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変化と始まり

「すみません。お話をさせて頂きたいのですが――」


 少女が俺の様子を伺いながら話し掛けてくる。最近の幻覚は会話も出来るらしい。俺は無視するけど。


 さてと、この回が終わったら寝るかな。流石に二時間もアニメを見続けると疲れるからね。


「あのー、聞いてますか?」


 聞こえん。何も聞こえんよ。俺は今、アニメを鑑賞しているんだ。俺の隣に意味分からんコスプレした少女がいるわけがない。


「あのー、聞いて頂きたい事があるのですが……」


 銀髪少女は尚も控え目に話し掛けてくる。諦めると言う事は無さそうだ。


 しつこいな。まあ、可愛いから許すけど。せめてエンディングまで、いや、後十分でも待って頂ければ有り難いのだが仕方無い。ここはもう、このルートに乗るしかないようだ。これ以上無視するのもかわいそうだし。


「仕方無い、聞いてやるから早く話せ。今日だけだかんな。それから、君に与えられた時間は三十分だ。手短に頼む」


 動画を一時停止させ少女の方を向いた俺は、一方的に条件を提示した。


 どんな時でも、自分のペースで事を進める為には相手との力関係をしっかりとさせておく必要があるのだ。


「あ、はい。では先に自己紹介をさせて頂きます。わたしは、シャーロット・ゲルト・ルートヴィンゲと申します。宜しく御願いします」


 そう言って彼女は丁寧にお辞儀をする。おれの感想は、名前長いな、外人さんか、だったが。


「ああ、俺は荒船涼。よろしく」


 つい返してしまうが、丁寧に自己紹介されて何も返さないのも失礼だろうからな。


「はい。存じ上げております。それでですね、今回こちらにお伺いしたのは……」


言いながら彼女は肩から提げた鞄の中から分厚い本を取り出す。


何事かと思って眺めていると、


「えーと、確か183ページに……あ、ありました。あのですね、わたしは悪魔と呼ばれる種族で、悪魔は時間の管理者なのですが、この度時の王とのいざこざが原因でこの星の時の流れが狂ってしまいまして、それを直す為には、星の代表として選ばれた方を連れて時の王との交渉の場に望まなければならないと言う事でして――」


その本をカンペにして話し始めた。


 話の内容どうこうよりも、それを全く覚えずにここへ来た事や、必死に本を読んで説明してくれている姿が可愛すぎて萌えた。


「――今代の星の代表が荒船様なので、是非ともわたしと共に異界に渡って頂きたく、こちらに参りました所存です」


 なん……だと……!?


「……そうか」


 それはつまり、俺が選ばれし者だと言う事だろう。そうに違いない。やばい、にやにやしそう。いや、でも今は真面目な雰囲気だから自重しないとか?


「すみません。ショックを受けられる気持ちは分かります。ですが、こちらとしては是非とも――」


「――くくく。ついに来たか!!」


 ダメだ。笑いが止まらない。


「!?」


 ごめん、驚かせちゃったのは俺のほうだな。


「俺はずっと待っていたんだよ、何時かは俺にもファンタジックな出来事が起こるんじゃないかとな!! 世界は今こんな状態だ。その中で俺だけが無事だった。なら、何も期待しない方が可笑しいだろ?」


「あ、あのー……」


「……ごめん、舞い上がりすぎた。続けてくれ」


 ほんと、悪いことしたわ。彼女には三十分しか与えてなかったのに、俺のせいで何分かロストしたからな。


「あ、はい。ですが、信じて頂けたようで何よりです」


 そうして太陽のように眩しい笑顔を向けてくれる彼女。いや、それだと眩しすぎて見られないから、一番星位と言っておくか。


「では早速、こちらの注意書きをご覧になって頂いてから、契約書や誓約書など諸々の書類を四枚ほど記入して貰いたいのですが」


 続けて彼女はカバンから数枚の紙を取り出す。ファイルに挟んでいた訳でも無いのによくシワにならなかったなと思ったが、口には出さない。


「ああ。別にいいけど――」


 それを俺は受け取り、ざっと目を通す。


 なになに、注意事項?

以下、“時の王との会談”に向かうに当たり、契約者の留意すべき点を記す、とな。


一)契約者の生命に関わる事態が起こった場合、当方は一切の責任を負わないものとする。


二)契約者は協力者となる悪魔を常に同行させるものとする。


三)契約行動中、契約者の行動には制限を設けないものとする。


四)契約書は十分な理由が無い場合、契約を破棄する事が出来ないものとする。


五)契約内容は予告無しに変更される場合があります。


 契約者は俺の事で、当方ってのは悪魔さんの事でしょうな。内容を要約すると、好きに動いていいけど、悪魔を連れて動かなければいけないし、向こうのお偉いさん方は責任を取らない、と言う事らしい。これ、わざわざ書類にする必要あったか?


ま、いいわ。俺は自分のやるべきことをやるだけさ。じゃあ軽くサインして、と。


「印鑑はどうするの? 普通に捺しちゃって平気?」


「あ、出来れば血で捺して頂けると有り難いです」


「分かった。血ね――」


ってなんでですか。


「めっちゃ自然な流れで会話してたけどおかしいだろ!! 俺もノリが軽かったと思うけどさあ」


「何がですか?」


 彼女はそう言って小首を傾げる。いちいち仕草が可愛いから困るな。


「いや、アニメや小説なんかだとこんな手続きじみた事はしないから」


「ああ、あれは等級が低い方だからですよ。普通は書類を書いて手続きするんです。口頭で契約が結べるなんて今時無いですよ」 おい、夢を壊さないでくれ。だが、ここは気を取り直してだな。


「へぇ。初めて知ったよ。それって、悪魔だけの話しか?」


 取りあえず質問してみた。と言うか、俺って意外と冷静だよな。これだけ立て続けに色々な事があって、今更焦るのもおかしいが。


「いえ、悪魔だけに限って言えば書類手続きからの契約が必要ですが、他の上位管理種族はまた違った方法を取っていると思います」


 真面目な解説をありがとう。でも、半分も理解出来なかったわ。さっきから専門用語多すぎる。


「では、次の質問。君は本当に悪魔か?」


 一転して真面目な雰囲気を出した俺は、真っ先に確かめるべきだった事柄を尋ねた。数分前までの俺は血迷っていたようだ。


「……確かに、あっさりと信じて頂ける筈は無い、と心のどこかでは思っていました。私の直属の上司にも日頃から言われていた事ですから――。では、少々遅れましたが、改めて私が悪魔である証拠をお見せいたしましょう」


 一瞬の沈黙の後に彼女はそう告げ、またもやカバンから何かを取り出す。そして、取り出した何かを俺の前に彼女は差し出し、


「どうぞご覧になって下さい。これが私が悪魔である事を証明する為の証拠です」


と続けた。


 俺はその四角い物体を受け取り、覗き込む。


「ん? 写真?」


 どうやらそれは写真立てのようで、中の写真には彼女と、彼女に顔立ちのよく似た家族だろう方々が写っていた。どう見ても家族でコスプレしてるだけですけどね。


「はい! こっちが私のお父さんで、こっちがお母さん。それからこれがお姉ちゃんで――」


「いや、もういい。もう分かった。君の家族の仲がいい事はよく分かった。それから、口調が変わってるぞ」


 このままにしておけば彼女は家族とのハートフルストーリーを語り初めて延々とそれを続けるだろうと判断した俺は、早めに話を打ち切る。それでも、可愛い彼女の話だったらいくら聞いてあげてもいい、と思う俺がいて滑稽だった。


「はうぅ。す、すみません」


 ただ、彼女は違ったようで、小さな声でそう言って思い詰めた顔をして俯いてしまう。


 どうも俺が想像していた以上に彼女は落ち込んでしまったようで、この写真を見せれば信じて貰えると本気で思っていたのだと分かった。


「悪い。少し言い過ぎたかもしれない」


 軽い罪悪感を覚えた俺は、一応謝る。だが彼女に俺の言葉は届かなかったようで、依然として俯いたままだ。


 今まで女性とお付き合いした経験の無い俺には、このような状況に対応する術が有るはずも無い。実に困った。


「――ふふふ」


 どうしようかと心の中では大変焦っていた俺の耳に、怪しい声が届く。


 何事かと彼女を見れば、不敵な笑みを浮かべているではないか。


「クスクス。あれで信じて頂けないとなると仕方ありませんね。……こうなったら、最後の手段です」


 彼女の纏う雰囲気が一気に変貌した事に驚きつつ、俺は様子を窺う。


「さあ、その身に喰らいなさい! 我が家に代々伝わる四十七の秘奥義の一つ、“蓮華”!!」


「おい!? ちょっと待て――」


 様子を窺いながらも大丈夫だろうと油断しきっていた俺は、彼女の動きに反応出来ずに一方的にされるがままとなる。


 彼女の言う蓮華とは所謂くすぐりの事で、その手の技にはとことん弱い俺は抵抗する事無く敗北したのである。


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