七夕企画SS
時期的には八話の後あたりに書いた小話
母屋とアパートの間にある共同の井戸から盥に水を汲んで敷布を放り込む。
小さい桶で洗濯用石鹸をしっかりと泡立ててから盥に流して。
「よしっと」
シェスカはスカートの裾を膝上まで上げて勢いよく踏み洗いをはじめた。
バシャバシャと足踏みをしながらシェスカは今日一日の予定を整理する。
(って言っても、しばらくは仕事も暇だしなぁ)
夏服への衣替えも済んだ。
毎年、衣替え前は襟の刺繍を新しくしてくれ、や新調した服の刺繍をしてくれ等で細々とした仕事が入るのだが、それも全てし終えてしまった。
(自分の服も刺繍し直そうかしら?)
頬を伝う汗を手で拭いながらシェスカは何を縫おうかと頭を捻る。
その時、かさかさと、乾いた音がして足踏みを止めて顔を音が聞こえた方、アパートの裏庭へと向けた。
黄色味がかった緑色の葉っぱの枝を抱えたヴィルが、シェスカに気付き片手を上げた。
「ヴィルさん。お帰りなさい。どこか行ってたの?」
「ただいま。ちょっとコレ生えてる所までね」
とヴィルは首を傾げるシェスカに葉っぱの枝を見せる。
シェスカは怪訝な表情のまま。
「何その葉っぱ?」
と聞く。
「笹っていう種類の、竹? とかいう木です」
考えながら答えるヴィルにシェスカは余計意味が分からなくなった。
シェスカは取り合えず洗濯を再開させる。
「魔法具の材料?」
思い付く事を聞いてみる。
いえと、続いたヴィルの答えは意外なものだった。
「ななゆう、という東大陸の祭りの道具です」
「ななゆう? どんなお祭りなの?」
笹を井戸の横に置きながらヴィルは確か……と口を開く。
「一人娘が身分の低い男と恋に落ちて、それを怒った父親が2人を引き離して、恋人と引き離された娘が泣き死にそうになったから死なさない為に年に1度だけ会わせる日の祭り。だったはずです」
聞いたシェスカは眉を顰めて呆れた声を出す。
「それの何処がお祭りになるの?」
「さあ?」
いろんな祭りがありますねと、言うヴィルにシェスカはますます首を傾げる。
「えっと、そのななゆう祭り。ササ? を使うのは分かったけど、自分勝手な親を祝う祭りなの? 年に1度しか恋人と会えない事を慰める祭りなの?」
前者でも後者でもかなり嫌な祭りだと思う。
「いえ、恋人と会える日を祝う祭りです。確か」
「どっちにしても変な祭りだね」
「……そうですね」
ヴィルはちょっと項垂れた。
項垂れたヴィルの顔をシェスカは下から覗き込んだ。
「年に1度だけ恋人と会えるお祭り祝うの?」言ったらなんだかちょっと不安になってきた「会いたい女いるの?」
「は? いませんよ」
ヴィルは慌てて返す。
ヴィルと目が合ったシェスカは挙動不審に身を起こして、洗濯に集中する。
「そ、そう。えっと、どんなことするの?」
「笹を飾り付けて、星に願いをかけます」
繋がりが分からないのですがねとヴィル。
「恋人と逢える事を星に願う?」
「そんな感じで願い事を書いた紙を飾ったりするそうです」
洗濯物の水替えを手伝いながらヴィルが言う。
ありがとうと礼を言いシェスカが「そういうのなら面白そうだね」と答えた。
「じゃあ、夜に。お祭りしましょうか?」
「夜に? あ、そっか、星に願い事するものね。夜外出していいか母さんに聞いてみるね」
ヴィルさんとなら反対しないだろうけど、と続いた言葉にヴィルはちょっと複雑だった。
もうそろそろ多少は警戒もして欲しい気がした。
夕食後にシェスカはヴィルの部屋に行き、2人で色紙や布の切れ端で笹を飾っていく。
初めてで何だか変てこな飾りになってしまったが、味はある様に思える。
「ヴィルさん願い事書いたの?」
「シェスカは書きましたか?」
「書いたけど……ひみつ」
「見るのは」
「ぜったい駄目だからね!」
手にした紙を隠してシェスカは頬を赤くする。
シェスカの赤面が何となく移りそうになってヴィルは頭を掻いた。
「あ?じゃあ、そろそろ行きますか?」
きょとんとシェスカはヴィルを見上げた。
「何処に?」
ヴィルは飾った笹を手に、にっこり笑って言う。
「星のよく見えるところに」
シェスカにしがみ付かれて転移するのは4度目だ。
出産祝いに自宅に帰った時と、そこから湯治場に行って帰って来た時と。
魔法に慣れていないシェスカは怖いのか、その都度必死にしがみ付いて来た。
右腕でシェスカを抱えて左手に笹を持って、ヴィルは丘の上に転移した。
ヴィルは苦笑しながらシェスカの背を優しくたたく。
「着きましたよ。ほら、上見てください」
言われて見上げた先には、一面の。
「っうわっ……!」
視界いっぱいに広がる一面の星空。
「すごい。綺麗。こんな風に星見たの初めてかも」
高調する気持ちを隠さずにシェスカは笑う。
喜んでいるその顔にヴィルは笑顔を返す。
しばらく2人で夜空を見上げた。
「お祈りするの?」
「ああ、願いが叶いますように?」
じゃあこれ飾らないとね、とシェスカが笹に願い事を書いた紙を結わえた。
何を書いたのか気にならにわけではないが、ヴィルは無関心を装う。
笹は川に流すか燃やすかするらしいというヴィルの説明に、シェスカは燃やす方を選んだ。
川に流して誰かに見られたら恥ずかしくて死んでしまうかもしれない。
ぱちぱちと魔法の炎で笹が燃え出す。夜の空へ上る煙を見上げてシェスカは小さく息を吐いた。
シェスカは草の上に寝転んで、星と煙をぼんやりと見る。
ヴィルはその隣に座って空を見上げる。
「1年に1度しか好きな人に会えないって、淋しいわよね」
あたしはそんな淋しいのやだな、とシェスカは小声で言う。
ヴィルはシェスカを見下ろして、ふと笑い草の上に広がった青褐色の髪に指を絡めた。
「淋しい?」
「会えないのは淋しいでしょう?ヴィルさんは……好きな人と会えなくても平気?」
聞かれてヴィルは小さく笑う。
「ななゆうの2人の様になったら実力行使でいきます」
シェスカは数度瞬きをして「実力行使?」と聞き返した。
ヴィルは頷いて、絡めたシェスカの髪を軽く引っ張って答えた。
「掻っ攫います」
当然でしょうといった風の物言いにシェスカは返答にまごついた。
じっと見ながらそういう事を言わないで欲しい。
何だか頬が熱い。
「シェスカ」
嫌な感じじゃないぞくっとする声で名前を呼ばれて、シェスカは慌てて身を起こした。
何だか早く帰った方がいい気がしてきた。
「も、もうそろそろ帰らなきゃ……!」
急に帰ると言い出したシェスカに、些か肩透かしを食らったヴィルは……シェスカの髪を掴んだまま、星を見上げた。
月明かりの下ででも真っ赤になっているシェスカの顔を見て、どの辺でここまで赤面したのか分からなかったが ―― 何もしていないのに…… ―― まあ、この変化には、多分良しとした方が良いだろう。
ヴィルは嘆息して。
「これ以上変に警戒されても困りますし、帰りますか」
「???」
目を丸くしたシェスカにヴィルは苦笑した。
『毎日会えますように』
シェスカが笹に託した願い事は、ヴィルの願い事と同じだった。