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士官学校にて

 半年前、ビュードガイア王立魔法軍士官学校に入ると、父であるザントール伯に伝えた時、驚いたのは父ではなく義母と義妹の二人だった。

 次期領主としての立場がある。危険がある軍属に就く必要はない。

 父の補佐としての仕事をこなして行けばいい。

 それでも、ディクリス・ケフト・ディケンズは士官学校への入学を決めた。

 十三歳の時だった。


***


 ビュードガイア王国には軍属に就くための士官学校が二通りある。

 一つは爵位もなく貴族の傍系ですらなくとも入学できる、予備士官学校。

 もう一つは主に貴族の子弟や傍系が入学する王立士官学校。

 予備士官学校での成績が良い者は、年齢や爵位に関係なく後ろ盾がなくとも王立の仕官学校へと進める。

 前者は十歳から、後者は十三歳から入学が認められており、予備学生のほとんどは民間よりも高い給与が望める働き口を探している者か、あるいは給料は出ないが食事つきという特典目当ての者かだった。

 身分のある者は通おうとも考えない予備仕官学校。

 そこに二年前ある人物が入学したと聞いた。自分より一つ年下の少年。

 高い魔法力を持ち優秀な成績を持って今春王立士官学校に編入したと聞いた。

 地位。身分。財力。全てにおいて遜色のない貴族の子弟。それなのに何故予備学生から始めたのか気になった。

 会ってみたい。

 ディクリスが仕官学校へ進んだ理由は、ただの好奇心だった。

 入学して三ヶ月。

 その好奇心はまだ、満たされていない。


 三ヶ月の間に、そいつの噂だけはあれやこれやと耳に入った。

 曰く、可愛げがない。やる気がない。なにを考えているのかわからない。

 そして予備から一緒だった者は口を揃えてこう言った『化け物じみている』

 十二の子供相手に怖気づく、自分より年嵩の士官候補生たち。

 なんだそれ? そう思いながら興味は尽きない。

 一戦交えたいなどとは思わない。ただどんな奴なのか会ってみたい。

 領主の息子同士という建前の立場ではなく、ただの学生として、会ってみたい。

 面白そうじゃないか。大貴族の癖に平民に混じって学ぶなんて。

 ただの馬鹿なのか、それとも持たされている身分に対する反発心か、家督争いの外に出す目的で捨てられるように放り込まれたか――。

「組が違うから全然見かけもしねえんだよなぁ」

 ディクリスはぶつぶつと零しながら士官学校の宿舎裏にある雑木林を歩く。

 目的があるわけでなく、時間つぶしの散歩だ。

 宿舎にいたら鬱陶しい訪問客が多く、自由に使える鍛錬場にいても鬱陶しい者が着いてくる。

 立場的にはあいつも似たようなものだろう。

 つらつらと考えを巡らせ、今夜にでもそいつの部屋に乗り込んでやろうか? と考えながら低木の間を通り――。

 ぐにゅ。

 硬いが柔らかい、そんな感触が左足からしたと同時に「ぐぇっ」と潰れた蛙のような声がした。

「へ?」

 何だ? と思いながらディクリスは足元を見る。

 白いシャツを踏みつけている自分の足。場所は腹の少し上。

(力入れてなくても胃、踏まれたら堪んねえよな・・・・・・)

 踏んでいるのは自分なのに他人事の用に思い、ディクリスは視線を呻いている人物の顔へと向けた。

 銀髪にしては黒っぽい、短い鉄色の髪。柔らかい曲線を描く顎には髭跡もなく、まだ子供だ。

(同い年くらいか?)

「・・・・・・っ! ちょ、足退けてください」

「あ、わるい。吐く?」

「吐きませんよ」

 言って、腹をさすりながら身を起こす少年をディクリスは見下ろす。

 見かけない顔だ。

「なにやってんの?」

「昼寝してました」

「雑木林の中で? 貴族組が?」

 言ったら相手は少し、眉を顰めた。

 雑木林が裏にある宿舎は全室個室になっていて、貴族の士官候補生専用の宿舎だ。

 そんな所で寝ているのだから、この少年も貴族なのだろう。

 部屋で寝ていたら鬱陶しいんですよと、少年は肩を竦め言った。

「で、雑木林の中で貴族組がなにしているんです?」

「俺も半分同じ。部屋にいたら鬱陶しいから散歩してた。で、踏んだ。悪かったな」

 あ、そうだ。とディクリスは続ける。

「今年入学したディクリス・ディケンズ。まあ、よろしく」

 自己紹介に、鉄色の髪の少年は少し驚いたような顔をした。

「ザントールの? 本当に入学してたんですね。僕はヴィルブライン・ヴァン・カフカ。よろ――」

「うおっ?! カフツールの? へえ、なんだ、もっと厳つい奴だと思ってた」

 会ってみたかった人物を踏みつけるとは予想外だった。白いシャツにくっきりと足型がついている。

「よしよし。今日から俺とお前は同士な?」

「は?」

 呆けた顔をヴィルブラインにディクリスは、一人うんうん頷きながら言う。

「俺も鬱陶しかったんだよなぁ。『領主の息子の取り巻き』になりたがる奴らが意外に多くてさぁ」

「はあ・・・・・・」

「そうだ。お前ってもう先輩らからの歓迎会って行ったの?」

「・・・・・・僕、十二ですよ?」

「俺十三。問題なしだろ? 行こう行こう今日行こう。兄弟の契りを交わそう」

 うきうきしながらディクリスはヴィルブラインの腕を掴んで立たせる。

 握り拳一つ分、ディクリスの方が背が高かった。

「つーかさ? 今まで一回も訓練一緒になった事ないよな? 場所違う?」

 ぽんぽん勢い良く話すディクリスに押されつつ、ヴィルブラインは答える。

「ああ。魔法師協会の本部にいたので、明日からは多分同じ内容になると思いますよ」

「協会って、なんで?」

「結界の中で魔法の制御訓練受けてました」

 なるほど、会わないわけだと、ディクリスは顎を引く。

「へえ。魔法力強いんだな。で、どうする?」

「なにがですか?」

 眉を顰めて首を傾げるヴィルブラインに、ディクリスはわざとらしく首を傾げ返し。

「今から行く? 夜にする?」

「他の選択肢ないんですか?」

「行ってから選べばいいじゃね?」

 そういう問題なんですか? と、げんなりした口調で言われたが、ディクリスは笑って無視をした。


 会ったら何を聞こうか、何を話そうかと、考えていた事もあるというのに、実際会ってみればなんて事はない。

 肩を並べて遊んでいれば、相手の事なんてその内きっとわかってくる。

 おお、そうか。恥ずかしいぞ俺。

 単純に友達になってみかったのかと、ディクリスは一つ年下の少年の背中をばんばん叩いた。


 ディクリスとヴィルブラインの生涯続いた腐れ縁は、胃を踏みつけた事から始まった。




で、ヴィルは玄人にはまった

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