り台へと走っていく木霊実。
「はりきってるな」
「そうね。自分のことを見てくれている人がいると嬉しいのでしょうね」
手近なベンチに座った俺と冬緋さんは、穏やかな陽光を浴びながら会話を始める。
「まあ確かに、一人で遊んでもすぐに飽きちゃうか」
登っては滑るというごくシンプルな運動。独りでもくもくと繰り返すには単純過ぎるだろう。
「そうね。やっぱり何をするにも独りきりだとつまらないわよね」
滑り台の頂上から大きく手を振る木霊実に反応し、軽く手を振りかえす俺と山田さん。
「独りの方が良い時もあるけどね」
少なくとも本やゲームは独りで楽しみたい。
「ふふ、こう見えても私はけっこう寂しがり屋なので下原君の気持ちは分かりかねるわ」
「へえ、意外だ」
その綺麗過ぎる顔立ちからか、冬緋さんが独りで佇む姿が容易に想像つくし、それが絵にもなると思っていたのだが。
「失礼ね。と言いたいところだけど、よく言われるのよね」
これほどに独りが似合う人もそうはいない。と、勝手に思っていたのだがそれは誤りであったらしい。
「ここで質問を一つ。実ちゃんはなぜ今日、公園に来たかったのだと思う?」
面白いことでもふと思いついたのか、冬緋さんがにやりとした。
「ん? 公園で遊びたかったからじゃないの?」
純真なる俺は、彼女の考えなど知るはずもなく、素直に答える。
「もちろん、それもあると思うけど本音は別の所にあると思うわよ」
対して、どう贔屓目に見ても捻くれ気味である彼女は、やはり分かりやすい回答など用意をしていなかった。
「そうなの?」
別の本音。残念ながら俺にはさっぱりだ。
「ええ」
「ちなみにその本音というやつはなにかな?」
無垢なる俺は、ふとした興味から冬緋さんに答えを求める。
「ん。教えたげない。自分で考えてみて」
軽く首を傾げた彼女は、俺という獲物を見定め、些細な意地悪を愉しむことに決めたらしく、華のように鮮やかに笑った。
「んーヒントは?」
「そうねえ、気が向いたら教えてあげようかしら」
「気ままな出題者だなあ。というか木霊本人に聞けば正解がすぐに出てくると思うのだけど」
「そうとは限らないわよ。時には本音だからこそ言いたくない場合だってあるでしょう? あ、これってヒントになるのかもしれないわね」
「そうなの? そのヒントすらも、何かよく分からないけど」
ヒントをもらったというよりは、むしろ謎が謎をよぶといった感じの方がしっくりくる。
「まあ、とりあえず考えてみればいいじゃない。実ちゃんのことを知る良い機会だと思うわよ」
「まあ、それなりに考えてみるよ」
「ええ、ほどほどに期待しているわ」
俺と冬緋さんが話している間も、木霊実は飽きることなく公園の中を走り回っていた。
ブランコに目を付けたらしい彼女は勢いよく飛び乗ると、ばたばたと足をふりながら、少しずつ大きくなる振り子の運動にご満悦の模様。
と、ここで一つ俺は気が付く。
「木霊…実ちゃんって、普通の人には視えないのだよね」
「ええ、そうよ」
「じゃあ、今あのブランコは勝手に動いているってことにならない?」
「なるわね」
「――それってまずくないか?」
「なんで?」
「なんでって、周りの人がびっくりするだろう」
「ああ、そんなことか。別にいいじゃないほうっておけば」
「無責任だな」
「そうはいうけど、実ちゃんはただ遊んでいるだけよ。別に誰にも迷惑をかけているわけでもないし。それを止めさせようっていうのは少し酷じゃないかしら?」
確かに、今時ただのブランコをあんなに楽しそうに乗っている女の子がいるだろうか? というほどに楽しそうな木霊実の邪魔をするのは忍びない。
「うーん。周りの人は気味悪がらないかな?」
「それもほうっておけばいいじゃない。あかの他人が気味悪がった結果として、実ちゃんがあんなに楽しそうな顔をしているのだとしたら、対価としては妥当なものだわ。いえ、むしろ安いくらいね」
「随分と君に都合のいい等価交換だね」
世の真理に怒られそうだ。
「ええ、でも世の中そんなことだらけだと思うわよ。自分にとって都合の良い価値観の押しつけと拒否の応酬。あ、だから戦争はなくならないという一つの真理に、今の会話の中で気が付いてしまったわ」
「公園のブランコから始まる戦争はさすがにないと思うよ」
「あはは、それはそうね」
「てか、誰も木霊……いや、実ちゃんに注目していないみたいだな。思ったよりも大丈夫そうだ」
どうやら世の中というのは、ブランコが揺れているという怪奇現象が起きていてもさほど気にはならないらしい。
「下原君の気にし過ぎだったみたいね」
「遺憾ながらそうみたいだ」
「ところで下原君」
「ん?」
「周りのことを気にするよりも、今キミの置かれている状況を気にした方が良いのではない?」
「俺の置かれている状況?」
春休み初日、公園のベンチにて山田冬緋という女子と話しているという現在を気にしろということだろうか?
「今、私とキミ以外の園内に居る人間には、無人のブランコが揺れているように見えるのみ。だけど私たちには、ブランコがなぜ揺れているのかが分かるという状況のことよ」
「ああ、そう言われるとその通りだ」
少々まわりくどい言い方であるが、木霊実という摩訶不思議少女を昨日から突然知ることとなった俺の状況の方を気にしてみたら、ということだろう。己のことなのだし。
「でもさ、仮に冬緋さんの言っていることを全て信じたとしても、特に問題はない気がするのだよね。もちろん不思議ではあるけど」
実際に俺は今、著しく腑に落ちないことがあるだけで、生活そのものに困ることは起こっていない。
「というわけで、考えても分からない時は、分かるようになるまで待つのもありかなあと思い始めているのかな」
まったく気にならないといえば嘘になるが、気にし過ぎてもしょうがない。出口の分からない迷路を突き進む程の焦りは正直いまのところはない。
「ふふ。能天気だけど、キミがそう感じているのならそれで良いと思うわ」
「あとはまあ、山田さんという存在が居るおかげで、安心している部分もあるかな」
自分よりも事情を知る人間が存在し、わりと親切だというのは有難い。
「あら、光栄ね。となると、私と下原君は二人で同じ体験をした仲間ってことでいいのかしら?」
「仲間か。友達よりもそっち方がしっくりくるね」
俺と冬緋さんの関係。友達という気安さよりは、仲間というちょっとした共同体を匂わせる表現の方がピンとくる。




