次々と来る出会い
地球を出発したのは真夜中。道は意外と短くて、数分歩いただけで異世界に到着した。どうやら地球とこちらでは時差があるようで、現在は十一月二十四日の早朝だ。肌に触れる空気が冷たい。
「ずいぶん近いんだな、異世界ってのは」
周りの景色を見渡しながら俺はシャロに話しかける。いつになくやる気を出していた為に、拍子抜けしているのが現状だ。
「利便性を向上させた結果です。ただ、そのせいで地図は読みにくくなりましたが」
それに対してシャロは冷静に返してくる。とは言え、見知らぬ森の中で迷子になっている今、俺たちが割とピンチである事は確かだ。
「なあ、シャロ。もう一度訊くけど、ここは目的の異世界なんだろ?」
「はい。そのはずです」
「で、今は迷子だと」
「はい。その通りです」
はあ、と短くため息をつき、俺は地面に腰を下ろす。
これは完全に想定外だった。まさかシャロが自分が通って来た道を覚えておらず、さらにあれだけ頼りにしていた本を見間違えるとは。
「まあいい、こんな事はよくある。シャロも座って、それからどうするか考えよう」
「す、すみません」
地図とにらめっこしていたシャロは、一言謝ってから俺の前に座る。
「さて、君は何か役立ちそうな物を持っているかい? 俺は何も持ってないんだけどさ」
「えーと、私の手元にあるのは、この『異世界を歩こう』と、『よくわかる! これであなたも上級悪魔〜応用編〜』、それから時計です」
「……そうか、君は頼りになりそうでならないのか」
幸い、連日徹夜でアニメを鑑賞する生活をしていた俺に眠気は無い。頭も働いている。だからこそ言えるのは、現在地がどこだか分からない以上地図など役に立たない、と言う事だ。
「ちょっと借りるよ」
そう言って、俺はシャロの持っていた『よくわかる! これであなたも上級悪魔〜応用編〜』なる本を手に取る。
何の気なしに行ったのだが、直ぐにそれは間違いだと知った。そもそも、そんな未来を想像出来るやつなんていないだろうが。 何と言う不思議か。俺が右手で触れた本が淡く白い光に包まれ、崩れるように消えたのだ。
「あ! あー!!」
それに気付いたシャロが大きな声を上げる。俺の方が驚いたくらいの声だ。
「――忘れていました。星の代表は、別の星へ行った時その星に対応した特殊な力を得るんです」
「おい、つまりこれは……」
「はい。スペルです。詳しくは分かりませんが、かなり危ない類の物かもしれません」
シャロはそう口にしながら、少しだけ俺との距離を置く。俺は愕然とするが、次の瞬間には頭で理解した。触れただけで物が消えたのだ、これが危なくない訳無いだろう。
「シャロ、これはどういった力何だろうか。もっと詳しく説明を頼む」
「……無理です」
動揺を隠せない俺にシャロが言ったのは、さらに絶望的な言葉だった。
「本が消えましたから」
これはつまり、完全に路頭に迷ったと。なすすべ無しだと言う訳か。
「で、ですが、こんな事もあろうかと準備していた物が一つだけあります!」
焦りながらもシャロがカバンから取り出したのは、黒いゴム手袋だった。
「何それ」
率直な感想を口にする。
「これはかの有名な暗黒商事が世に送り出した至高の一品、“能力抑える君”です」
イタい。ネーミングセンスがイタい。だが、何もないよりマシだ。奪うようにして左手で受け取る。
「これを着ければ問題無いんだな?」
右手に慎重に着けながら訊く。触れた時点で消えていないので、大分信用は出来た。
「能力を最大の約八十パーセント抑えるだけですが、かなり変わると思います。ただし、それにも寿命がありますが」
「いや、ナイスだシャロ。これでずいぶん安心して暮らせる」
気を抜いた俺はお礼を言いながら、試しに近くにあった小石を手に取る。
数秒触れても平気だったので安心すると、見計らったかのように白い光に包まれて消えた。
「おい、消えたぞ」
「い、言ったじゃないですか。力を抑えるだけですって。触れ続ければ当然消えますよ」
怒ったような俺の声にビクビクしながら返すシャロ。確かにその通りだ。
「ごめん。別にシャロがわるい訳じゃないよな」
「は、はい」
「まあ、この話は終わりにしよう。俺が気を付ければいいだけだから」
まったく、これで俺が両手が利き手だったら格好いいんじゃないか病を発症していなかったら大変な事になっていたな。
「……それでだが、先ずはこの森を抜けようと思うんだ」
「私もそう思います。ですが、適当に歩いているだけでは余計に迷うのではないでしょうか?」
確かにシャロの言い分はもっともだ。しかし、俺にも考えがある。
「周りを見ていて気付いたんだが、ここだけ草が生えていない。つまり、動物の通り道になっているって事だ。まあ、それが人とは限らないがな」
俺は自分の座っている所からその先までを手で示しながら説明する。シャロも気付いたようで、自然と表情が明るくなる。
「では、これを辿って行けば森を抜けられる可能性が高いと言う訳ですね。流石です!」
「別に大した事じゃないさ。それに、俺達がやろうとしてるのは結局、最初からやってた事なんだから」
自分で言ってむなしくなったが、実際そうなのだ。俺達は初めからここを通って歩いていたのだから、悩む必要も無かったと言える。
ただ、森を抜けられたとしても現在地が分からなければ目的地へ行く方法も分からないのだが。
「じゃ、さっさと行くか。せめてお昼ご飯は食べたいからな」
そこまで空腹を感じてはいないが、腹が減ってはよい考えも浮かばない。それに、定時には何か食べたいと考えるのが、飽食の国日本を生きる若者の普通の考えだろう。
「はい。そうで――」
「――た、助けて下さい!!」
これから新たなスタートを切ろうとしていた俺達の会話を遮る声。何かと思って見れば、ちょうど俺達が進もうとしていた方向から誰か来るではないか。
目が隠れる程に伸ばした前髪を風で乱しながら駆け寄って来る少年。ボロボロな服を身にまとっていて、その走り方からは相当焦っている様子が窺える。
「おい、どうしたんだよ。そんなに焦って」
少年が俺の目の前でよろけて転がりそうになるのを両手で支え、直ぐに立たせて手を離す。
「見知らぬ旅の方。どうか、僕を助けて下さい」
俺が話しかけるも、少年は助けを求めるばかりで会話は成り立たない。
どうするべきか悩んでいると、シャロが声を上げる。
「あ、あれを見て下さい!」
シャロが指差した先を見れば、体の上から下まで白一色の服を着た数人の男達が、こちらに向かって来ているではないか。このタイミングと彼らの様子からして、白服が少年を追ってきたのは明らかだ。
「シャロ、俺達は運がいいみたいだな。こんなに沢山の人が迎えに来てくれたんだから」
確実に巻き込まれコースを進んでいると感じた俺は逃げようと言う考えを無くし、気を紛らわす為の冗談を口にした。