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双竜戦記 〜砂漠のスリ師と竜の巫女〜  作者:
第一章 スリと空賊
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第一章 スリと空賊 ⑥

 背中全体に広がった痛みが治まり切らぬうちに、カイルは立ち上がった。部屋は濃い煙に包まれていて何も見えない。


 少しして、煙の向こうがやけに明るいことに気づく。まだ状況の飲み込めないカイルが目を細めた次の瞬間、ふいに吹きつけた風が煙を取り払った。


 カイルは目を見開く。窓のあった壁一面が、完全に吹き飛んでいた。部屋の床や天井がまるで額縁のようになり、その向こうにディグラダードの街が広がっている。先程の風は外から吹いてきたのだ。


「よお、大丈夫か?」


聞き覚えのある声がして、カイルは反射的に顔を向ける。ストレンダーが、宝物を包んだ布の結び目に、フックを取り付けている。動揺した様子も、焦った様子もない。


 そこで初めて、カイルはこれがストレンダーの作戦の一部だと気づく。


「おい、聞いてないぞ!」


「そりゃそうだ、言ってないからな」


ストレンダーはそう返すと、フックの根本に取り付けられた頑丈そうなロープを引っ張った。


「いいぞ、持ち上げてくれ!」


彼がそう叫んだ次の瞬間、カイルはまた目を見開くことになった。


 消え去った壁の向こう、街を見下ろす絶景を遮るように、巨大な物体が現れたのだ。それは、飛行船だった。飛行船といっても海で使われる船のような形で、金属の骨格に木の板がはめられている。船橋は全面が金属製で、小さな丸窓からは中の様子は見えない。クジラを思わせる曲線の船体に、大小様々なプロペラが回っている。


 そして、あのエンジン音。船体の横っ腹には六基の大砲。壁を吹き飛ばしたのがこの船であることは明らかたっだ。


 ストレンダーが宝物の包みに取り付けたフック。そのフックから伸びるロープは、飛行船の船底にしっかり固定されていた。


「まさか・・・・・・」


カイルが呟くのとほぼ同時に、飛行船が宮殿から離れていった。当然ロープは引っ張られピンと張り、やがて巨大な包みがずるずると音を立てて部屋の床を滑り始めた。


 飛行船はどんどん遠ざかる。包みは引っ張られ続け、ついに壁に開いた穴から外に飛び出した。


 宙を舞った宝物の詰め合わせは、地面に叩きつけられることなく、飛行船の船底にぶら下がる形となった。


「さて」


ストレンダーが息を吐いた。


「どうする?あんたも来るか?」


「い、行くわけないだろ!これで仕事は終わりだ。俺は家に帰る」


呆気に取られながらも、カイルは答えた。


「これであの公爵との取り引きも終了だ」


「ああ、そういう設定だったな」


ストレンダーが笑う。


「設定・・・・・・だと?」


カイルが眉を上げた次の瞬間、執務室へと繋がるドアが勢いよく開いた。入ってきたのは、ストレンダーの影武者だというあの白いひげの男だった。


 影武者はシワが目立つくたびれた顔を真っ赤にさせ、ぎりぎりと歯を鳴らし、ストレンダーを見た。


「貴様・・・・・・貴様・・・・・・やってくれたな、ドウェイン!」


聞き慣れない名前が出て、カイルは顔をしかめた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ」


影武者が驚いた顔で、話に割り込んだカイルを見た。カイルがいたことにたった今気づいたようだ。


「お前は何者だ?お前もドウェインの仲間か?」


「ドウェ・・・・・・はぁ?こいつはストレンダーだろ?で、あんたはその影武者。俺たち仲間だって!」


カイルは影武者に負けないくらい顔を赤くして、身振り手振りで必死に訴える。


「何を言う!ストレンダーはこの私だ!この男はドウェイン公爵、いや、今や貴族から身を落とした忌まわしい空賊だ!」


影武者であるはずの男が、ストレンダーであるはずの男を指差し、唾を飛ばして叫んだ。


「ちょっ・・・・・・」


カイルは言葉を探しながら顎ひげの男、ストレンダー、いや、ドウェインを見る。ドウェインは壁に開いた穴ぎりぎりに立ち、まだ残っている壁にもたれていた。顔には相変わらず不敵な笑みを浮かべている。


「おいストレンダー・・・・・・じゃないのか?聞いてないぞ!」


カイルは共犯者に向かって叫んだ。


「そりゃそうだ、言ってないからな」


ドウェインは鼻を鳴らすと、〝本物の〟ストレンダーに向き直った。


「悪いが宝はいただくぜ。あんたと、後ろの守銭奴さんの取り引きを台無しにして申し訳ない」


急に名指しされ、ストレンダーの後ろに控えるララバマが体を震わせた。


「逃すと思うなコソ泥が!衛兵!」


ストレンダー卿の号令で、廊下に続くドアが開き、警備兵がなだれ込んできた。カイルは思わず、逃げるようにドウェインの側へ寄った。


「さあ、これでも逃げ仰るつもりか?ドウェイン」


ストレンダーが意地汚い笑みを浮かべる。彼の肩越しに見えるララバマも、口角を邪悪に引き上げていた。


 その時、執務室と廊下を繋ぐドアが開き、ララバマが振り返った。そこに立っていたのはララバマの部下のノリスだった。


「おいノリス!入ってくるなと言っただろ」


ノリスはそれには返事せず、執務室を横切り上司の元へ歩み寄った。


「違うんですララバマさん、さっき窓の外に信じられねぇものを見たんです。男が二人、壁をよじ登ってたんでさぁ」


ララバマはため息をつくと顔を両手で覆った。


「ノリス、今更言いにきても遅い。ほら、お前が見たのはこいつらだろう?」


ララバマが宝物の部屋を示し、ノリスが覗き込む。


「ああ、こいつらでさぁ!・・・・・・ありゃ?壁がなくなってらぁ」


「全く、お前というやつは・・・・・・呑気すぎるぞ、ノリス!」


ララバマは失望に似た声を上げた。


「ああ」


急にドウェインが言った。


「もう演技しなくていいぞ。次の作戦を実行する時だ、アーシャ」


ドウェインが話しかけている相手がノリスだと気づくのに、カイルは数秒かかった。


「あれ、そうなの?なーんだ」


その場にいたほぼ全員が目を見張った。ささくれた指、たるんだ頬のノリスの喉から、突然少女のような声が発せられたのだ。


「き、貴様・・・・・・貴様誰だ!」


そう叫ぶストレンダーと、動揺してわなわなと震えるララバマの横を素通りして、ノリスは宝物の部屋の中央へと躍り出た。そして次の瞬間、顔と首の境に手をやると、一思いに顔の皮を引っ張った。


 ベリベリ、という小気味いい音が響き、ノリスの皮膚、そして頭髪が一気に剥がれ落ちた。その奥に現れたのは、薄いピンクの髪をツインテールにした、大きな瞳の少女だった。


「なっ・・・・・・なっ・・・・・・」


ララバマは言葉にならない声を漏らし、その目は右往左往して定まっていない。


「あー、清々した。このおっさん演るのキツいんだよね、姿勢悪いから腰に来るし」


そう語る少女、アーシャをカイルは奇妙なものを見る目で凝視していた。


 首から上は確かにカイルと同じくらいの歳の少女なのだが、首から下はノリスのままで、体格、身長、身なり、何もかもが顔に不釣り合いで、まるでノリスが写った写真にアーシャの顔だけ貼り付けたような異様さだった。


「やれやれ、これも脱げるわけね」


アーシャはそう言うと、首から下の〝仮装〟を脱ぎ始めた。不思議なことに、ただ服を脱ぎ捨てただけで、体格、身長、佇まいまでが少女のものへと戻っていった。


 彼女は薄手の紺色のシャツに黒いホットパンツを履いている。腰にはベルトを巻いていて、そこに何やら工具のようなものをたくさんぶら下げている。


「こ、殺せ!全員殺せ!」


呆気に取られていたストレンダーがようやく我に返り、声を張り上げた。同じく呆気に取られていた護衛兵たちが銃剣を構える。


「アーシャ、頼む」


ドウェインが静かに言った。


 それを合図に、アーシャが軽々と天井近くまで飛び上がる。シャンデリアに掴まると、例のベルトから灰色の丸い玉を数個取り出し、床に向かって投げた。


「目を瞑って息を止めろ」


声がして、カイルはドウェインを見た。彼はいつのまにか、ゴーグルをつけターバンで口元を覆っている。


 と、軽い破裂音がした。振り返ると、先程の玉が絨毯の上で炸裂し、中から灰色の煙が激しく吹き出している。カイルは咄嗟に目を瞑り、息を止めた。


 暗闇の中、カイルの耳には男たちの呻き声が響いた。目がしみる、息ができない、鼻が痛い、そんな阿鼻叫喚の言葉を聞いていると、ふいに腕を引っ張られた。


 頬に強い風を受け、カイルが恐る恐る目を開けると、眼下にディグラダードの街が広がっていた。


 明るさに目が眩みながらも辺りを見回す。カイルはドウェインに抱き抱えられていた。彼の顔を見ると、ゴーグルは外し、ターバンは口元を離れ首に巻かれている。ドウェインは縄ばしごに掴まっている。カイルが視線を上げると、縄ばしごは飛行船の甲板にくくり付けられている。甲板からは、長い艶のある黒髪を風になびかせた、涼しげな印象の女性がこちらを見下ろしていた。視線を下にやると、数分前までノリスだった少女が縄ばしごに掴まっているのが見えた。


「ドウェイン!これで終わりだと思うな!」


風音に混じって怒号が聞こえ、カイルは振り返った。宮殿にぽっかり開いた長方形の穴から灰色の煙がもくもくと立ち昇り、その奥から現れたストレンダー卿が拳を振り上げていた。目は充血して真っ赤だ。


「・・・・・・あの煙、何を混ぜてたんだ」


カイルが独り言を呟く。


「唐辛子、あとは秘密」


声がした方を見上げると、ドウェインが微かに笑みを浮かべていた。その目は真っ直ぐ、船の進む先を見ていた。


 はしごを登った三人は、甲板へと辿り着いた。初めドウェインに抱き抱えられていたカイルは、助けはいらないと言ってすぐに離れ、自力ではしごを登った。


 ドウェインに続いて甲板へ上がろうとすると、柵の向こうから先程の女性が腕を伸ばしてきた。手を取ると、細身からは想像できない力で引っ張り上げてくれた。手がすごく冷たい、突然の怪力に驚きながらもカイルはそう思った。


「ありがとうフライ、いいタイミングだった」


女性に向かってドウェインが言った。彼女は無言で頷く。


 前髪を全て後ろに流して一つ結びにしているフライは、皺ひとつない額の下で整えられた眉をぴくりともさせず、とても涼やかな目をしている。閉じられた薄い唇からは感情が読み取れない。


 ふいに彼女が歩み出して縄ばしごの方に手を伸ばした。そのタイミングでアーシャが顔を出す。


「ありがと」


アーシャはそう言うと、差し出されたフライの手を取った。


「あんたら空賊なのか?」


全員が揃ったところで、カイルが口を開いた。


「まあ好きに呼べ」


ドウェインがターバンを首から解きながら言った。


「で、あんたはストレンダーじゃない?」


「ああ」


ドウェインは首を鳴らしながら答えた。


「俺を騙したのか?」


「おかげで大儲けだ、ありがとよ」


「冗談じゃない!」


カイルが声を荒げ、全員の視線が彼に向く。


「俺は家族を人質に取られてるんだ!あの公爵に宝を持っていかないと、親父が・・・・・・マルタが・・・・・・」


「ああ、ダフリン公爵か?それなら心配ない。ダフリンならここにいるからな」


そう言うと、ドウェインはアーシャを指差した。


「えっ?」


アーシャは咳払いすると、口を開く。


「私はダフリン公爵、当然、聞いたことがあるだろう?」


カイルは腰が抜けそうになった。アーシャの声は、一週間前に聞いたダフリン公爵そのものだったのだ。


「じゃ・・・・・・じゃあ・・・・・・あの公爵もあんたの変装だったのか?」


「まあね」


アーシャが得意げにウィンクした。


「でも俺は見た、親父が・・・・・・グランが捕まって血だらけに・・・・・・」


「ああ、あれはただの血のりだよ」


ドウェインがあっけらかんと言った。


「あのおっさんにはちょっと眠ってもらっただけさ、薬を盛ってな」


 そこでカイルはある事実に思い至る。


「ちょと待ってくれ、じゃあ全部嘘ってことか?初めから、何もかも!」


「おい今気づいたのか?」


ドウェインが信じられないといった顔を浮かべる。背後からアーシャの吹き出す声が聞こえた。


「あんた本当おめでたいね」


アーシャがカイルの肩を叩いた。見ると、満足げな顔で何やら辛そうな色の菓子を頬張っている。


「まあなんせ、あんたのお仲間は無事ってことだ。安心しな」


ドウェインが言った。


「じゃあとっとと降ろせよ。もう俺に用はないだろ」


カイルが噛みつくように言う。


「それはどうかな」


「どういう意味だよ」


「ストレンダー・・・・・・ああ、本物の方な。あの白髪の爺さんだよ。あいつは今、怒り狂ってる。俺と、それからあんたに」


ドウェインはカイルを指差した。


「要はあんたも今やお尋ね者だ。もしお仲間のところへ戻ったら迷惑がかかるんじゃないか?大罪人を匿うことになるわけだからな」


「・・・・・・初めからこうなるってわかってたんだろ。何が目的だ」


「実は、うちにはスリが得意なやつがいない。ところがだ」


ドウェインはそこで言葉を切ると、カイルの周りをゆっくりと歩き回り始めた。


「次の仕事にはどうしてもスリができるやつが要る。しかも簡単じゃあない、失敗すれば計画が全部パァだ」


「だから俺が必要ってことか」


カイルは、歩き回る空賊を目だけで追う。


「残念だったな。俺はお前らなんかに手は貸さない。大体、協力したところで家に帰れないことに変わりないだろ。だったら尚更、手を貸す意味はないね」


カイルは当てつけのように笑みを浮かべた。


「いや、あんたは手を貸す」


「はぁ?」


予想外の言葉にカイルは声が裏返った。


「いいか、あんたは顔を見られてるが、素性まではバレてない。一方、俺たちは今日までにあんたのことを徹底的に調べ尽くしてある」


「・・・・・・何が言いたい?」


「もしあんたが俺たちの仕事に協力してくれたら、家に帰れるよう力を貸そう。でももし拒むなら・・・・・・宮殿にこんな垂れ込みが入るかもな。空賊と一緒にいたのは貧民街のスリ常習犯で、そいつの育ての親の名前はグラ・・・・・・」


「わかった!もういい!」


カイルが叫び、ドウェインが黙る。


「まんまとやられたよ・・・・・・この悪党が」


「まあ好きに呼べ」


ドウェインは不敵な笑みを浮かべた。

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