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双竜戦記 〜砂漠のスリ師と竜の巫女〜  作者:
第二章 それぞれの過去
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第二章 それぞれの過去 ①

 王都は大陸の中北部、広大な草原が続く丘陵地帯のほぼ中央に位置していた。この国の千年近い歴史のほとんどの期間、首都が置かれてきた。


 街の建物は、王宮から公的機関、庶民の住宅や店に至るまで屋根瓦が深緑色に統一されていて、通称である「翠玉の都」の由来になっていた。


 街中には清らかな水が流れる水路が張り巡らされ、道には温かみのある赤褐色の煉瓦が敷き詰められていた。


 絵画に迷い込んだかのような美しい街並みの中でも、宮殿の荘厳さは群を抜いていた。純白の壁に黄金の装飾が惜しみなく施され、歴代の王の彫像が周りを取り囲んでいた。中でも正面玄関に立つ初代国王の像は、訪れるものに王家の権威を堂々と誇示し続けていた。


 宮殿の後ろに設けられた、ガラス張りのドーム型天井が特徴的な建物。国中の様々な植物が植えられた王家専用の植物園であり、そこには色とりどりの鳥が放し飼いにされている。


 その入り口、温度と湿度を一定に保つために備え付けられた二重扉を開けて、中に足を踏み入れる一人の女性。


 床に引きするほど長い毛皮の上着を脱ぐと、胸元にダイヤが散りばめられた真っ赤な薄手のドレスが露わになった。


 ベンチの背に高級な上着をかけると、歳を重ねても美しさの衰えない顔に不安げな表情を浮かべ、辺りをキョロキョロと見回した。栗色の髪が静かに揺れる。肩上で切り揃えられ、毛先が緩くくねっている。


 華奢な体を上品に折り曲げ、背の高い木々の間を覗き込む。


「アーサー?アーサーどこにいるの?」


女性の声は優しいが、その裏に張り付いた焦りの色を隠し切れていない。


 がさり、と茂みで音がして女性が振り返る。ゆっくりと近づき大きな葉を手で退けると、草場の上に、少年が座り込んでいた。


「アーサー、ここにいたのね」


女性は息子に微笑みかけると、四つん這いになって草をくぐり、その隣に腰を下ろした。


「どうしたの?」


少年は答えない。膝を抱えて黙り込んでいる。青色の瞳が暗く沈んでいる。


「私には正直に打ち明けていいのよ、怒らないから。怖くなってしまったの?」


少年は頷く。顔はまだ上げようとしない。


「そう、ごめんなさいね」


女性は息子の丸まった背に手のひらを当てると、優しく撫でた。


「あなたに重荷を背負わせてしまっているわよね。代わってあげられるならそうしたい。けれど・・・・・・」


女性は言葉を切り、少年の横顔を見つめる。


「あなたは国王なの。たとえ、心の準備ができていなくてもね」


 少年が顔を上げ母親を見た。その目は赤く腫れ、目尻に抜けたまつ毛が一本貼り付いていた。


「お母様、僕には無理だ。僕にはできない・・・・・・お母様がやって」


少年は懇願するように声を絞り出し、母のドレスの袖を掴んだ。


「それはできないわ、わかるでしょう?その話は戴冠式の前の夜にしたはずよ」


母と同じ栗色の髪の、くねった毛先を指に絡め、少年は俯いた。


「みんな初めは不安に押し潰されそうになる。あなたのお父様も同じだったのよ」


「お父様はどうしていないの?」


今更とわかっていて、少年は呟いた。


「どうしてお父様は死んじゃったの?」


大きな瞳から涙が溢れる。


 女性は少年の頭を胸に寄せると、優しく、しかし力強く抱きしめた。


 植物園の高い天井に、小さな国王の啜り泣く声が響いた。



 王宮の豪華絢爛な廊下を、男が足早に歩いていた。白いものが混じった黒髪をオールバックにしていて、両目を飛び出すほど見開き、ギラギラと輝かせている。長く伸ばした口髭は、両橋がくるりと丸まっている。深い赤色の絨毯の上で、ブーツの靴音を慌ただしく鳴らす。


 高く、重々しい白と金の扉の前に着くと、男は咳払いして衣服の皺を伸ばした。ノックをし、返事を待って開いた。


 観音開きの扉の向こうにはホールが広がっていた。純白の大理石の床が眩しく、天井は大袈裟なほど高い。男の足元から一直線にカーペットが伸び、重厚感のある椅子まで続いている。それは、この国を統べる者だけが座ることを許される特別な椅子、玉座だった。


 男は姿勢を正すと、玉座へと真っ直ぐ歩いていった。


「おはようございます、国王陛下」


男は玉座に座るアーサーに頭を下げた。


「丘陵においてポーツマンドの軍勢を蹴散らして参りましたことを、ご報告させていただきます」


男はそう言うと顔を上げ、国王、そして隣に控えるその母親を見た。母親、先代の女王でもあるフィアラは、複雑な表情で男を見つめていた。


「た、大儀であった」


アーサーは王として言葉を送りながらも、不安そうな顔で母親をちらりと見やった。


「停戦は近いですか?ボルドー将軍」


フィアラはわずかに身を乗り出し、男に聞いた。


「本日は、そのことでご相談に参りました」


ボルドーの言葉を聞き、フィアラは表情を曇らせる。それを敏感に感じ取ったアーサーも、怯えたように視線を泳がせる。


「単刀直入に申し上げますと、ポーツマンド共和国は我が国への本格的な侵略を企てております。すでにこちらから再三に渡り停戦交渉を申し入れておりますが、応じる様子はありません」


「ど、どうすれば・・・・・・」


国王は小さな肩を震わせながら、また母親を見た。


「具体的に申しなさい将軍。国王陛下に何を請いにきた?」


フィアラが言った。落ち着いた口調だが、厳しさを孕んだ声だ。


「陛下、迅速な軍備強化が求められております。緊急事態を発令するのです。徴兵制を復活させ、戦車や戦闘機、その他武器の供給を早急に始めなければなりません。より素早く軍事行動が起こせるよう、軍の全指揮権を現場の指揮官に委譲願います。たとえば・・・・・・」


「たとえばあなたに、ということですか?」


元女王は厳しさを隠さない口調で言い放った。


「そうですな、そうしていただくのがよいかと」


ボルドーは恭しい表情を崩さず答えた。


「ボルドー将軍に全権をあげれば、戦いが有利になる?」


アーサーが困ったような顔をして聞いた。大きな玉座に収まっていると、その体がより小さく頼りなく映る。


「ええ、もちろん!」


将軍はわずかに声を張った。


「私めにお任せいただけましたら、すぐに・・・・・・」


「陛下は誰にも全権を委譲することはありません」


遮るようにして、フィアラがキッパリと言った。


「もちろん、開戦も全く望んでいません」


ボルドーは黙ったままそれを聞いている。


「ですから将軍、あなたは引き続き停戦交渉を続けなさい」


「でっ、でも母さん・・・・・・」


「よいですね?」


息子の言葉を遮り、フィアラは凄む。


「承知いたしました、女王陛下」


ボルドーが深々と頭を下げた。表情は見えない。


「その呼び名はおやめなさい。今はこちらが国王陛下です」


フィアラが棘のある声で言った。


「大変失礼いたしました、フィアラ様。では、任務に戻ります」


ボルドーは立ち上がると、もう一度深々と頭を下げた。


 そして立ち去ろうとして立ち止まり、国王を振り返る。


「しかし国王陛下、ぜひご検討を。事態は差し迫っております。平和主義も結構ですが、現実的な対策を打たねば」


ボルドーは最後に一度、国王とその母親に会釈して玉座の間を後にした。

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