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ビターショコラでお願い

作者: 梅津 咲火

 どうも、ごきげんよう。梅津です。

 予告していたように、新作短編です。

 内容は溺愛系ラブコメ。いまだかつてないほど、超あまい仕上がりになりました。

 ではでは、どうぞ!

――一年前



「ねぇ、萌香もか先輩、お願い……」


 キラキラ上目使い。ベビーピンクなほっぺた。プルプル唇。顔の前で組まれた指は、白魚のよう。ショコラ色の髪の毛は、動くたびにフワフワと揺れる。

 まるで砂糖菓子を溶かして固めたような人。

 どれも、大好きだった。


「うん、うん。何でも言ってよ、わたる!」


 あの子のお願い事は何でもかなえた。自分にできることは、なんだってしてあげたかった。

 頷く私に微笑んでくれた後にくれる、「ありがとう」の言葉で十分だった。



***




――現在



「ね、萌香先輩、お願い……」

「……」


 首を動かさないと顔が見えないほどに高い背。シャープな輪郭。漫画なら一本の線で表せるようなスッと通った鼻筋。唇は薄く、色はほのかな桜色。

 そんな奴がしているのは、身長が高いのにもかかわらず、上目使い。それも、両手を顔の前に組んでのお願いポーズ。


「……先輩?」


 なにも言わない私を、不思議そうに見つめている。そして、コテンと首を横に傾けた。ショコラ色の髪が、艶めきながらサラリと流れる。動作は、実にコケティッシュ。


 やっている人物が、たっぱのある男性でなければ、完全に好みだったのに。


「……ハァ」


 どうして、こうなっちゃのかな。

 私の大好きな、涉はどこへ。


 突然だけど、ショタは好きだろうか。

 ちなみに私は、大好きだ。訂正、愛してるって言ってもいい。あの、青年になっていない年頃のあどけなさがある男の子って、天使だと思う。

 幼稚園生では物足りない。かといって、高校生では大人っぽ過ぎて違う。

 ストライクとしては、身長155cmに満たない小学生から中学生くらい。

 ちなみに、漫画とか二次元では見た目ショタで中身が大人な設定もあるけど、あれは認めません。中身が伴って立派なショタです。ただし、頭良い系でツンツン強がってるショタは認めます。


 ショタについてだったら、世界の中心で愛を叫びたいくらい。


 ロリ系、やんちゃ系、インテリ系、孤独系、おぼっちゃま系などのショタ以外興味がありません!! 該当者がいたのなら、蓮田はすだ萌香もかのところまで来なさい! 以上!


 思わず、某有名な変人女子高生のセリフを吐いてしまうぐらいには愛であふれている。


 そんなショタ狂いの私が出会った一等に好みだった人物とは、今から二年前、中学生の時に出会った。

 私が中三の時、保健委員をしていた私のもとに怪我人として現れた彼はまさに天使だった。

 入部して間もないためかうっかり怪我をしてしまった彼は、目に涙の薄い膜をはりつつ、保健室に一人で来た。

 ちょうど保健室の先生が私用で外しているときだったので、保健委員の私が担当した。あの時ほど役得なんて感じたことってない。

 怪我の具合も動かせない捻挫ねんざとかでなく、擦り傷だったので手当は簡単だった。一応、保健委員の仕事に手当とか怪我人対応とかあって、保健室にいたから。


 陸上部に所属している彼は生傷が絶えないようで、それからはたびたび治療に保健室に訪ねてきた。

 卒業するまでそれは変わらず、結果、私のことを「萌香先輩」と呼び懐いてくれたときには、八百万の神様に感謝した。

 ありがとう! イエス様、釈迦様、ショタ神様! おかげで私は今日も元気です! なんて、心の中で絶叫したのもなつかしい。


 それが、一年前。私が幸せ絶頂だったとき。


 私が卒業するときは、「おめでとうございます」と半泣きで言いながら送り出してくれた。そんな彼の姿を見たのは、その日で最後だった。

 卒業後もケイタイでやり取りは続けたものの、涉に「受験で忙しいから会えません」と絵文字付きで会いに行くのを断られ続けて約一年。

 わがままを言って困らせたくないと目に血の涙が浮かびそうなほど、我慢をし続けた私を待っていたのは、非情な現実だった。



 *



 彼と再会したのは今年の四月。

 桜舞い散る校庭の中で会った彼は、何もかもが変わっていた。



 入学してすぐに、私に声をかけてきた彼に、すぐには誰か気が付かなかった。

 新一年生ウォッチング(フレッシュショタ探しともいう)をしに、見つかりにくい校庭の隅のほうで、双眼鏡片手にうろついてた。はい、完全なる不審者な私でしたが、なにか?

 イイ子はいないかなーと鼻歌交じりにレンズをのぞいていた私の腕が、ふいにつかまれた。


「っ!」


 もしかして、教師に見つかった!? やばい、生活指導室行き!?

 慌てて振り向けば、真新しい制服に身を包んだ男子が満面の笑顔で笑っていた。


「やっと見つけました!」


 腕をつかまれ、まぶしい笑顔をぶつけられた私は困惑していた。

 風紀委員とか? でも、笑顔だから注意するみたいな感じじゃない?


「あの……」

「あ! そのっ! す、すみません! 強くつかみすぎないようにはしたんですけど、痛くないですか!?」

「は、はい……」


 つかんできた本人が焦った様子で手を放したので、私の腕は解放された。

 痛みがないことを確認してきた彼は、私が頷くと、ホッと安堵した様子で微笑ほほえんだ。

 さっきから笑顔が多くて、明るい人。小学生とか中学生くらいだったら、文句なしなのに。もう少しおさないあなたとお知り合いになりたかった。


「あの! お久しぶりです! お元気でしたか?」

「? ……」


 私はあなたのこと、知らないけど。心当たりもないし。


「あの……人違いじゃないですか?」

「え、ええ!? ひどいですよ! 忘れちゃったんですか!? 僕です、僕!」

「……」


 誰。だから、知らないって。

 私の胡乱うろんげな瞳を受けて、彼はガックリとうなだれた。


「本当ですか……。たしかに、ここ一年会ってはいませんでしたけど。中学の時はたくさんおしゃべりしたのに」


 うつむいてるせいで、私には彼の顔のかわりに髪が主に視界に入った。茶色と黒の間の、こげ茶色。甘くておいしそうな、ショコラの色。

 フワフワとしていて、日の光が通ると、溶かしたチョコレートみたいに見えた。

 記憶の中にあった人物と、姿が被った。


「……涉?」

「っ!」


 中学のときに懐いてくれた彼の名前を出すと、目の前にいる男が顔を勢いよく上げた。その表情が、今にも泣きだしそうに歪んでいる。


「思い出してくれたんですか!?」

「思い出して……って、え」


 え、本当に? 本当に、彼なの?

 恐る恐る、もう一度、名前を呼んだ。


「涉?」

「っはい! はい、先輩!」


 すごい勢いで首を縦に振る男の様子に、私はおののいた。

 え、原形ない。あの、私のドストライクだった、ロリと元気系と子犬系が合わさった理想のショタだった涉は?


「あなたに会いたくて、追いかけてきちゃいました! これから、よろしくお願いしますね! 萌香先輩!」

「え……ええ!?」


 中学の頃と同じように抱きしめてきた彼は、あの頃よりも背がだいぶ高くなっていた。



 *



「先輩? どうしたんですか? 元気がないですよ?」

「……ううん、なんでもないの」


 そう、ちょっと、昔のかわいい頃のあなたを思い出していただけ。

 私の顔を覗き込んで、心配そうに見つめる彼に、大丈夫という意図をこめて首を振ってみせた。

 自然と出てしまった溜息をバッチリと聞かれ、涉の眉がへにゃっと情けなく歪んだ。


「最近、お疲れモードですか? よく、溜息つかれていますよね」

「あー……うん。悩み事というか、なんというか」


 失った魚は大きかった、みたいな感じかな。

 ああ、こんなにすぐ成長しちゃうんだったら、写真でも撮らせてもらえばよかった。ついでにコスプレで小学生の恰好とかしてもらったらよかった。

 ためらった私め。たしかに、尊敬の眼差しで見てくる彼の目を、失望で暗くさせたくなかったから、頼むのをやめてたけど。こういうのって成長期とか賞味期限とかあったはずなのに……! 無念!


「……ハァ」

「先輩……」


 再度溜息を吐きだした私を見つめて、涉は悲しそうに瞳をふせた。

 ごめん、涉。話してるときに溜息とか失礼極まりないとは思うけど、再会してしばらく経った今でも、ショックなんだよね。


「……先輩! 手を出してください」

「うん? 手?」


 なにかな?

 疑問だけど、とりあえずしたがってみる。手のひらを上にして差し出すと、そこにパラパラと物を落とされた。


 小粒大のチョコが一つ、二つ、三つ。

 ミルクとホワイトとイチゴ味。

 彼が大好きな、甘いもの。


「よかったら、食べてください。悲しい時には、甘いものです」

「涉」

「僕には先輩が何に悩んでいるのかわかりません。聞いたって答えてくれないでしょうし……」


 ふてくされて唇をとがらせた彼に苦笑した。だって、悩んでいるのがあなたのことですなんて、言えるわけないから。


「だから。先輩が甘えたくなったときは、甘えてください! ……なんて、さっきまでお願い事をしようとしてた、僕が言えた口じゃないんですけどね」


 照れ笑いをする涉に、何故か心臓が一度、口から出そうなくらいに飛び跳ねた。

 ……え。

 遅れてきた、頬の熱さを急いで手で隠した。


「先輩?」

「! っう、うん! 大丈夫! 大丈夫だから私は! 相変わらずのショタが好物のショタコンだから!!」

「ショタ? あ、あの、先輩? 少し落ち着いてください?」

「大丈夫! ぜんっぜん大丈夫! いつも通り!」

「そ、そう、ですか?」


 力強く言い切ってみせると、涉は無理やりには近いけど納得したみたいで頷いてくれた。

 よしよし、そんな素直なところが涉の長所だよ。いいと思う、私。そのままのあなたでいてちょうだい。


「と、ところで涉は、何をお願いしに来たの?」

「あ。それですか。えっと……」


 口ごもった彼は、目を右に左に泳がせた。

 ? なに? そんなに言いづらいことをお願いしようとしに来たの?

 ためらった後に、涉は照れくさそうにその願い事を口にした。


「あの、今日、部活がお休みなんです。だから、せっかくなので先輩といたいなって。僕と一緒に帰りませんかっていう、お誘いです」

「……!」


 ああもう! なまじ中学時代の彼の姿を覚えているから、脳内では中学版の涉に変換されて同時に再生しちゃって、心がズガンと打たれちゃう。

 どうしよう。こんな身長が高い、男の人っぽいのなんてタイプじゃないのに!

 専門のショタ以外で萌えちゃうなんて、ありえない!

 動揺をなるべく表情に出さないように、精一杯気をはって、私は涉に笑いかけた。


「も、もちろん! 涉の頼みなんだから、断るわけないって!」

「……! 先輩、ありがとうございます!」

「う、うん」


 パァッと表情を明るくしてニコニコと笑う涉に、私はぎこちなく微笑んだ。この子犬みたいな笑顔に弱いなぁ、私。

 そんな私の心の中の葛藤かっとうなんて知る由もない涉は、すごく嬉しそう。ショコラのようなあまいあまい笑みに、口の中の水分がことごとく奪われていく。

 こんなに糖分はいらないのに。甘さひかえめな対応でいいの!


「っ! わ、わざわざ誘いに来てくれてありがと! 時間ももったいないし、早く帰ろう!」

「あ、先輩! 待ってください」


 カバンをひったくるみたいに持って、私は駆け出した。後ろから涉の声と追いかけてくる足音が聞こえる。 

 涉は高校に入ってからも陸上を続けてる。だから、帰宅部の私の足なんてあっという間に追いつかれちゃうに違いない。

 けど、せめて、このほおの熱さが引くまでは、ちょっと離れていてほしかった。

 


 ***



『せっかく一緒に帰らせてもらえるので、寄り道とかしてみたいです』


 そうおねだりをされて私が断れるはずもなく、涉と遠回りをして帰ることになった。

 行先は駅ビルのデパート。駅近くということだけあって、人がたくさんいた。入ってるお店が人気があるってことも関係してるのかも。

 私達以外にも、寄り道をしてる高校生らしき人達が多かった。


 とりあえず渉が靴屋を見たいってリクエストをしたから、スポーツシューズを主に取り扱う専門店に寄ってみた。

 そこで何故か涉は「アレがいいですか?」「コレがいいですか?」って感じでしつこく私の意見を聞きたがった。子供用の運動靴をとりたい気持ちをグッと押さえて、とりあえず、ショタが似合いそうな柄のものを推してみた。

 蛍光黄色にエメラルドグリーンのラインが入ったデザイン。再サイドには黒の星がペイントされてるデザイン。

 ほら、ショタって派手目な服とか恰好とか似合うでしょ? だからつい……。


 予想外だったのは、それを嬉々として手に取った涉の行動力。

 その靴をとって、試して、一瞬で買い取っていった。……涉、それで後悔しない? たしかに、似合ってはいたけど。

 頬ずりしそうなくらいルンルンな涉に、冗談だったなんて白状する雰囲気はなかった。

 ……それで部活するのかな。え、さすがに良心が痛む。

 私の精神に罪悪感を植え付けながらのショッピングは終わり、それ以外には適当に目についた店を冷やかして回った。

 本当は本屋に行きたかったけど……涉がいるのに、聖書(※ショタ物の漫画・小説)は買えないしなー。仕方ない、また今度来よう。



 *



「あ。もう6時」

「本当ですね……まだ5時かと思っていました」


 気づけば、結構な時間が過ぎてた。

 店舗の壁にかかった時計をみると、そんな時間。渉が言う通り、本当に時間の感覚がわからなかった。

 涉のそばにいるのって落ち着くから、時間なんて忘れちゃう。


「なんか、あっという間」

「そうですねー」


 つい、しみじみしてしまう。なんとなく離れがたくて、私は自然と誘っていた。


「ね。クレープ食べてから帰らない?」

「いいですね」


 誘いに、涉はふわりと微笑んだ。彼は、あまいものが好き。そのポケットとかカバンの中には、必ずチョコとかアメが潜んでる。


「あのワゴンのやつが食べたいなー」

「あ。先輩もですか? 僕も実は気になってて」


 今いるデパートの一階の外側は一部が公園みたいになっていて、そこにクレープ販売のワゴンがあったことは来る途中に確認済みだった。

 意見があったところで、移動を始めた。お店があるのが帰り道の途中にあるし、ちょうどよかった。


 ワゴンの前には夕飯前近くってこともあって、行列とかはなかった。これなら、すぐに買える。私の夕飯? 食べるけどなにか。明日は間食抜くから大丈夫だって! ……たぶん。

 メニューには色々種類があった。アイス入りかなしかとか、フルーツ入りかとかで、だいぶ値段が違うみたい。


「先輩、なににします?」

「うーん。私はー……あ、これ。この、ビターチョコ・コーヒーゼリーっていうの。そういう渉は?」

「僕はこのチョコホイップアイスにします」


 さすが、ガッツリ甘党。こういうところは、中学の時から変わってないね。


「ちなみに、まだコーヒーは無理なの?」

「う……はい。苦すぎて。あとなんだか酸っぱいし」


 涉は味を思い出したのか、渋い表情になって答えた。

 彼の舌は典型的な子供舌。あまい物が好き。辛いもの、苦いものが駄目。酸っぱいのも無理。中学時代はピッタリだけど、今の容姿じゃあまい物が苦手っていう方がしっかりくるのに。


 涉が変わったのは、見た目だけ。中身は、以前のかわいいかわいい彼のまま。

 それがわかってるから、なおさら接しにくいときがある。いっそ、中身も一緒に変わっちゃえば割り切るのも楽だったのかも。

 待たせていた店員さんに注文をして、出来上がりを待つ。その間に、会計をしようと財布を取りだした。


「合計八百円です」

「あ、どうぞ」

「え?」


 小銭を出そうとした私より先にすばやく、涉が千円札を店員に出した。それをパッと店員は受け取って、私が驚いてる間に会計が済んでしまった。


「え、涉。私、自分の分くらい自分で出すから」

「いけませんよ、先輩。こういうデートの時のお金は男が出すんです。僕、知ってるんですからね」

「いや、でも」


 申し訳ないって。そもそも、これってデートじゃないでしょ。

 困って顔を上げても、涉はニッコリと笑って少しだけ眉を下げた。


「えっと……ここは、僕に黙っておごられてくれませんか? 先輩には、いつも感謝してるんです。あ、そうだ。中学のときのお礼ってことで」

「お礼って」


 単なる私の委員会の仕事と趣味だっただけで。もともと私の方こそ、『天使の柔肌のお膝に触らせていただいてありがとうございました』って土下座しなきゃいけないくらいなんだけど。

 ……あ、思い出しただけで鼻血が。

 どう断ろうか迷っていると、涉がさみしそうな表情をした。まるで捨て犬のようなウルウルの瞳だ。


「駄目……なんですか……?」

「っ! そ、そそそんなことないよ! ありがと。おごられちゃうね」

「はい! こちらこそ、ありがとうございます」


 ああ、ついうなずいちゃった。渉のお願いに弱すぎだって、私。

 内心頭を抱えて呻いていても、表情には出さないで年上らしい落ち着いた笑顔を浮かべておく。

 涉はというと、嬉しそうにニコニコしてる。くそう、こっちの気も知らないで。一年前の姿でその笑顔をリクエストしたい。


「お待たせしましたー」

「あ、先輩。はい」

「ありがと」


 店員さんから受け取ったクレープを、私へ一つ差し出してくれた。クレープと一緒にもらったスプーンを使って、中身を確認する。

 ……うん、ちゃんとコーヒーゼリー入ってる。間違ってない。もし、私のが涉に渡ったらかわいそうだから。彼、コーヒーゼリーもビターチョコも駄目なんだよね。


 店先で食べていたら迷惑になるから、少し移動して公園みたいになってるところのベンチにこしかける。

 「いただきます」と一言呟いて、クレープに一口かじりついた。

 ……うん。生地はあったかくて、中身はちょうどいいほろ苦さ。おいしい。


「おいしいですね! 先輩」

「うん、そうだね……って、ふふっ」

「え? 先輩?」


 話しかけられて隣でクレープを食べていた涉を見ると、その頬にはクリームがついていた。これは、思いっきりかぶりついて、勢い余ったのが端から出てついちゃったんだな。

 ショタっぽい失敗に、微笑ましさよりも笑いがくる。中学の時に遊びに行ったときも、同じようなことしてたなー。成長しても、変わらないんだ。


「ホッペにクリームついてるよ」

「え? どこですか?」

「右の……あ、行きすぎ行きすぎ。もうちょっと下」


 私の指摘に涉は指で拭おうとしてるけど、中々どこにあるかわからないみたいで届かない。

 しばらく格闘してたけど、もどかしくなったのか涉は困った様子だった。

 そして、何故か急に目を開いて、ニッコリと笑った。


「あ、なら、先輩が取ってくれますか? 口で」

「っは!?」


 なに!? なに言ってるの!?

 いたずらするショタのように瞳を輝かせて、そのついたクリームを差し出すようにグイッと私のほうへ身を乗り出してきた。ちょ、近い! 近いよ!


 突然のリクエストに固まって、私は目を瞬かせた。それを渉は楽しそうに観察してる。

 完全にからかわれてる!


「ほら、先輩?」


 ふふふと楽しそうに笑ってるけど、涉ったらこんなの心臓に悪い冗談すぎ。とっさに言い返すなんて高度なスキル、私にはできないから!


「してくれないんですか?」


 キューンと効果音が聞こえそうなくらい、目を期待といたずら心でウルウルさせられても!

 え、これ、どうしたらいいの!? どうすべき!?

 うー……あー…………もう、えい!


「なんて、冗談ですよ。先輩ビックリしました、」


「か?」と続けた涉の頬に、すばやく唇を寄せて舌でなめた。


 舌に伝わるホニャリとした柔らかさと、クリームのあまったるさが何とも言えない。まるで新製品のお菓子みたいな、クセになる味と間食だった。

 クリームの強いあまさが舌に残って、しびれそう。


 なめとったら、一瞬で距離を彼からとった。無意識に息を止めてたみたい。のどにつまってた息が、ハァッとこぼれた。


 …………ああぁあぁぁああああ!! やっちゃった! しかもやった後に涉が冗談だって言うなんて、私やり損!? やり損なの!?


 顔だけじゃなくって、体中が羞恥で発火しそうなくらい熱い。きっと、酒でも飲んだんじゃないかって疑われちゃうほど、赤くもなってるんじゃないかな?

 恥ずかしすぎて渉の顔が見れない! ああもう、何やってるんだ私! 本当、何やったんだ!

 我に返ると、超いたたまれない。やけになってするんじゃなかった。

 それに、あの元天使のホッペタだって思うと暴走しちゃったんだって! 体が勝手に動いたっていうか!

とりあえず、自分の行動を正統化するために発言しとこう。


「ど、どう!? ちゃ、ちゃんととってあげたきゃらにぇ!」


 駄目だ! めっちゃ噛んだ! ダサい私!

 心の中では、顔を隠しながら転がってしまうくらいに、カッコ悪い。現実世界でもしたいけど、なけなしの理性が駄目だししてる。

 やるせなさに肩がプルプル震える。もういっそ、笑って、涉!


「先輩……」


 静かな涉の声が怖い。え、ドン引きされてる?

 思わず肩を揺らしてしまった。どう収拾つけよう。というか、つくの? これ。


「……ありがとうございます! 嬉しいです!」

「え」


 なんでお礼言ったの。反射的に顔を上げたら、涉はすっごくまぶしい満面の笑顔を見せてくれた。


「お願いに答えてくれるなんて、感激です。やっぱり先輩は優しいですね!」

「そ、そう?」


 その反応はおかしくない? でも、いいか。渉に嫌われるよりマシだよね。

 しばらく彼はニコニコ笑っていたけど、やがて何故か顔をしかめた。


「……でも、ちょっと嫌かもしれません」

「え」


 上げて落とすなんて、涉って実はサド? サドなの?

 困ったように微笑みながら、涉は高い身長をかがめて、私の顔をのぞきこんだ。


「こんなことするの、僕にしかしないですよね? 少し、不安になっちゃいます」

「……当たり前でしょ」


 ただし、ショタは除くけどね!

 心の中でそう付け足しながら答えると、涉の表情がもとの明るいのに戻った。


「えへへ、そっか。それならいいんです!」


 満足そうな笑顔を視界の端に入れつつ、ずっと放置してたクレープにかぶりつく。


 なんだか、この苦みに安心する。

 なめたクリームのあまさが、ずっと舌に残ってる感覚がしてたから。

 これで、中和できればいいのに。『無理だ』って、痛いくらいの鼓動のうるささが教えてるけど。


「あ、せーんぱい!」

「ん?」


 優しく呼ばれて顔を渉のほうに向けると、唇のすぐ横をやわらかいものがでていった。


「え」


 なに、今の。

 ポカンと口を開けると、涉がペロリと自分の唇をなめていた。赤とピンクの舌が、色っぽい。一年前まで立派なショタとは思えない妖艶ようえんさ。

 目をすがめてるのが、その色っぽさに拍車をかけてる。


「ついていました、チョコ」

「な……なぁ!?」


 何てことしてるの、この子は! ってか、え、ええ!? わ、私なめられたってこと!?

 予測不可能な事態の展開に、頭がパンクしそう。

 恥ずかしい! そもそもチョコがついてたからって、なめる!? 

 も、もしかして私がクリームなめてみせたから?


「僕、ビターチョコ食べれないんですけど、これなら大丈夫みたいです。すっごく、おいしいですね!」

「な……あ、う」


 純粋そうなキラキラな瞳で、爆弾を次々投下してこないでぇ!

 固まってまともに返せない私に気がついて、「あ」と短く言葉を吐いた。


「嫌、でしたか? ごめんなさい、先輩」


 悲しそうに目がふせられて、私はしどろもどろだけど、なんとか言葉をつむいだ。


「……べつに、嫌じゃなかったから。大丈夫」

「!」


 そう、何故か、嫌じゃなかった。すごく恥ずかしくはあったけど。


 おかしい。もう渉はショタじゃないのに。守備範囲外のはずなのにな。

 自分の心情が納得いかないけど、涉を悲しませ続けるのは本意じゃないから、素直に答えた。

 恋愛対象としては見れないけど、慕ってくれてる後輩は無下にはできないし、彼の性格自体も気に入ってるしね。


「そう、ですか……嬉しいです、僕!」


 自分の行動に落ち込みかけた渉は、さっきよりも上機嫌になっていた。



 ――『どうして、そんなに私に懐いてくれるの?』



 中学の時から疑問だったけど、最近特に聞いてみたくなる。


 さっきみたいに、高校に入ってから涉は私をからかったりする。

 どういう意図でしてるのかが知りたい。ただ単に、合わなかった一年間でイタズラっ子になっただけかもしれないけど。

 イタズラは私を傷つけない、むしろあますぎる内容。そっちの方がある意味では、悪質だ。

 そんな風にされたって私が悩むばっかりで、涉は変わらず楽しそうにニコニコお願いしてみせるなんて。


 ……私自身も、大きくなったのに涉の言うことを、いまだに叶えたくなって行動してる。

 このままじゃ、私のアイデンティティーが崩壊しそう。ショタコンっていう崇高なのが。


 悩んで困って戸惑う私をよそに、涉は嬉しそう。

 そして心の底から楽しそうに幸せそうに、表情をやわらかく溶かした涉は抱きついてきた。


「えへへっ!」

「っ!」


 抱きついてくるのは中学生の時からの癖だけど、もういい加減卒業してほしい! このままじゃ私の信念が揺らいじゃうかもしれないでしょ!?

 昔私の天使だった彼は、混乱してる自分にとどめを刺してきた。


萌香(もか)先輩、大好きです!」

「~~~っ」


 まるで、彼の大好物のあまいショコラのようなとどめ。渉の言葉は、洋酒か毒が入ってるようで、私をジワジワと浸透していく。そして、顔や思考を熱くさせ、さらに苦しませて、あまさで麻痺を起こしたみたいにしびれさせてくる。


 呼吸をするのもつらいくらいのあまさなんて、必要ないのに。

 だから、もう!


「私は、ショタが好きなのに!」

「へっ!?」


 隠してた秘密を叫んだ私に、涉は目を白黒させた。


 ショタコンな私に例外が生まれたかどうかは、まだ私と彼の知らない未来の話。



 クレープ屋店員「リア充爆発しろ(舌打ち)」


 あ、そういえば、なめとるシチュ……どこかで。サンタくんシリーズ? ま、まぁ反応が被ってないので、セーフですよね!


 超あまあまなカップルでした。活動報告にあとがきと涉視点を書く予定です。もしよろしければ、のぞいてみてください。

 では、また。

 

 読んでくださったあなたに、最大限の感謝を。

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