受け入れる
「ええ、もちろん」
それは大きな誤解だったようだ。
無駄になるかもしれないし、駄目になるかもしれない。そんなことを彼女は一年前からやっていたのだから……
「だってせっかく出会えた仲間であるキミに、自分の言うことを信じてもらえなかったら、とてもとても悲しいもの」
今までの冬緋さんから想像し難い言葉。
なんて健気なのだ。
不敵に笑ってばかりの山田さんが本当にそう思っていたのなら、彼女に対する見方を少し変えなければならないだろう。
「他にはもう俺が知るべきことはない?」
それは冬緋さんの言葉を受け入れる体制を整えるための確認。
ファンタジーはもう締め切って欲しい。
「……ええ、とりあえずは」
間があってからの返事。少しだけその理由が気になる。
が、それだけのこと。ここは仲間になった彼女を信じよう。
「そっか。なら特に問題はないね」
現状を嘆いても事態が好転するわけでもない。ならば消去法で前向きにいくという選択肢が必要だと思う。
「あら、急に切り替えてきたわね」
「ああ、だっていつまでもこの状況を拒否し続けても何も変わらないだろう? なら、今を受け入れてその上で今後どうするべきかを話した方がよっぽど建設的じゃないかな?」
「ふふ、キミのそういうところも素敵だと思うわ」
お褒めにあずかり光栄です。
「ありがとう。俺も君が思ったよりも情け深そうな人で、なんていうかとてもよろしいと思うよ」
お礼に俺も冬緋さんのことを褒め称えようとしたのだが、今一つしっくりこない言葉になってしまった。
慣れないことはするものではない、まる。
「ぷ。キミの言い方だと、欠点をフォローしているみたいよ。おだてるのが下手ね」
「いや、面と向かって人を褒めるのってなんか慣れなくて。ってあれ? もしかして俺も今、褒められたのではなくておだてられたのかな?」
だとしたら、木に登り損ねた哀れな豚だ。
「ふふ、そうかもね。でも昨日言ったことは本心よ」
「ん?」
きょとんとする俺。昨日言われたことといっても候補が多すぎる。
「私昨日ここで、キミに会えて嬉しいって言ったじゃない。忘れちゃった?」
ああ、そうか。
昨日の時点では、真意が分からなかった言葉であるが、今改めて聞いて冬緋さんの言わんとしていることが分かった。
どれくらいの期間かは分からないが、彼女はたった独りで、俺という同じ境遇の仲間がこの世界にやってくるのを待っていたのだ。
おそらく俺以上の期待と不安を抱いて。
だから、山田冬緋という孤独な先輩は、俺という後輩の仲間に会えて喜んでいるのだろう。
まったく。
「まいったなあ」
この卑怯者と言いたくなる。
「何がかしら?」
「そんなこと言われたら、もうキミのことを疑えなくなるじゃないか」
人間的に好ましく思うようになってしまったら、信じることが容易になり、疑うことが難しくなるのは人のサガだと思う。
「ふふん。実はそれが狙いの発言かもよ?」
からかっているのだろうか。三日月のように口角を上げ笑う冬緋さんはなんとも意地が悪い。
「どちらにせよ、お手上げ」
俺は、降参しましたとばかりに両手を挙げる。
事実ここは俺の完敗だと認めるしかない。
「ではあらためて、よろしくね下原君」
俺の白旗に満足をしたのか山田さんの笑みが深くなる。それから腰を折って深くお辞儀する彼女には気品が漂っていた。
「ああ、こちらこそよろしく冬緋さん」
淑女たる振る舞いに負けじと、俺も丁寧にお辞儀を返す。
演技がかった二人の挨拶。
この時、冬緋さんとの間に奇妙な繋がりを感じた。
浸っていると、僅かな余韻を屋上の風が運び去っていく。
張りつめのほどけた柔らかな空間。演者としては、不思議と居心地がよい。
「さて、お二人ともお話はおわりましたか?」
木霊実はコアラごっこをやめて冬緋さんから離れると、待ちかねたように言葉をねじ込んできた。
俺と冬緋さんの話がひと段落するまで一切声を出さなかったのは、彼女なりに気遣っていたということなのだろう。
「まあ、とりあえずは。どうかした?」
俺の質問を受けた木霊実は俺と冬緋さんを交互に見やると、「むふふ」という派手な忍び笑いを漏らしていた。
「今日はせっかく三人も居るのですから、どこかにお出かけしましょう!」
大きな声で言い放つ木霊実。
瞳を輝かせ鼻息も荒く、今にも俺たちの手を取って走り出しそうなほどに興奮している。
「またえらい唐突だな」
「ふふん、こういうのは勢いが大切なのですよ」
腰に手を当て胸を張る木霊実は、やはり小学生の低学年に見えた。
「三人が出会ったお祝いがてら、いいじゃない」
冬緋さんの発言により、俺がどうあがいても賛成多数と決定。
「おっけい。じゃあ、どこか出掛けようか」
故に多数決という民主主義の基本に従い、俺も彼女たちに賛同を示す。
わざわざ波風を立てることもない。
予定もないし。
「で、どこに行きたいの?」
「そうですね~。ひとまずお散歩しましょう!」
察するに、木霊実はどこかへ行きたいというというよりは、三人で何かをしたいということらしい。
「ふふ、じゃあそうしましょうか」
「おっけい」
こうして俺たち三人は、日が暮れるまであてもなく歩き続けたのでした




