再出発
この里に来て始めに入った小屋。そこでは現在進行形で俺、シャロ、里の長、リク君の四人での話し合いが行われている。
「――つまり、この里の人々は反神教と呼ばれる宗派の方々で、世界の大半が神を信仰する宗教な為にひっそりと生活せざるを得ないと。さらに言うと、リク君はそんな里での生活が嫌になって掟を破り外に出ようとしたと」
今までに行われた説明を要約すると、どうやらそうなるらしい。怪しい言葉ばかりで理解に苦しむが。
薄暗い山小屋もどきの中にいる為時間は分からないが、腹時計的に正午過ぎだろう。
俺としては逃げてしまいたいところだが、シャロがいる上にこの世界の地理が分からない。なので、逃げられない。
かといって、リク君を連れて行くのも憚られる。
さて、どうしたものか。
「リクは優秀だ。君達の役に立つと思うよ」
俺の気持ちを知ってか知らずか、長はさっきからずっとその調子だ。まあ記憶を覗いたのだから、俺達の目的や個々の能力から足りないものを考えて、別の何かで補わせようとさせるのは的外れではないと思う。
シャロはと言えば、「荒船さんの好きなようにして下さい」状態で頼りにならない。困った時の相談相手がいないのは辛い。
「……分かりました、連れて行きましょう。――ですが! こちらにも条件があります」
悩み抜いた俺の出した結論。それは、とことん自分が得をする為の案だった。
「――三人分の食料を三食分。町で一週間は最低限の暮らしが出来るだけの旅費。この場所の周辺の地形が分かる地図。それでいいのか?」
「ええ。十分です。後はリク君の力があれば順調に旅が出来るでしょう」
確認の意味を込めて俺の提示した条件を繰り返してきた長に、うまくいったと内心でほくそ笑みながら答える。
我ながら恐ろしい策だ。自分に無いものを他人が持っていたならば、その他人の力を借りればいい。それだけの事だ。
「ありがとう。これでリクをこの里に無理やり縛り付ける必要は無くなった。リクには、広い世界で活躍して貰いたい。今まで大人の事情を押し付けて悪かった。荒船君と悪魔ちゃんは本当に良い所に現れてくれた」
「いえ、そんな事は……」
長の持つ謎の勢いに負けないように何か言葉を返そうとして気付く。……あれ? これってもしかして、利用されたのは俺の方?
「では、善は急げだ。早速出発した方がいい」
長はふとわいた疑問を口にするのを許さない。
どこにいたのか、白服がリュックサックのような物を持って現れる。その膨らみようからして、俺の言った物は用意されているようだ。手際がいい。
そして、そのまま俺達は背中を押されるように急かされて里の出口――ちょうど森の手前まで来てしまう。
「あのー。これは一体?」
「少年よ、頑張りたまへ」
そして、長はそんな捨て台詞を残して白服と共に里に消えた。
ヒューっと言う風の音が聞こえそうなくらい、閑散とした景色に感じた。
「……長はああいう人です。色々と言いたい事はあるでしょうが、歩きながらにしましょう」
急によく喋るようになったリク君を不思議に思わないくらいには、俺は混乱していた。
「――で、リク君はどうしてそんな服装なの? そんなに悪い事したの?」
リュックサックを左肩から提げながら、俺は歩いていた。リク君はこの森の道に詳しいようで、先ほどから先頭を進んでいる。シャロよりはよっぽど役に立つのではないだろうか。
「いえ、これは僕の趣味です。――って、他に訊く事無いんですか?」
「ああ。それが一番気になってた所だから。何やったらあんなに追われるのかな、と」
「ちょっと暴れて逃げ出しただけですよ。あんな意味の分からない世界に閉じ込められていたら、誰だって嫌になるでしょう?」
「そう言うものか?」
「そう言うものです」
続いていた会話が途切れる。何か話さないと気まずいのだが、何も思いつかない。
しばらくの間、土を踏む音だけが辺りに響く。
「ところで、今いる場所はどのあたりなのでしょうか?」
いつの間に取り出したのか、その手に地図を持ったシャロが口を開いた。
「えーと、……ちょっと借りますよ」
少しだけ考える素振りを見せた後、リク君はシャロから地図を受け取る。それからパラパラと何枚かページをめくり、適当なところで止める。どうやら見付かったようだ。
「このあたりですね。水の大陸で三番目に大きな都市に続く街道沿いの森の中です」
一旦足を止めて、リク君が開いたページを三人で見つめる。
正直、よく分からない。
「で、ここからだとその都市までどの位かかるんだ?」
「まあ、半日と言うところでしょうか。今、丁度正午頃ですから、急げば夜には着くのでは?」
「なんか、他人事みたいな言い方だな」
あまり気持ちのこもっているようには感じない言い方に、俺は思わず言っていた。
「実際他人事ですから。それに、僕一人ならもっと速く進めますし」
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて下さいよ。ケンカはダメです」
俺達の話し方から不穏な空気を感じたのだろう。シャロが止めに入る。
「シャロ、心配しなくても俺は大丈夫だよ。簡単には怒らないから」
「そうですか?」
不思議そうに返してくる。何か疑われるような行いをしたか?
「そうです。大丈夫です」
まあ、そこは優しく言っておく。
「……それで、どうします? この辺で休憩をとって進むか、このまま行くか」
「ああ。俺としては急ぎたい。――だから、休憩にしよう!」
腹が減っては戦は出来ない。いやあ、素晴らしい言葉だ。
その時、こいつバカなんじゃないのか、みたいな目で見られていた気がするがきっと気のせいだな。