魔法禁止令
それは、ふとした思い付きだった。
蜃気楼を人工的に作れないだろうか? と。
ヴィルブラインは町の託児施設から頼まれた防犯用の魔法具(塀の上に二つ一組で端端に設置し、不法に乗り越えようとすると電流か流れる仕組みになっている)を配達し、庭で遊んでいる子供たちを見て『遊び道具になる魔法具を作ってみたら面白いかもしれない』となんとなく考えた事がきっかけだった。
その日、自宅アパートに帰ってから、あれやこれやと玩具の原案を紙に書きなぐり、数年前に実弟に実家の庭の池の水を風の魔法で巻き上げて虹を作ってみせた事を思い出した。
が、水を巻き上げるだけならば魔法具でなくともできる。公園の噴水などがそうだ。
「子供にもうけが良くて、作るのも面白い物?」
ぼそっと呟き、それから数日考えた結果出たものは『大気中の温度を変化させ光を屈折させて蜃気楼を作る道具』だった。
子供に受けるのかは……かなり疑問だが、ヴィルは「よし」と気合を入れて作業に取り掛かった。
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恒例の週に一度の掃除のために、ヴィルの部屋にやってきたシェスカは玄関を開けるなり室内の惨状に固まった。
「な、なんなの? この部屋は」
シェスカは掃除道具を手にぽかーんとした顔で、足の踏み場が無いほど床に散らばった紙に視線を巡らせた。
よく見ると床に散らばった紙には靴底の跡が付いており、それに書かれている文字や数式はシェスカにはまったく意味不明だった。
「ああ、シェスカ、こんにちは。すいませんが掃除はまた来週でお願いします。今場所を変えられると何が何処にあるのか分からなくなるので」
「……今は分かってるの?」
これで? とシェスカは首を傾げて小部屋から出てきたヴィルを見上げた。
ヴィルは「ええ」と不審げなシェスカに頷いて答えた。言葉に出さずに「多分」と付け加えていたが笑って誤魔化した。
「なにしてるの? 勉強?」
「いえ、新しい魔法具を作ろうと、ね」
「新しい?」
「ええ、蜃気楼発生装置を作ろうかと」
「しんきろう?」
シェスカは怪訝に聞き返し、けれども見上げたヴィルの表情に「なんだか楽しそうね」と付け足した。
試作が出来上がったら一番に見せますねと言うヴィルに、シェスカは笑って「楽しみにしておくわね」と返した。
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まともに魔法具を作り出してから一年足らず。
机に向かって考察することも、実際に一から作っていく事も、それは意外にも面白い事だった。
産まれた時から軍属になる事が決まっており、十歳で士官学校に入学し、別の道など、漠然とも考えた事も無かったが、何かを作り出す事は面白くてヴィル自身の性にも合っていた様だった。
ヴィルはその日、朝から蜃気楼発生装置の製作に取り掛かり、自宅にも持ち帰り作業を続けていた。
「上方屈折蜃気楼の原理だから、上空に暖気が吹き渡るようにはこれでいい、と――」
と、核になる水晶に新しく作った術を組み込んでいく。
数時間作業を続け、少し休もうかと凝った肩を回したその時。
「なにやってんだ?」
「うわっ!」
誰も居ないはずの一人暮らしのアパート。
集中していた所為で普段なら気付ける空気の揺らぎに気付けなかった。
突然真後ろから声を掛けられ術の組み込みが崩れてしまい、ヴィルは非難の眼差しを予期せぬ訪問者、ディクリスに向けた。が。
「あ」
「げ」
魔法力を注いだばかりの魔法具は力が安定していない。
結果
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ヴィルとディクリスは家具が散乱した室内の真ん中で正座して、いや、させられていた。
目の前には仁王立ちしているシェスカ、玄関の外からは恐々とカシェや他のアパートの住人が覗きこんでいた。
シェスカは魔法師二人を見下ろして。
「なんなの? この部屋は」
と、数日前にヴィルに聞いた事を、今度は硬い声音で問うた。
ヴィルは背中に冷や汗が流れるのを自覚しつつ。
「あー。魔法具の中の力が漏れてしまって、その、とっさに張ったのが風の結界で……すいません。片付けます」
「当たり前でしょう?! 家具だけで済んだからいいようなものの! アパート壊す気!? ヴィルさんもディクリスさんも!」
「あ? 俺も? ―― はい」
反論しかけて、素直に返事をしたディクリスにシェスカは鷹揚に頷き宣言した。
「アパート内は魔法禁止っ!」
「「はい」」
それから数十分の説教ののち、三人で壊れた家具の片づけを始めた。
魔法のご利用は計画的に。