第一生 餓霊 1
/0
八月になったばかりの蒸し暑い昼間、いつも通り事前連絡もなく和泉エリスが訪ねてきた。
「こんにちは。今日も暑そうね、刀騎」
彼女は玄関口に立って、先日訪ねてきた時と同じ言葉を口にした。
「今朝のニュース見た?あなたが興味を持ちそうなニュースだったわよ。県境の峠で食べかけの人の死体が見つかったらしいわよ。大型動物に食べられてしまったんじゃないかって話よ。―――はいこれ、いつものね。」
玄関で汗を拭いながら、手に持っていた保冷バックを渡してきた。中にはいつも通りお弁当が入っていた。いつもコンビニ弁当ばかりを食べている私の栄養不足を心配した彼女の母が作ってくれたものだ。
私が気怠そうな動作で保冷バックの中を確かめている間に、エリーは汗を拭い終えると私の部屋へ向かっていった。
私が住んでいるのは古い館だ。玄関から入ってすぐに見ることができる階段の下にある物置が私の部屋になっている。
何の迷いもなく、こちらを振り返ることもなく歩いていくエリーの背中を眺めながら、私は彼女のあとに続いた。
「刀騎。あなた、寝てばかりいるんじゃないでしょうね?ただでさえ、コンビニ弁当ばかりで栄養不足なのに、寝てばかりいると本当に体を壊すわよ?」
「こんな暑い日差しの中で私が起きていられると思っているの?それこそ本当に倒れるよ。」
「どんな言い訳よ、それ。まあ確かに、温暖化の影響もあってか最近はすごく暑いのよね。だからって寝てばかりは本当に体に悪いんだから、たまには運動しなさいよね。」
そう言って、エリーは腰を下ろした。彼女は私を心配してなのか、いつも私に説教をする。それは、私と彼女が友人と呼べるような関係になってすぐの頃からずっと続いている。
エリーはいつも使っている二人掛け用のソファに腰を下ろした。
私もエリーと同じようにソファに腰を下ろして、エリーの横顔を眺めていた。エリーはそんな私を気にすることもなく持っていた鞄から小説を取り出して読み始めた。
その女性にしては切れ長で美しい青い瞳を、私はジッと見つめていた。
和泉エリスという少女は、私の友人であり、保護者でもあるらしい。
今の時代、お洒落や流行モノに夢中になる少女たちが多い中、貴重とも言えるほどに減少した優等生を形にしている。
高校では生徒会長をしており、塾にも通っており、成績は常に上位。放課後に寄り道もしない。授業もサボらない。男遊びもしない。背は170cmを超えており、私が彼女の顔を見る為には見上げなければならない程。1/4ロシア人の血が流れているらしいとはいえ、あまりにも綺麗な顔立ちをしている。
そんな自分の容姿を気にしてなのか、普段帽子を深く被っているが、着飾って街を歩けば大抵の人は彼女に見惚れるだろう。そのくらい彼女は美しい。
「刀騎、聞いてる?母さんがまた遊びに来て欲しいんですって。妹もあなたに会いたがっているのに、どうして遊びに来てくれないのかしら?」
「ああ。だって迷惑でしょ。私みたいな他人がいても」
「あのね、刀騎。前にも言ったけれど、私も私の家族もみんなあなたに感謝しているの。そんなあなたを迷惑だなんて思う筈がないでしょう?」
「……知らないよ。私は人が嫌いなの。どうしてそんなに私を誘うの?そもそもエリーの父親には会ったことすらないし。」
「もう、そんなのだから人付き合いができないのよ。せっかく誘っているんだからそれに乗ればいいのよ。それに父さんもあなたに会いたがっているのは本当よ?お礼が言いたいんですって。」
子供に言い聞かせるような言葉遣いに私は顔を背ける。
誘って欲しいなんて言ってないし、人嫌いを治すつもりもない。そもそも私が人を嫌いな理由をエリーは知っているはずなのに、どうしてこんなことを言ってくるのだろう。
……エリーはいつも私の心配をする。
そんなこと彼女には関係ないはずなのに。