第一話 戦争開始
一
《おはようございます、皆さん》
その声に、俺は目を覚ました。
しかし、そこは俺の自室では無い。壁は無く、空や地面は真っ白に塗り潰されている。
そして、制作途中のCG世界のような空間に、数え切れない程の無数の人が立っていた。
俺は声のした方を見上げるが、そこには何もない。
しかし何処からか、同じ男の声は聞こえてくる。
《突然ですが、貴方達には【戦争】をしていただきます》
周りが一斉に騒めく。
「戦争?」「何だよそれ?」「ドッキリか?」「俺達、死ぬのかな……」
誰一人この状況を理解できていない。
それも当然だ。寝て起きたら白い世界にいて、しかも「戦争をしろ」と言われれば誰だってこうなる。
もちろん、俺もその中の一人だ。
《戦争といっても「命を賭けろ」ということではありません。そんなの、つまらないですからね。
貴方達には今から異能を差し上げます。それを使って互いに戦い、ポイントを奪いあってください。
安心してください。死んでしまってもしばらくすれば生き返ります》
少しは話が分かってきた。
つまり彼は俺達が異能で戦う様子を見て楽しみたい、そういう事だろう。
《期間は一ヶ月、私が用意した舞台で戦っていただきます》
ふざけるな。何故、俺がそんな事をしなければならない。
俺にはやらなければならない事がある。早く元の世界へ帰せ。
しかし姿の見えない謎の男は、
《皆さんの多くは、こう思っているでしょう。ふざける、早く帰せ、と》
俺はまるで心を読んだような発言に、心臓を大きく跳ねらせた。
普通に考えれば分かるような事なのだが、俺は男に途轍もない恐怖を感じた。
彼は俺達より遥かに上位の存在だ、と。俺の生存本能が危険を伝えようと叫んでいる。
彼は≪神≫だ。
その気になれば、俺達を一瞬で消すことも用意に違いない。
《なに、タダで戦えという訳ではありません。優勝した方には、特別な賞品を差し上げます。
そうですね……。どんな夢でも叶えて差し上げる、というのはどうでしょう?》
どんな夢でも、その言葉に興味を持たない者はいなかった。
異能にしろ、優勝賞品にしろ、常識的に考えれば有り得ないような話だが、これほど多くの人間をこの空間へ送っている時点で、無意識的に非現実的な事も有り得る事のように思えてきていた。
叶えたい夢。勿論、俺にもある。
不治の病を患った妹。その笑っている顔を、もう一度見たい。
《文句はありませんね?といっても、強制参加ですので退場は出来ませんが》
文句を言うものはいない。
皆、「どんな夢でも」という言葉で、完全に自分の欲に支配されたのだ。
《それでは、時間も勿体無いですし、早速始める事にしましょうか。舞台は現代日本。世界の端まで味わって楽しんでください。
皆さんの検討を、期待しています》
彼が言葉を言い終わったのと同時に、急に視界がブラックアウトした。
何だ、と声を上げる間も時間も無く、俺は意識を失った。
二
「……んん。ココは?」
再び目を覚ますと、そこは外だった。
見晴らしのいい公園の真ん中に、俺は横になっている。
俺はひとまず立ち上がり、辺りをを見渡す。
そこには日本の街が広がっていた。見える範囲に人はいない。
ココがあの男の言う、戦争の舞台なのだろう。
異能で戦え、という説明はあったが、疑問は色々ある。
まず、自分の異能は何なのか。この戦争で戦っていく上で最も重要であろう事だ。
しかし、その疑問はすぐに解決する。
いきなりピロンという、電子音が聞こえてきた。
ズボンのポケットに手を入れると、そこにはスマホのような薄型端末が入っていた。
「何だ、コレ?」
その黒い画面に「メッセージが1通送られています。」という文字が表示されている。
俺はその下の「起動する」の文字をタッチした。すると画面が切り替わり、メッセージ一覧の画面が表示される。
そこには「異能が決定しました。」というメッセージのタイトルが表示されており、俺はそれを迷わずタッチした。
すると再び画面が切り替わり、メッセージの内容が表示された。
「≪熱量操作≫、周囲の温度を操る異能……」
それが俺の異能のようだ。
その下には「周囲の物質(生物を除く)の温度を変化させる。また、一定の温度を放ち続ける球体を作り出す。」と、簡潔にまとめられた異能の詳細が書かれていた。
俺はその異能を試すべく、俺は近くにあったジャングルジムに近づき、端末を左手に移してから右手で触れた。
そしてそこに意識を集中させ、それが少しづつ熱くなるのをイメージする。
すると、
「熱っ!」
本当に熱くなっていた。すぐに離したから火傷はしなかったが、かなりの温度だ。
「本当に使えるなんてな 。このまま温め続ければ、水の沸点までは余裕で温度を上げられそうだ」
続けて、俺は別の方向へ右手を伸ばし再び意識を集中させる。
次は、説明文にあった温度を放つ球体を出せるか試してみた。
すると、そこには鮮やかな赤色をした球体が出現した。手を近づけると、周りの空気が暖められているのが分かる。
今度は温度を抑えたため、火傷の心配はない。俺はその球体に触れてみた。
しかしそれ自体に質量は無いようで、手は空気を触るように通り抜けた。
「スゲェ。……面白い」
元々、超常の力というのには興味はあった。
それが本当に手に入ったというのなら、興奮しないわけが無い。
熱量操作というのは少し予想外だったが、別に日頃から厨二的な妄想をしているわけでは無いから気にしない。
ただ、非日常を味わっているだけで楽しかった。
しかし、俺はそこで本来の目的を思い出した。
俺の目的はこの戦争で優勝して妹を助けること、それだけだ。異能で遊んでいる暇は無い。
たとえ、あの謎の男の遊びだろうが構わない。その目的さえ果たせればいい。
俺は手を添えて赤い球体を消滅させてから、端末を右手に握り直した。
表示されたままのメッセージを閉じる。そこで、一番下に五つのアイコンがあることに気がついた。
現在選択しているのは、一番左にある手紙のアイコンだ。
俺はまず、一番左の人型のアイコンに触れてみた。
すると、そこにはステータス画面が表示される。
一番上には「No.3862」の文字。これは、異能力者別の管理番号のようなモノだろう。
その下には大きな文字で「第3位 500pt」と表示されている。スタート時点での所持ポイントは500で、そこからポイントを奪い合うのだろう。
順位が1位ではないところを見ると、もう既に戦った異能力者がいるのだと考えられる。
後は「戦闘履歴」や「所属ギルド」といったいくつかの項目があったが今はまだいいだろう。
俺は次に表彰台のアイコンを選択。
すると一番上に大文字で「6月1日7時3分28秒 残り 29日16時間56分32秒」と表示され、残り時間のカウントダウンは現在進行形で減っている。
その下に「3位 500pt No.3862 you」と表示され、横線の後に一位から順に同じような表示が続いた。
どうやら現時点で一位は二人おり、ポイントは550ptらしい。
時間的に考えて倒せても一人だろうから、倒して手に入るのは相手の所持ポイントの十分の一なのだろう。
俺は表彰台の横の、三人の人型のアイコンを選択する。
今度はギルドの画面が表示される。
勿論 俺はまだ何のギルドにも入団していないため、画面には「何のギルドにも入団していません」と表示されている。
その下には「ギルドを作る」と「ギルドに入団する」の二つの項目があるが、今はまだ関係ない。
最後に吹き出しのアイコン。
これはチャットのようだ。
上から「全体」「周辺」「ギルド」「個人」の四つの項目がある。
試しに全体のチャットを押してみる。
すると、チャット画面が表示された。
しかし今のところ、どれも「本当に異能が使える!」とか「ちゃんと味覚がある」とか、大した事は書かれていなかったため今はまだ必要なさそうだ。
これで、この端末の機能は一通り確認した。
つい忘れてしまったが、もう一度 周囲を見渡した。どうやら、他の異能力者はまだ近くには来ていないようだ。
俺は心を落ち着かせ、溜息をつく。
しかし、何時までも公園で突っ立っている訳にはいかない。
相手から来ないのならば、自分から行くしかない。
既に戦闘に勝利した人もいる。
俺も、早く戦争を始めなければ。
三
俺は街の探索を始めていた。
道の真ん中を堂々と歩いているが、細い道だから目立つ心配はいらないだろう。
探索を始めて十分近く経ったが、未だに異能力者は疎か、普通の人間にすらあっていない。
建物の中にも幾つか入ってみたが、どこもさっきまで人がいたような状態で放置されていた。
初めの白い世界で、あの男は「私の用意した舞台」と言っていた。
つまり、ここは彼の作った別の世界なのだろう。
だから、この街に住民はいない。
ならば、好都合だ。周りの迷惑を考える必要はない。
不意に、端末がピッピッピッと、一定のリズムの電子音を発し始めた。
俺は、すぐにポケットからそれを取り出す。
またメッセージが届いたのだろうか。
そう思って画面を見たが、それは違った。
その画面に表示された文章は、俺が始めて見るものだった。
「異能力者が接近しています、だと?」
どうやら、この端末には他の異能力者の接近を感知して伝える機能もあったらしい。
きっと異能力者同士に遭遇しやすくして戦闘の機会を増やすためにつけられたのだろう。
歩いていると、電子音のリズムが少しづつ早くなっている事に気がつく。
距離が近づいているという事だろう。
俺は周りを見回す。しかし、まだここからは見えない。
俺は正面の十字路の真ん中まで走った。リズムはだんだん早くなる。
左に曲がったところには誰もいない。
次に、右に曲がった道を確認した。その瞬間、
「うぉりゃ!」
という叫び声とともに、ゴウッと視界に赤が広がった。
反射的に身体を後ろへ反らせると、鼻先を真っ赤に燃える炎が通過した。
電子音がピーと、連続したものに変わっている。
しまった、何も考えず姿を出してしまった。
敵の姿を確認する。俺と同じ高校生くらいの男だ。
その両手には、それぞれ炎が宿されている。これが彼の異能か。
俺は、一先ず逃げる事にした。
男も異能を発動させたまま追ってくる。
足の速さは同じくらいだが、逃げてばかりでは勝つ事はできない。
俺は急に身体の向きを変え、炎使いの男に向き合った。
彼は止まる事なく迫ってくる。
恐らく彼の異能は手に炎を宿すだけで、放射することはできない。できるのならば、とっくにやっているはずだ。
俺と彼の距離は残り十メートル。
彼の異能は危険だが、しかし近くまで近づかなければ攻撃できない。それならば、それまでに決着をつける。
残り五メートル。
俺は右手の掌を斜め下に突き出した。
そして、
「焼き尽くしてやる!」「火傷しろ!」
二人分の声が重なり、そして、
一人は炎を宿した拳で頭へ向けて空を斬り、
一人は100℃を超える熱を放つ球体を空中へと放った。
俺の放った球は一メートル程先まで滑るようにして停止した。
しかし、男が気づいた時にはもう遅かった。
彼は急いで止まろうとするが、慣性が働いて止まることはできない。
当然、彼はその球体を腹部でもろにくらい、
「……ッ、うあぁぁぁ!」
火傷を負った腹部の痛みに足元を踏み外し、俺の方へ倒れてきた。
俺は慌てて左に避ける。
彼は地面に激しく倒れ、腹を抑えて悶絶した。
その両手の炎はとっくに消えていた。
あの球には質量が無い。その性質のせいだろう。
身体の表面だけならともかく、彼は内部まで水が沸騰する温度で焼かれてしまった。その痛みはどれほどか、俺には想像できない。
しかし、今回はその性質が役に立った。
それと、もうひとつ気が付いたことがあった。
熱を放つ球体は一メートル先まで飛ばすことができる、ということだ。
これも上手く使えば便利そうな性質だ。
「さて、と」
俺は足元の、倒れている男を見た。
彼はしばらくは動けなさそうに見える。しかし、倒したのならばメッセージが来ても良さそうだ。
まだ倒したと判断されていないのだろうか?
「念のため、殺しておくか」
死んでも生き返ると言っていただしな。
俺はその場にしゃがみこみ、彼の頭を右手で掴んだ。
それに気づいた彼は恐怖を見る目をして、
「やめろ、やめてくれぇ!」
と叫んだ。
きっと痛みは本物なのだろう。
俺はそれに流石に情けを感じた。
行動不能にさせるだけでいいだろう、と俺は彼の両足を掴んだ。
そして、熱の球を二つ同時に発生させた。
「アアアアアアアア!」
彼が叫ぶ。
これもなかなか痛々しかったが、最初俺の思いついた脳味噌を蒸すという方法よりは、全然良かっただろう。
十秒くらいで俺は球体を消し、立ち上がる。
焼かれた足は赤く腫れ、少しやり過ぎたかなとも思った。
すると、さっきまで声にならない悲鳴をあげていた彼が、急に電池の切れた人形のように動きを止めた。
なんだ?と思った矢先、彼の身体が光の粒になって消滅し、端末の電子音も同時に消えた。
その代わりに、ピロンという軽い音が鳴った。メッセージを着信したようだ。
端末を見ると、メッセージのアイコンの右上には小さい青丸が表示されていた。
俺はメッセージ一覧から、メッセージを選択する。
どうやら、今回の戦闘で俺の勝利を伝えるもののようだ。
俺はランキング画面に移ると、ポイントが550ptに上がり、順位が一位になっていた。
下を見ると、現在一位は100人くらいまで増えていた。
そこで、再び着信音が鳴った。
俺はメッセージアイコンをもう一度選択し、「仕様変更のお知らせ」というメッセージを開いた。勝利報告のすぐ後に送られてきたようだ。
俺は何だろうと、思いつつメッセージを開いた。
『皆さん、突然ながら仕様変更をさせていただきます。
今回の仕様変更は、痛覚の軽減ですね。もう何戦も戦闘を見させて頂きましたが、攻撃を受けて苦しんでる様子は見てるこっちも痛々しい。そんなの、面白くない。
そこで、この世界では一定以上の痛覚は遮断するように変更いたしました。
戦争をより楽しいモノにするため、こちらも対応を行っていきます。引き続き、戦争をを頑張ってください。』
俺はさっきまで炎使いがいた場所を見た。勿論そこに彼はいない。
俺は苦笑する。
俺が彼を倒すのがもう少し遅ければ、彼はあんな痛みを感じることは無かったのだろう。