プロローグという名の出会い
名状し難い違和感に苛まれた。
まどろみが頭を支配。
何かを忘れているような気がするものの、その何かを思い出す気にならない。
ぼんやりとした思考を身体に預け、沈みかける夕日に向かってのったりゆったり歩いていると、
「ちょっといい?」
透きとおるような凛とした声が俺の足をアスファルトに縫いとめた。
「ん、俺のこと?」
「そう、キミ」
確認した俺は声に応じ足を止め、声の主に相対するため振り返る。
「あ」
はっとして、己の頭の中にかかっていた霧が吹き飛ぶ。
俺の目に飛び込んできたのは、腰まである艶っぽい黒髪と、どこか物憂げな印象のする鳶色の瞳がのった整った綺麗な顔。
端的に言うと、目の醒めるような美人だった。
「キミ、その制服を着ているということは鳩口高校の生徒?」
無遠慮に俺の身体を見回すと、彼女はそう言った。
「え? は、はい」
美人から凝視されるという不思議体験に戸惑い、それが態度にも出てしまう。アンビリーバブル。
簡単にあたふたしている自分が恥ずかしい。
「ちなみに何年生なのかな?」
俺の心情を知る由もない美人さんからの言葉が続く。
慌てふためく俺に興味を持ったのか、彼女が視線を俺に固定し、すっと顔を近づけてくる。
「二年ですけど」
吐息のかかるような距離で容姿端麗な彼女に見つめられ、さらなる緊張感が生まれる。
向こうは涼しい顔をしていた。
「ん~ん。これは、もしかすると?」
相変わらずに瞳の照準は俺の顔に合わせたまま、顎に右手を当ててつぶやく彼女。
どぎまぎしている俺とは対照的に、彼女はいたって自然な様子。
「あの、俺に何か用、ですか?」
そう口にしてから、無意識のうちに敬語で応対してしまっている自分に気付き、少し情けなくなった。
それにしてもこの美人はなんなのだろうか?
「あっは」
俺の質問には答えず、彼女は相好を崩しにんまりと笑う。
何が可笑しかったのかは知らないが、美人ゆえに冷たい高飛車な第一印象だった彼女が破顔して笑ったことに驚く。
「ちなみに私も鳩口高校の二年生なのだけど、君みたいな人って同じ学年に居たかな? 見たことない気がするのだけれど」
「え?」
覆いかぶせられた彼女の言葉にもっと驚く。
「まあ、もし君の話が本当なのであれば、私と君は同じ学校の同学年なのだし、近いうちにまた会うでしょう。ひょっとしたら明日の終業式で遭遇するかもよ。ふふ」
「はあ」
一方的に告げる彼女に、俺も何か言い返したいところではあったが、言い返す言葉が何も浮かばず、生返事を返すことしか出来なかった。
「ふふ。また君に再開出来ることを楽しみにしている。それじゃあね」
俺の戸惑いを知っているのか知らないのか、彼女は意地の悪い笑みを浮かべると、制服のスカートをなびかせ、俺を追い越し舗装された路を走り去っていってしまった。
「行っちゃった」
人の感情をかき乱し、颯爽と去って行った彼女はいったい何がしたかったのだろうか?
「あれ?」
嵐のような美人が去ったことで平静を取り戻した俺に一つの疑問が浮かぶ。
「あんな女子、うちの高校にいた?」
彼女みたいな生徒の方こそうちの学校にいただろうか?
あれほど美人であればさすがに有名だろうし知らないってことはないと思うのだが……
もはや遅きに失してしまったが、俺はあの美人に聞かれたことを、そっくりそのまま聞き返してやりたいと思ったのだった。




