第一生 餓霊 3
「ニュース」
「え―――?あ、ごめんなさい、聞いてなかったわ。」
「今朝のニュース。あれは事故になるの、エリー。」
私の意味のない呟きに、小説を読んでいたエリーは顔を上げ、馬鹿正直に考え始めた。
「そうね、事故と言えば事故なのでしょうけれど、大型動物っていうのが気になるわね。日本に野生の大型動物なんて熊くらいでしょう。でも事故が起こった辺りには熊は生息していなかったはずだし。となると、動物園か個人で飼っていたのが逃げ出したのかもしれないわね。それなら、管理者が責任を取ることになるでしょうね。」
「殺人になるの?」
「いえ、確か過失致死罪になるはずよ。殺すように指示をしたのなら殺人になるのでしょうけど。」
「ふーん、遺族からしたら飼い主が殺したのも同然なのにね。」
「法律なんてそんなものよ。」
興味がないのか、呆れているのか素っ気ない口調。エリーの言葉はとても軽かった。普段は優等生を絵に描いたようなエリーだが、時折どこか素っ気ない。
「エリス。私、時々あなたのことが分からなくなる。」
生真面目な言葉が返ってくるのかと思っていたのだが、そんなことはなく。自然と、彼女に返す言葉がきつくなってしまった。けれどエリーは気を悪くした風もない。
「あら。懐かしいわね、その呼び方。」
「そう?」
ええ、とエリーはしっかりと頷いた。
彼女の呼び方はエリーとエリスのふた通りがあり、私がエリスと呼んだのは彼女と友人と言える関係になって以来で、それ以降は使っていない。……その理由はよくわからない。
そんな会話の途中に生まれた疑問を考えていると、エリーは思い出したように手を叩いた。
「そういえば。今思い出したのだけど、あなたこの前事件のあった峠に何かあるって言ってなかったかしら。」
「……?事件のあった場所って、確か。」
「だから、県境の峠。七咲峠よ。」
「―――――」
ああ、思い出した。確か、峠付近にある高速道路が台風の影響で決壊した2週間ほど前から、七咲峠に何かがいるのだ。
昔からあの峠には曰くがあった。
『山が人を呼ぶ』と。
高速道路が建築される前まであの峠は自殺の名所だったらしいが、高速道路ができてからは自殺も無くなったようだ。その高速道路が決壊した2週間ほど前から何かがいるのだ。何かはわからない。分かるのは人間でも、生き物でもないということだ。
憑き人になってから、私はそういうモノの気配を感じるようになった。
キョウコさんに言わせると、感じるというよりは威嚇されているから、それを体が危険だと思っているらしい。自覚はないが。
威嚇される理由は分からないが、どうもそういったモノにとって私は天敵らしい。
「ああ、その事件の元凶はあれか。最近はあんまり感じなかったから気にもしてなかったけど。人間を食べたからか?」
「……よくは分からないけれど。あなたが言っていたモノが事件の原因なのね?」
「多分。まあ、私も詳しいことは分からないから。しばらくはあの辺りに近付かないほうがいいよ。喰われるから。」
それはさすがに嫌ね、と顔をしかめるエリー。
エリーはそういったモノに好かれやすいとキョウコさんは言っていた。もともと好かれやすい体質なのだろうが、私の力の影響をうけてか、更にそういったモノに憑かれやすくなっているらしい。
こんな話をしているうちに、私は一つの疑問をもった。
「エリー。人って美味しいのかな?」
エリーはさあ、と首をすくめると、
「そんなこと言われても分からないわよ。だって私は一度も人を食べたことがないんだもの。」
そんな当たり前のことをしれっと言った。