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第十二話 夏の草原

 出来たての家の、木の香り。

 店の改築か済んでからもう2ヶ月経つが、まだ鼻腔に優しいその香りが残っている。

 ヴィルブラインは自身の魔法具店の奥にある小さな作業部屋の机に魔法具を作る道具を並べていく。

 元とする素材は出来上がっている。合う合わないはあるが言ってしまえば、そこいらにある小石でもいいのだ。だた石ならば傷のない物、透明度の高い物の方が魔法力が伝わり易く完成時の精度が良い。

 今、ヴィルが用意した物は銀細工で縁取りされた、けして派手ではない美しい水面を思わせる碧い金剛石があしらわれた首飾りだ。傷はもちろんない。

 ヴィルは左腕をナイフで浅く切った。ぷくりと赤い血が盛り上がり、小皿の中に流れ落ちた。傷口は指で拭うと消えた。

 魔法師自身が媒体となって行う術以外、魔法具や固定結界などの魔力の元は魔法師の血液などの体液、髪などが主に使われている。魔法はそれに対する抗体を持っていなくてはならない。魔法力と抗体の強さは魔法師の力と比例する。

 しかし、高い魔法力を持ちえていても実際に施術するのは下手な者もいれば、低い能力の者でも上手く術を展開する者など、その能力はさまざまだ。

 ヴィルは低くゆっくりと呪を唱えていく。右の中指で小皿に溜めた血に軽く触れる。

 一瞬、赤黒い液体は白金の輝きを放ち元の色に戻った。

 指を筆の代わりに白い紙に呪を描き、首飾りを紙の中心に置く。

 血で刻まれた守護の印は、碧い金剛石の中へと吸い込まれ縛された。


 宝石の輝きが失われていないのを確認したヴィルは満足げに微笑み、力が安定するまでと、首飾りを象牙細工の小箱にそっと仕舞った。

 明日はとても大切な日だ。


「晴れてくれますかね……」

 窓越しに、ヴィルは空を見上げた。


***


 ラインザル町に本部を構えるギール商会は多くの行商人を抱えている。

 また、交易品であるシェール織りの一部の販売権やフィール山脈で採れる琥珀の独占販売権なども持ち、国内でも屈指の商会として名が知れている。

 ビアンカはそんな家業を誇りに思っている。父の手腕は娘の目から見ても欠損なく深く広い。

 商会の跡取りは兄のダルビーだ。

 子供の頃からビアンカは漠然と、利害関係を含んだ婚姻を結び、ギール商会の娘として嫁ぐ事になるのだろうと考えていた。

 事実、そういう話は両手で足りない程あった。のだが。

 ビアンカはテーブルの上にぽつんと置かれた剣と鷹の紋章いりの指輪を軽く指で弾いた。

「まさか、本気だとは思いませんでしたわ」

 と、複雑な表情で対面に座るシェスカとミルレに零した。

 シェスカはどう答えればいいのか多少迷い。

「ディケンズさんはかなり最初からビアンカが好きだったと思いますよ?」

 と、ミルレが小首を傾げて言うのに、シェスカは同意した。

 本当に最初からなのかは疑問だが昨日今日の想いではないだろう。

「信用も信頼もできなかったのですもの。信じられなくってよ」

 そう言って頬杖をつくビアンカにシェスカは返事はしたの? と聞いた。

 途端、器用に眉を顰めて見せた友人にシェスカは苦笑いを返す。

 簡単に「お受けいたします」とは言えないだろう。一生涯の事であるし。

 シェスカは紅茶を一口飲みビアンカに目を向けた。

「ザントール領っていえば、南の国境近くの領地よね? ディケンズさん本当に偉い人だったのね」

 シェスカの言葉にビアンカはつんと顎を反らし。

「そんなもの、人としての貴賎に関係なくってよ」

 と、クッキーを摘み口に運んだ。

 シェスカとミルレは顔を見合わせて、小さく肩を上げて笑う。

 ミルレはすまし顔のビアンカに。

「という事は、身分関係なく人として認めたから、ディケンズさんの家紋入りの指輪がここにあるんですね?」

「……こじ付けって言いませんこと?」ビアンカは藍色の目を細めて「あたくしの事より貴女方、ご自分の事をお考えになったらいかが?」

 と、ささやかな意趣返しを試みた。

 シェスカはぐっと菓子を詰まらせそうになり、ミルレはにっこり微笑んでみせた。

「今日はこのあと演劇を観に行きます。券は買っていますから、ご商売されているお家の方が無駄にする様な事は無いと思います」

 ビアンカの兄ダルビーに告白してから、ミルレは少しづつ行動に移している。

 誘われるダルビーは戸惑いを隠しきれていない様子だったが「負けません」とミルレは心に決めている。はっきりと断られるまで。嫌われる行動はしたくないけれど、関係性を、変えたかった。

「え? 商売してる家の人って?」

 きょとんとした顔で聞いてきたシェスカに、やはりミルレは笑って答える。

「ダルビーです」

 シェスカは正解を、ミルレの好きな人を初めて知りお茶を吹きそうになった。

 本当に知らなかった。そんな素振りは無かったように思う。

 散々疎い疎いと言われているが、こんなに近くにいても分からなかったとは、人の繊細で機微な想いに心を砕けずにいるのだろうか? だとすれば知らない内に人に与える影響に全く気付かず傷つけたりしていたかもしれない。

(どうしよう! 無神経過ぎてそんな事も分かってなかったの?)

 と、シェスカは落ち込んだ。

 急に肩を落とした友人に、ビアンカとミルレはシェスカがやっと一方通行だった構図に気付いて言葉が無くなったのか、とは思わず、きっと少しずれた方向で考え込んでいるのだろうと正しく理解した。

 正真正銘、シェスカは恋愛に疎い。

 ビアンカは呆れ、ミルレはなんだか心配になってきた。こっそりとビアンカに耳打ちする。

「ヴィルブラインさんとは大丈夫なんでしょうか?」

 囁かれた言葉に、邪魔が入ってヴィルが言い損ねたことをディクリスから聞かされていたビアンカは。

「…………」

 賢明に、無言を貫いた。



 行ってきます、とミルレが席を立つ。

 最高級品のシェール織が敷かれた床は椅子を引いても不快な音はせず、靴越しに柔らかさを伝えた。

 商談で婦人や娘を伴い訪れる者の持て成しをする事もある為、ビアンカの自室は貴族の令嬢並みに設えてある。

 その様な所にも気軽に遊びに来れるのはビアンカの、一見きついが気さくな性格のお陰であろう。

 荷物を手に取るミルレにシェスカは。

「あ、ちょっと待って。はい、これ今年の分」

 シェスカは手製の巾着から光沢のある細長い緑色の生地を取り出しミルレに差し出した。

 色取り取りの絹糸で縫い表された祈りの言葉。

 森の女神祭の時に未婚の女性が身に付ける飾りの1つだ。

「うわ。凄く綺麗です。ありがとうございますシェスカ」

 ミルレは顔をほころばせて飾りのリボンを受け取った。

「どういたしまして。こっちはビアンカの分ね」

「やっぱりシェスカの刺繍細工が一番綺麗ですわね。ありがとう。」

 ビアンカは糸を指でなぞり言う。

 シェスカはありがとうと、柔らかい笑顔を2人に向けた。

 ミルレは扉に向かいながら。

「私は今年ダルビーに渡してみます。シェスカもビアンカもリボンをあげる時は教えてくださいね?」

 そう言い残して部屋を出たミルレを、2人はそれぞれ複雑な表情で見送った。

 しばらく無言でシェスカとビアンカは紅茶を飲む。

 窓際に飾られた花の香りがほのかに甘く清清しい。

 口を開いたのはビアンカだ。

「シェスカはどうしますの?」

 リボンを、求婚の意味のあるリボンをヴィルに渡すのか?とそれとなく聞きたかったのだが。

「この後? 仕事の続きするわよ。女神祭用の注文急いでこなさいきゃいけないから」

「……そう」

(シェスカの天然要塞は崩すのに苦労しそうですわね)

 ビアンカは根を詰め過ぎないようになさってねと、シェスカに話を合わせた。



 表参道や貴族や商用の道は平らな石畳で舗装されているが、一歩細道に入ると固められた土がむき出しになっている。

 シェスカたちが住むラインザル町はそれでもラザール領領主の館がある分他の地区より公共事業が進んでいる。上下水道は町中を廻り、井戸を掘っていない公園などにも水飲み場が設置されている。

 もっとも冬になれば凍ってしまう場所もあるが、寒冷のこの地で凍らない場所がある事を住民たちは評価している。

 シェスカはこの町で生まれ育ち、居心地良く感じている。


 シェスカはビアンカの家からの帰りに市場により、母から頼まれた食材を買い付け家路に着いた。


 帰宅すると母から手紙を渡された。差出人は――。

「アスティリアさんから?」

 ヴィルの姉からの手紙にシェスカは目を瞬いた。

 月に一度の間隔でアスティリアとは文通をしているが、前に届いてから1週間ほどしか経っていない。

 シェスカは2階の自室で、不思議に思いつつ封を切った。

 鈴蘭の香水を吹き付けられた鳥の子紙という外国産の紙には、流麗な字で祝いの言葉が書き連ねられていた。

 シェスカは口元を綻ばせ、丁寧に手紙を畳み直して机の引き出しに仕舞った。

 手紙程度であれば、もう問題なく読み書きができる。

 ヴィルに、ちゃんとありがとういう気持ちが伝わっているだろうか?

 ふと窓下を見下ろして、胸に苦しさを覚えた。

「明日、晴れてくれるかしら?」


***


 空が、日の出前の美しい赤に染まりだした頃、眠い目を擦りつつシェスカは寝台から身を起こした。

 かなり早い時間だが、天気が気になりゆっくりとは寝ていられなかった。

 シェスカはカーテンを開け、差し込む光に柔らかく微笑んだ。

 今日1日、雨の心配はせずにすみそうだ。

 シェスカは縁を自身の刺繍で飾った藍色のワンピースに着替え、木櫛で艶がでるまで丁寧に髪をとかし高い位置で1つに束ねた。

 祖母もまだ起きていない様だから竈に火を入れて、朝食の準備とアパートの掃除をして、それから。

「ハムと卵のサンドウィッチと、あと何にしようかしら?」

 シェスカは小首を傾げて考えた。


 竈に火を熾していると祖母クレンが起き出してきた。今日はえらく早起きねと、言われシェスカははにかんで見せた。台所をクレンに任せ、掃除道具を抱えてアパートへと向かう。

 2階の端から順に掃きだしていく。幼い頃は広く感じた廊下や階段も、今では広いと思う事はなくなった。そう感じるほど体が大きくなり成長したという事なのだろう。

 1階の玄関横の洗濯場の掃除をしながら、奥の部屋に目を向ける。

「……もう、そんなに子供じゃないものね」

 独り言ちり、シェスカは軽く頭を振り残りの掃除に専念した。



 シェスカが掃除をし終えた頃、寝台に差し込む朝日の眩しさにヴィルは目を覚ました。

 ヴィルは気だるげに欠伸をして頭を掻く。ぴんとはねた寝癖に気づき撫で付けながら顔を洗いに台所へと向かった。

 寝癖直しも兼て頭から水をかぶった。適当に水気を拭取り湯を沸かし、割れないようにそっと卵を入れた。

 今のところ、ヴィルが唯一出来る料理がゆで卵だ。飲み仲間となったケフマンからは呆れた顔で「料理になるのか?」と言われたが、茹でる調理をしているのでヴィルはそうですと頷いた事がある。

 自作のゆで卵と珈琲とで軽く朝食を済ませ、ヴィルは急ぎの注文を受けていた魔法具の配達に向かった。

 約束の時間にはまだ間がある。広場に市が出ていれば寄ろうかと思いながら、ヴィルは空を見上げた。そして透き通った青空に目を細めた。



 シェスカは壁掛け時計の螺旋をしっかりと回し、3時間ごとに聞こえてくる教会の鐘の音と時間を合わせた。朝6時には鐘3つ、9時なら4つといった具合だ。朝10時と夜7時にはミサがある為その時にも鐘は鳴る。先ほどの鐘は朝のミサを告げる音色だ。

 月に一度はシェスカたち家族もミサには参加している。が、今日は大切な約束がある。

 シェスカはちらっとテーブルに視線を向ける。

 藤で編んだバスケット。その中には卵とハムのサンドウィッチにじゃが芋と玉ねぎのパイに紅茶のクッキーが詰められ、水筒には濃い目に入れた林檎茶。茶には色が汚くならないようにレモン汁を数滴垂らしている。

 出掛ける準備を終えてしまうと、段々と気持ちや身振りが落ち着かなくなってきた。

 そわそわしている内に玄関扉が叩かれた。

 シェスカは慌てて扉を開ける。見上げた先に瞳に映るもの。

 はしばみ色の瞳、短い鉄色の髪。

 ヴィルは笑って「こんにちは。お待たせしましたシェスカ」と言った。


***


 シェファ大戦での功績が認められ、国王から下賜された荘園は、王都に程近い中部地方一広い湖をたたえる一画にあった。

 そういった報奨は一代限りのものだが、名誉であることには変わりない。

 ヴィルの場合は面倒な付属品としか思えていないので、名誉だと考えているのは周りの人たちだけであったが。

 そんな訳で下賜されたというものの、ヴィルは手続きの為に2回訪れただけだった。

 1度目は案内で、2度目は管理人との顔合わせで。

 

 関心の無かったこの地に来たきっかけは、景勝地に富み、湖岸一帯に咲く早咲きの秋薔薇の話をシェスカが聞きつけ「見てみたい」と何かの話の拍子に呟いていたからだ。

 行ってみますか? と問うた時のきょとんとしたシェスカの顔が可愛らしく、足を運んでいなかった荘園にわざわざ出向き、湖の側に転移魔法の印を刻むのも労ではなかった。

 急な訪れに管理人は驚いた様だが、館にある転移陣を使っただけですと短く説明するとさっさと外出した持ち主の青年を見送り、急ぎ主のもてなしの準備を始めた。

 シェスカを連れた今日は館に寄る予定はない。堅苦しい館など居ても楽しくはないだろうし、住むつもりがなかった為客室など殆ど手入れされていない。定期的に掃除はされていても人が住んでいなければ家は傷む。あの館はそれそのものだ。離れにある管理人室のほうが質素でも余程綺麗に見えた。



 波打ち太陽の光を反射される水面を、シェスカは感嘆のため息で見詰める。

 風に乗って運ばれてくる薔薇の蜜の香り。

 シェスカは見渡す限りの美しい景色にうっとりと微笑した。

 そんなシェスカの様子を見下ろして。

「向こう岸には遊歩道もありますから後で行ってみますか? それからもう、しがみ付いてなくても大丈夫ですよ……」

 とヴィルが声を掛けた。

 シェスカはぱっとヴィルの腰から両手を離して、恥かしげにはにかんで見せた。

 魔法で移動する事は聞いていたので覚悟はしていたが、やはり怖いものは怖い。強張った体で強く抱きつけば、ヴィルが優しく背中を撫でてくれる。それに安心出来るので、半ば無意識にしがみ付いてしまう。

「ありがとうヴィルさん。ラハイ湖だっけ? 凄く綺麗ね」

「泳げる所もありますよ?」

「え? 無理よ! あたし泳げないもの」

「それは残念」

「?」

 ヴィルは笑って、疑問符を浮かべ首を傾げているシェスカの手を取り薔薇に囲まれた道を歩き出した。

「ヴィルさんは泳げるの?」

「泳げますよ。学生時代に防具一式身に着けた状態で、教官に橋の上から川に蹴り落とされた事があります」

「え? 軍人さんの学校ってそんな訓練もするの?」

 吃驚した声音で問うシェスカにヴィルは決まり悪げに。

「実地訓練に寝過ごして、落とされました」

 術は使うなと言われ、川の中で溺れそうになりながら必至に重い防具を脱いで岸まで泳いだ。あの時はディクリスも一緒だったのだが、お互い苦い思いでの1つだ。

 ぽろっと口を出た失敗話に、しまったなとヴィルは頭を掻いた。



 小一時間ほど辺りを散策し、遠くに聞こえた正午を知らせる鐘の音に休憩をする事にした。

 湖畔の草原まで少し歩いて、木陰に羊の毛で編んだ敷物を敷き、バスケットの中身を並べていく。

 多めに拵えたサンドウィッチもパイも綺麗に無くなった。

 バスケットの底にあったパン屑は草の上に投げると、ぴぴぴと鳴きながら小鳥が寄って来て咥えて去った。

 野性の小鳥の愛らしい姿と愛想の無さにヴィルとシェスカは小さく笑った。


 欲した、穏やかな時間。

 簡単に思えて、手にするのは難しいと感じていたもの。

 爽やかな緑に映える鮮やかな赤い薔薇。

 心地よい緊張をもたらす、想いを寄せる人と過ごす時間。

 すっと胸に浮かぶ言葉がある。


 ヴィルは上着のポケットから乳白色の象牙細工の小箱を取り出し、そっとシェスカに差し出した。

「誕生日おめでとうシェスカ」

 微笑むヴィルの顔と小箱を交互に見て、シェスカは嬉しげに表情をほころばせた。

 行ってみたいなと、話の中で呟いた所に連れて来て貰えたのだ。それだけで最高の誕生日の祝いになると思っていた。

 こんな風に贈り物までしてくれたヴィルに、素直に嬉しさが込み上げる。

 シェスカは両手で包み込む様に小箱を受け取った。

「すごく嬉しい。ありがとうヴィルさん」

 開けてもいい? と聞き、頷くヴィルに笑顔を向けてそっと小箱を開けた。

 繊細な銀細工の碧い石があしらわれた首飾りを見て、シェスカは目を丸くした。

「ヴィルさんこれ」

「僕が作ったお守りです。守護の印を施してあります」

 手作りだと説明を受けても、不相応な程の高価な物には違いない。

(根本的な感覚の違いはどうにもならないのかしら?)

 と、心配に思うがオーデル夫妻を見る限りはどうにかなる気もする。

 シェスカは首飾りを着け、碧い石を指で撫でた。

 ヴィルは数度瞬きをして呟いた。

「目の前で着けてもらえると結構嬉しいですね」

「え? そ、そう?」

「ええ。良かった。似合っています」

 派手過ぎず、控え目に胸元を飾る宝石はシェスカの青褐色の髪にも嫌味なく合っている。

 シェスカは気恥ずかしそうに微笑んだ。

 

 ヴィルはそっと、柔らかな頬に触れた。掌に少女の体温を感じる。

 胸に想うの事は1つ。


「僕はシェスカが好きですよ」


 風薫る夏の草原。ひらりと舞う赤い花弁が幻想的な美しさを奏でる。

 とくん、と強い鼓動を感じてシェスカは目を閉じた。

 頬に添えられた手に、自分の手を重ねる。

 そしてゆっくりと目を開けた。

 零れ落ちるのは、最高の笑顔。

 シェスカははしばみ色の瞳を見詰め返す。

「ありがとう。あたしもヴィルさんの事が好き」


 伝えたい想いがあった。気付いた時から知って欲しかった想いがあった。

 重なる心はこれからの未来。

 琴線に触れるささかな願い。

 その傍らに在りたいと、重ねた掌から感じる願い。


 耳も顔も首筋まで真っ赤になって俯いたシェスカをヴィルは抱きしめた。

 そしてもう一度言う。何度言葉にしても足りないと感情が告げる。

「好きですよ。シェスカ」


 産まれてきてくれてありがとう。




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