お茶会(3)
「ラーシャ様…、気合入ってるとは聞いてましたけど…。なんか、いつもの倍くらい気合入ってません?」
「そりゃあ!だって去年は会えなかったもの…張り切ってしまうのも仕方ないでしょう?」
お茶会に参加しないと、テオファドートは防げるけどラーシャ様の願望は増長するのか…。八方塞がりすぎる。
あたしは今、良家の子女も真っ青なフリフリビラビラな服で見を包んでいた。発色を抑えた濃いワインレッドと黒を基調にしているため、色としてはそこまで派手じゃあない。でも、フリル・レース・リボンがそこら中にあしらわれているし、刺繍もかなり手が込んだものだ。ぱっと見に騙されるでない!これはドビラビラな乙女服だ!…という感じの服。
髪も、ただでさえくせっ毛でくるくるしてるのをコテでさらにくるくるふわふわに巻かれた。それを一部だけ結い上げられ…ているんだけど、それが結構複雑で何をどうしたのか一切わからない感じの髪型にさてている。そしてまたリボンを頭にもつけられた。あたしは今、絶対ただのリボン人間だ。
「ふふふ~!やっぱミリファには赤ねー!ピンクや白、黒も可愛いけどやっぱり赤よ赤!ああ、でも今度は濃いシックな緑とかも着てもらいたいわ!ああ、絶対可愛い!もちろん今回も可愛いわよ!さすが私の見立てっ」
そりゃあ服そのものは一級品だし、ラーシャ様のセンスも良いと思う。だからこそ、あたしが着たってなーと思うのですが。ラーシャ様喜んでるからいいけどさー。これ絶対「馬子にも衣装」ってやつだよ?
「ヴァスさんもどうなってるか楽しみだわ~!ジスに頼んでいるのだけどねっ」
「あ、それはあたしも楽しみです」
ヴァデッド、顔と体型は無駄にいいからなー。どのくらいキラキラしくなってるんだろう。そこら辺の貴公子も真っ青なことになることだけは確かだ。あーでもそういうことしちゃうと、ヴァデッドがメインみたいになるよな。一応ポジションとしては使い魔だから執事っぽくなるのかも。どちらにしたって存在感だけは馬鹿みたいにありそうだ。
「使い魔って私、動物やテオくんの使い魔しか見たことないのよね。ヴァスさんみたいに、綺麗な人もいるのね~」
ああ、テオファドートの使い魔はまた特殊だから。
「人型の、特に力の強い魔物やそれに準じるものは、造作が整ってることが多いんです。どうしてかって聞かれるとわからないんですけど」
「はぁ~じゃあヴァスさんも力が強いのね?」
「そうですね、あたしの使い魔になってくれたのが奇跡みたいなものですよ」
使い魔の契約をしてくれた時のことを思い出して、思わず顔が緩んだ。
コンコン。
「お嬢さんの準備は終わったかな?」
部屋が優しくノックされ、扉の向こうからジス様の声がした。
「もちろんよ!あなたが来たってことはヴァスさんも終わったのね?」
「ああ、君の気に入るものになったと思うよ」
ドアが開き、ジス様と一緒にヴァデッドが入ってきた。
「きゃーー!!素敵っ!!!!」
ラーシャ様はヴァデッドが入ってくるなり歓声をあげた。側で控えていた侍女達が次々に頬を赤く染め、ぽーっとする人もいれば慌てたように視線をそらす人もいる。
ーでもまぁ仕方ないだろう。これじゃあなぁ…。
あたしは視線をヴァでっとに戻した。
ヴァデッドはやはり、貴公子然とした格好ではなく装飾を抑えた、どちらかといえば執事よりの服を着ていた。スーツの上着は菫色でスラックスと中のシャツは黒、タイはあたしのドレスと同じワインレッドだ。生地やしたてはいいけれど、デザインとしてはただのスーツなのにヴァデッドの見た目のせいでただのスーツに見えない。長い髪は首のあたりで一つにまとめられているようだ。
ああー多分ものすごーく嫌なんだろうなぁー。
ラーシャ様にアルカイック・スマイルを浮かべるヴァデッドを見て、あたしは内心で苦笑した。
「あの、ヴァスはお茶会に出席するの初めてですし、あたしもこういった場に使い魔を連れてくるのは初めてなので二人で打ち合わせというか…色々話しておきたいんですけど、まだ時間大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だよ。話なら君たちの部屋でするといい。時間になったら執事をやろう」
「ありがとうございます。それでは失礼します。…ヴァス」
あたしが声をかけると、ヴァデッドはお二方に礼をしてあたしの後ろについてきた。
「馬子にも衣裳」
「エセ紳士」
部屋に戻ってきた降ってきた失礼な発言に、素直な感想を言った。はまりすぎてて逆にうさんくさいっ。
「うっせぇなー。付き合ってるだけいいと思えよ。このネクタイってやつ嫌いなんだよ。首が窮屈なのって嫌いだ」
「あたしだって巻きたくもないコルセット巻いてて息つらいからお互い様でしょ。さらにあたしはこの状態でこの後お茶とお菓子胃に入れなくちゃいけないんだからねっ。我慢しなさい」
「ーで?そのお茶会って俺何すんだよ」
「立ってるだけ」
ヴァデッドがあからさまにウゲ、という顔をした。
「お茶のんでお菓子食べて適当に人と話すだけよ。お茶会って言っても軽いパーティみたいなものなの。立食式だから立って何かするってこともあるし、一応テーブルも用意されてるから座ることもあるわ。でもヴァデッドは立ちっぱなし。飲まず食わず」
「世の執事と呼ばれる人間をもっと尊ぶべきだな、そりゃ」
確かに。お給仕ってとっても大変なんだよね。
「基本的に話すのはあたしだから、ほんと立ってるだけだよ」
「はいはい。了解しました」
「脚がむくんだらマッサージしてあげるね。筋肉痛用のシップもしてあげる」
持ってきた荷物の中にバッチリ入れてきた。
「この程度でどうにかなる体じゃねーよ」
ヴァデッドは心底嫌そうな顔をすると、肩を軽く回した。
「あら魔女さん、一年振りですわね」
「あらほんと。私は三年振りくらいかしら?」
「お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
ミリファというのも勿論偽名ではあるけれど(ヴァデッドも多分気づいてる)、その偽名ですらもあたしは近しい人にしか教えてはいない。魔の者と一緒で、魔女の名前もまた命だ。人の身でありながら魔の力と魔の者を使うあたし達は、魔の者以上に名前には慎重にならければならない。ヴァデッドはそんなことしないと思うけれど、それなりに強い者になると使役者の真名さえ分かれば主従関係を解除できるのだ。当然、テオファードートも偽名だろう。
「魔女さんこそ…。…ところで、後ろに控えていらっしゃる方は…?」
「私の使い魔です。人型ですので、今日は私の付き添いとして同席を許して頂いております」
明らかにヴァデッド狙ってる顔になってますよ貴婦人の方々!さっきからちらちら見てるのには気づいてたけど!イケメンだから仕方ないけどあからさまですよ!
「まぁ。魔女さんの…。前回はいらっしゃいませんでしたよね?」
「はい。最近私の使い魔としましたので」
「お名前は何とおっしゃりますの?」
「使い魔の名をあかすことは、残念ながらできないのです。魔法に関わってくることですので」
「それは残念だわ…」
顔が本気で残念さを物語っているので、適当に理由をつけてそそくさと私達はその場を辞した。
「マスター、お飲み物をお持ちしましょうか」
ヴァデッドが腰を折って、なるべく声が周りに聞こえないように耳の近くでそう言った。
「んーじゃあお茶もらおうかな…」
「了解しました」
ヴァデッドがお茶を貰いに言っている間に、お菓子でも見繕おうと思い、あたしはお菓子がずらりと並べられているテーブルに足を向けた。
色とりどりのお菓子がたくさん並んでいる光景は壮観だ。どいつもこいつもおいしそうな色と匂いをさせている。特にベリーのタルトがおいしそうだ。
「ねぇ」
ベリーのタルトをゲットしようとしたのを邪魔された。あたしは若干イラッとしながらゆっくりと振り返った。
「なんでしょう?」
見よ!渾身の営業スマイルを!




