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三人よれば

「とうっ」


 衝撃により眠りから覚醒。 


「ぶほっ」


 反射的に見開いた瞳に映ったのは、跨っている木霊実。

 撹拌した意識を拾い集めた結果、どうやら彼女の身を張った飛び込みにより、強制的に起こされたと判断。


「おはようございます!」


 明るくはっきりとした声。状況が状況ならとても元気な挨拶だね、と褒めるかもしれない。


「なんで木霊がうちに居るんだ?」


 が、朝一番の暴力を働いた後で言う元気な挨拶は、とても褒められたものではない。

 無邪気という名の凶行である。


「お、これはこれは失礼しました。実は昨日、下原さんのあとを付けてあなたのご自宅を調査したのですよ。ふふふ」


 依然として俺に跨ったまま彼女は得意げに薄い胸を張る。


「色々と問い質したいのだけど、ひとまず理由を聞いておこうか?」

「下原さんが今日の約束をすっぽかさないようにと思いまして。念の為、お迎えに伺った次第なのです」

「なんだ、そんなことが不安だったのか。心配しなくても、ちゃんと行くよ」


 俺としてはこいつの突飛な行動の方が心配だ。

「ぬ、下原さん分かっていますか? お姉さまは、あなたが現れてからとても嬉しそうなのでよ。」

「そりゃどうも。本当にそうなら何よりだ」


 付き合いは短いが、冬緋さんという人はにやにやしていることが多いので、本心がどうなのか分かりづらい。

 

 だが確かに昨日、彼女本人も嬉しいと言っていた。

 木霊実からもそう見えるということらしい。

 よく分からないが、自分みたいな奴でも居るだけで人を喜ばすことが出来るのなら喜ばしい。と後ろ向きでもポジティブにとらえておこう。


「む~それにですね、私としても、二人より三人の方が賑やかといいますか……とにかく下原さんが居た方が良いのですよ。だって何かするにせよ人数が多い方が楽しいじゃないですか。違いますか?」


 木霊実が腕を組んで薄い胸を張りながら続けて主張する。

 偉ぶる態度とは逆に、言っていることはシンプルで好意的だった。 

 俺は木霊の言葉に好感を抱く。ついでに小さい子供のような彼女が胸を張って自分を大きく見せようとする姿も、つい微笑ましく思ってしまった。本人の名誉のため口には出さないが。


「だね、おっしゃるとおりだ」 


 単純さというのは人の気分を良くさせる効能を持つケースがあるらしい。


「んじゃ、いきますかね」


 故に張り切った俺はサッと着替えを済ませ、朝食を口に詰め込み例のマンションに向かうべく家を出たのだった。


「あのさ、実ちゃんは今いくつなの?」


 マンションまでの道中、気になっていたことを質問。さらに、さりげなく彼女のことを名前で呼んでみる。 


「むーそうですね。かれこれ二~三十年はこの姿のまま生きていますが、正確な年齢は自分にもわからないです」

「へえー」


 とすると、実年齢的には彼女は俺よりもかなり年上ということになる。

 どうみても幼い子供にしか見えないのだが。

 本人曰く、年齢二十~三十で俺と山田さん以外からは認識されない存在。

 木霊実という存在は俺や冬緋さんよりもよっぽどファンタジスタだろう。


「おはようございますお姉さま!」


 屋上に着いた瞬間、木霊実は飼い主の帰りを待っていた犬のように、一目散に冬緋さんのもとへと駆け寄っていく。


「おはよう、山田さん」


 かたや俺は片手を挙げて挨拶。


「おはよう二人とも」


 冬緋さんから笑顔が返ってきた。


「はい! 今日はお天気も良いので公園にいきたいです!」


 待ちきれないとばかりに大きな声で発せられる、木霊実による不意打ちの主張。


「はいはい」 


 木霊実のやる気を汲んだ俺は。 

 特に相談をすることもなく行き先は決まった。のだが、


「さすがに三人乗りはどうかと思うのだけど」


 自転車に跨る俺。その背中に張り付く木霊実。そして上品に足を横に投げ出して荷台に座る冬緋さん。

 今の俺は、小さい子供二人を抱え、自転車でスーパーに買い物に赴くお母さんのようだ。 


「下原君、ここは一本の矢よりも三本の矢は折れにくいというたとえ話を信じて三人乗りでいきましょう」


 俺が呆気にとられていると、冬緋さんから信じ難いお言葉が。


「いや、その例えは不適切だと思うのだけど」


 都合の良い解釈にも程があると思う。


「ぬぬ。なら三賢者、集まれば豚になるという御話を信じて三けつでいきましょう!」


 一息つく暇もなく、山田さんの助勢に入った木霊実から、さらに信じ難いお言葉を賜る。


「その例えは全てが不適切だと思うよ」


 ここまでくると都合どうこうではなく、単純に意味不明。


「ふふ、動かざるごと山の如し。下原君、私は一度決めたヤマからはもう何があっても降りないわよ。つまりこの自転車からも降りません。諦めなさい」


 勢いに押される俺を、畳み掛けるように微笑みかける冬緋さん。


「これは戦なの? それとも事件なの?」


 有名な兵法と刑事のお決まり台詞を語る彼女へ向け、ささやかな抵抗として質問。


「ふふふ、どうでしょうね。実ちゃんはどう思う?」

「結論として、下原の背中にも三年というやつですね」


 思った通り、木霊実のたとえ話は理解不能だった。ただ、


「実ちゃんが言うと、それこそほんとに背後霊、というか悪霊みたいだな」


 からかいの口実としてはなかなかのものを与えてくれたようだ。


「ぬぬ、失敬な。下原さん可憐な乙女に向かってなんてことをのたまうのですか」


 可憐な乙女は、こなきじじいのように人の背中に抱きついたりはしないと思う。

 分の悪い戦いに一矢報いたのでよしとするか。


「ふう。わかったよ。しっかりつかまっていて」 


 なんとなく、最初から二人の希望通りになるであろうと予想していた俺は、息を吐き出すと、ペダルを踏み込んだ。


「さあ、張り切って参りましょう!」

 

 こうして俺は木霊実に導かれるまま、名も知らない公園に向かうことになったのだった。


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