休話(八話おまけ)
姉が言う通りシェスカは色恋には疎い。
普段の彼女は、人の感情に敏感で優しい気遣いを見せたり、読み書きの勉強中も覚えも早くとても聡いというのにだ……。
夜中に平気で隣で無防備に寝始めるし、宿泊部屋に居た時も ―― どういう用途の部屋なのか知らなかったにせよ ―― 剥き出しの肩や背中のドレス姿を気にもせずに、後ろから抱き締められていても警戒心もない。
安心しきられているのは良く分かる。さっきの会話にしてもそうだ――。
温泉宿で受付の記帳を済ませて部屋の鍵を2つ受取り、シェスカの分の鍵を渡したら無邪気にも言ってきた。
「え? 部屋、2つも取ったの?」
考えている事は悲しいが分かった……。1人部屋より2人部屋の方が料金は安い―――。
慎ましい金銭感覚でのみ発せられた言葉に過ぎない。
もともと部屋を1つにする気は無かったが、ここまで他意のない眼差しを向けられるのは……空しい気がする。
宿の1階にある食堂で遅めの昼食を取り、足湯がある施設へ向かう。
遠出の旅行は初めてらしく、彼女はとても喜んでくれた。
嬉しそうな顔を見るのは、もちろん僕自身も嬉しい。連れて来て良かったと、そう思える。
温泉郷に寄って一泊でもして帰りますか? と聞いた時は、どういう反応が返ってくるのか内心落ち着かなかったが「おばあちゃんへの良いお土産ができる」と、喜んでいただけだったので……性別が分かっていないのか? と疑りたくなった。
彼女に対しての性別不理解疑惑は、この1週間で僕の中では確固たるものになってしまった。
天井を見上げて感情をやり過ごす方法を習得できた。
ラインザル町に帰る時、魔法を怖がっている彼女はやっぱり抱きついて……いや、しがみ付いてきた。
魔法を扱えない者にとっては恐怖を覚えるだろう事は理解できる。
理解はできるが……。
「―――― シェスカ、さすがにそう抱きつかれたら照れます」
わざと言ったらシェスカは「え?」と言ってから、僅かに耳を赤くして。
「ご、ごめん……そうだよね……」
と、体を離してギュッと手を繋いできた――。
――― 無垢さはある意味、鉄壁の守りですね……。
それにしても、たった5日で姉にはばれたというのに……。
半年以上経つのに気付かれないのは、自分ではそうは思っていないのだが、やはり淡泊だからなのだろうか?
僕は天井をじっと見やってから、転移の呪文を唱えた。