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思うがままに

「ああ、昨日からの深いお知り合いだよ」


 受け入れ難い部分も多々あるが、冬緋さんが言うように彼女と俺は同じ怪奇に巻き込まれた共有者なのだろう。  


「んじゃ、出発しようか」


 目的地へ向かうべく、木霊実を背負い直し再出発。

 冬緋さんに色々と話を聞かなくては。

 うろ覚えな箇所もあったが、身体が路を覚えていたらしくすんなりと鳩山マンションに辿り着くことが出来た。


「お姉さまの用事は私と下原さんを引き合わせることだったのでしょうか?」

「まあ、そんなところだと思うよ」


 昨日冬緋さんが俺に言った見せたいものとは、まあ間違いなく木霊実のことだろう。

 エレベーターに乗り込んだところで時間を確認すると、まだ約束の時間の十分前だった。

 道に迷う可能性も考慮して早めに家を出たのだが、いらぬ心配だったようだ。

 金属の扉を開け放つと、そこには昨日と変わらぬ景色が広がっていた。


「おはよう二人とも。下原君は昨日よく眠れたかしら?」


 冬緋さんから意地の悪い笑みと質問。贈り物を二つ同時にいただく。

 昨晩はずっとキミのことばかり考えていたせいで睡眠不足だったのだよ。


「いや、あんまり眠れなかったね」


 抱えきれないほどのプレゼントに対し、俺は皮肉な笑みを贈り主へお返ししておく。


「お姉さま!」


 それまで俺と冬緋さんの挨拶を聞いていた木霊実が、冬緋さんのもとに駆け寄り、跳ねて抱き着いた。


「実ちゃん、ありがとうね、ここまで来てくれて」


 電信柱や俺にしたのと同じように、身体全体をつかって冬緋さんにもしがみつく木霊実はまるでコアラのようだった。

 遠慮のない木霊実のスキンシップを涼しい顔で受け止める冬緋さん。

 慣れているのかもしれない。


「いえいえ、良いのですよ」


 赤ん坊をあやすようによしよしと木霊実の頭を撫でる冬緋さん。


「さて、下原君。私が昨日言ったキミに見せたかったものってもう分かるかしら?」


 分かりきった答え合わせが始まる。 


「ああ、木霊実のことだろう?」


 俺のその答えは、出題者からの反則じみた誘導によって導き出されたものだ。 


「そう、実ちゃんの存在はキミと私の二人だけしか認識出来ない。それももうご承知?」


「ああ。さっきこの子が身を以て証明してくれた」


 もしかすると、俺は山田冬緋の手のひらの上で転がされているのではないだろうか?


「それなら、話が早いわね。キミが実ちゃんの存在を知ったのは今日よね?」

「ああ、そうだね。昨日までは全然視えなかったよ」


 別に転がされるのはかまわないのだが、このまま彼女の言うことを妄信するのは危険なのかもしれない。

 今のところ友好的な関係を築けてはいるが、山田冬緋が得体の知れない輩であるというのは厳然たる事実だ。


「ふふ。ということは、キミが実ちゃんを認識出来るようになったのは、私と出会った時期とほぼ一緒ということになるわよね」 

「そうなるね」


 というわけで、事実を受け入れつつ、冬緋さんの話に注意深く耳を傾ける。


「はてさて。それはなぜでしょうね?」

「冬緋さんの言いたいことは分かるけど……」


 自ら言うのも変な話だが、俺の頭がおかしくなってしまったからというのが一番考えやすい結論になる。


「もし、キミが自分の脳みそを疑っているのなら、それは同時に私の頭も疑っているということになるのだけどそれは理解している?」

「……まあ、そうなるのか」


 俺と冬緋さんは今現在、知らなかったお互いを知り、視えないものが見えているというまったく同じ状況になっている。

 それを俺が否定するということは、同時に彼女のことも否定していると考えるのは別におかしいことでもない。


「うーん。ぶっちゃけると、俺の頭がどうかしている可能性はあると思うのだけど、冬緋さんは違うと思う」


 それが正直な気持ち。他には薬か何かの作用で俺の頭がファンタジーに侵され、幻覚を視ている可能性はわずかたがあると思う。

 ただ、同じ症状であるはずの冬緋さんはちょっと違う。彼女はこのファンタジーを受け止め、分析し、あまつさえ俺に説明までしようとしているのだ。ラリっている人間が出来ることではないだろう。


「あは、なにそれ。面白いわ。人間最後に信じられるのは己だけなんて言うのに。――自分よりも他人を信じるなんて、君は謙虚なのね」

「主張したくてもできないだけだよ」


 昨日から驚いてばかりの俺。残念ながら冬緋さんに申し上げるべき意見が沸いてこないだけなのだ。


「ふふ、素直なのは美徳だと思うわよ。ところで昨日、私の言った説についてはどうかしら? 少しくらいは信じる気になった?」


 今居るこの世界が、俺がもと居た所とは若干異なるという、似て非なる世界であるという非世界説のことだろう。


「ああ、そうだね。今のところ、それが一番しっくりくるね。」


 他にこれだという説が浮かぶわけでもないし。


「でしょう?」

「ああ。となると、俺がこの世界にやってきたのが、初めて君と会った二日前の三月二十三日ということになるのかな?」


 俺は、終業式前日の日暮れ前に山田冬緋と出会ったのだ。そして、思えばあの時からファンタジーがやって来た。


「そうね。そして私がちょうど一年前の三月二十三日にこの世界にやってきた」


 完ぺきには信じられない。何せ現実で考えられないことがこの身に起こっているのだから。しかしながら疑えばきりがないし、疑っていてばかりでもしょうがない。よね。たぶん。   


「おっけい。今はキミの言う説を俺も信じることにするよ、先輩」


 考えてもわからないことを考え続けるのは、出口のない迷路を進むようなものだ。

 そんなことに労を費やすのならば、他のことに頭を使ったほうが良いだろう。

 ただ、一つだけハッキリさせたいことがある。それは、 


「これってさ、いまのとこ全部キミの思い通りに話が進んでない?」


 悪魔のように笑い続ける女子、山田冬緋の恐ろしさを、だ。


「ふふ、それはそうよ。だって私にはキミと違って存分に考える時間があったのだもの」

「あ」


 ファンタジー先駆者の冬緋さん。考えてみれば彼女は俺という新人に出会ったらどうやって接し、自分の考えを伝えようかと、およそ一年の間考えることが出来たのだ。


「見ず知らずどころか、出会える確証もない俺の信を得る為にどうしたらいいのか冬緋さんはずっと前から考えていたの?」 


 理路整然とした意見を述べる合理的な冬緋さんは、無駄なことが嫌いだと思っていたのだが……


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