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電信柱にて

 何の変哲もない道端に立つ電信柱。その天辺付近にへばりついている奇妙な物体。

 ブレーキをかけ速度を落としながら件の電信柱に近づいていくと、その奇怪な物体はわりかし危機的な状況にあるということが判明。


「おい、大丈夫か?」


 自転車を降りて目の前の電信柱を見上げながら俺は物体Xの正体である柱にしがみつく小学生くらいの子供に声を掛ける。


 いったい何をやっているのだ、あの子供は。


「のわぁ! あなたは、私が見えているのですね!」


 俺の声に反応し、電信柱に抱きついている少女らしき子供がこちらを見た。

 その子供は、


「は、もしやあなたは、電信柱の真下から私の下着を覗こうとしているのではありませんか⁉」


 出会ったばかりなのに、初めからとんでもない誤解を抱えていた。


「いや、まるで興味ないから。それよりも危ないから早く降りてきた方がいいよ」


 一応、親切で声を掛けてあげたつもりなのだが、そんな俺を覗き扱いとは酷い仕打ちもあったものだ。  


「そうは言ってもですね、私にだって降りるに降りられない事情があるのですよ!」

「もしかすると、怖くて降りられないのかな?」


 夢中になって進んだはいいが後戻り出来なくなる。後先考えずに進んでしまうタイプの子供がやらかしそうなことだ。 


「馬鹿にしないでください! こう見えても私、高いところは得意なのですよ!」


 こう見えてと彼女は言ったが、残念ながら俺の目にはどう贔屓目に見ても高いところに昇ったのはいいが、降りられなくなった馬鹿にしか映らないのだが……

 彼女曰く、それは違うらしい。


「私はですね、ある場所で人と約束をしているのですが、道が分からなくなってしまったのです。だからこうして高い所から目的地を探しているのですよ」 


 地図を見るなり人に尋ねるなりした方がいいと思うのだが……

原始的な探し方だな。


「いいから、とりあえずそこから降りてきなよ。危ないよ」


 善良な一市民としての忠告。


「むむ、このままでは約束をやぶってしまうので、駄目です。私はこのまま彼の地を探さねばならないのです」


 よほど大事な約束でもしているのだろうか? 


「どこへ行きたいのかな? もしかしたら俺が知っているかもよ」

「鳩山マンションです」


 なんたる偶然か、この少女と俺の目的地は同じだった。


「そこなら知っているよ、教えてあげるからこっちきな」


 というわけでコトは簡単である。


「ほほう、しかたがありませんね。そこまで言うのなら降りてあげましょう」


 強がっているのか。  

 あくまで上から目線の少女が、するすると電信柱から降りてきた。


「さて、道案内してもらおうじゃありませんか」


 鼻息荒く、俺を真っ直ぐ見つめる少女。

 猫を思わせるようなアーモンド型の大きな瞳と対照的に小さな鼻と口のをもった女の子。あどけなさが残る顔立ちは小学校の一、二年生くらいだろうか? セミロングの髪の頂頭部辺りにはちょこんと赤いリボンが乗っかっていて、子供特有の瑞々しい光沢を備えた黒い髪によく似合っていた。動物で例えるなら猫っぽい。


「ていうか、俺も君と同じ場所に用があるのだよね。よければ一緒に行く?」

「むむむ、一緒に行きたいのはやまやまなのですが、知らない人に付いていっては淑女とはいえませんしね~」


 電信柱に抱きついている時点でお淑やかとはかけ離れていると思う。

 見知らぬ人に付いていかないという判断そのものは、良いとは思うが……


「う~ん。それなら道だけ教えようか?」

「私もそれがベストな方法だと思うのですが、一つ大きな問題があります」

「ん? なんだい?」

「自慢ではありませんが道順を教えていただいても、目的地に辿り着ける気がまったくしないのです。何せ忘れっぽいもので」


 照れくさそうに頭を掻く彼女。


「そりゃ問題発生だね。どうしようか?」


 同時に俺の方もややこしい問題が発生したと悟る。


「そうですね、お兄さんと私が知り合いになれば良いのではないでしょうか? というわけで私の名前は木霊実(こだまじつ)ともうします。よろしくです」

「へ?」


 この木霊という女の子の言っていることが理解出来ない。幼い子供恐るべし。


「おにいさん、お名前は?」

「俺は下原弦。つまり実ちゃんはどうしたいのかな?」

「むっふん。私と下原さんはお互いの名前を知ったので、はれて知り合いとなりました。なので下原さんに付いていっても、もうなんら問題はないのです。ということでいきましょうか。レッツラゴー」

 

 確かに彼女の言うとおり、知り合いと他人の境界線なんてそんなものかもしれないが……


「大雑把だな」


 本当は知り合ったばかりの男についていくのも今後はやめた方がいいよと言いたかったが、さらにややこしいことになりかねないので、今は胸の内にしまっておく。

 去り際に言ってやろう。


「何かいいました?」

「いやなんでもないよ、行こうか。じゃあ乗って」

 

 自転車の後ろに手を置きながここへどうぞと木霊さんに合図する。


「分かりました。ホイッ!」


 俺が自転車に跨り発進準備をし、彼女が荷台に乗るのを待っていると、

 直に重みがきた。


「うわ。ちょっとどうしたの?」 


 背中に感触。振り向いて確認すると、木霊実は自転車の荷台に座らず、彼女は俺の背中に抱きついていた。こなきじじいかこいつは。


「荷台とは荷物を載せる場所ですよね? 私は荷物ではありませんのでそこに座ることはできないのです」

「なんだそれ」


 よくわからないこだわりを持っている奴だ。


「いざ、参りましょう! 出発しんこ~」

 

 なかなかの力でがっちりホールドする彼女。少々首が痛い


「まあ、いいか」

 

 人の目が気にはなったが、言っても離れなそうだったのでそのまま進む。 


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