第一章 スリと空賊 ③
「ストレンダー卿はおられますか?」
宮殿の二階で、ララバマが領主の秘書官に尋ねた。
「はい、ただいま執務室におられます。お約束されていた、骨董商のララバマ様ですね」
秘書官は細い眉をぴくりともさせず、よく通る声で言った。
「はい、左様でございます」
ララバマは街の入り口で見せた通行証を手渡しながら答えた。
秘書官は通行証を念入りに確認すると、少し待つよう言って扉の向こうに消えた。
「さすがララバマさん、街に来ていきなり領主様に会えるなんて」
ノリスが尊敬の眼差しで隣の上司を見つめる。
「まあ、全ては根回し、下準備だよ」
ララバマは落ち着いた態度でそう言ったが、その顔には得意げな笑みが滲んでいた。
しばらくして、秘書官が戻ってきた。
「それでは、応接室へご案内します。ストレンダー卿はすでにお待ちです」
「それはそれは、ありがたいことです」
ララバマがうやうやしく言って、歩き出す。
「ああ、お前はここで待て」
ララバマは振り返ると、後に続こうとしていたノリスに言った。
「ストレンダー卿は小規模な商談をご希望だ。いいな?」
ノリスは不満げだったが、何も言わず頷いた。
「影武者?」
宮殿への道を歩きながら、カイルが聞いた。太陽が頭の真上でギラギラと輝いている。
「ああ、今あの宮殿には俺の影武者を置いてる。王都から骨董商が商談に来ることになってるからな」
ストレンダーは綺麗に整えられた顎ひげを掻いた。
「まだ質問に答えてもらってない」
カイルが言った。
「あんたはなんで自分の宮殿に盗みに入るんだ?」
「自分の宮殿?」
ストレンダーは笑った。
「全部国王のものだよ。あの宮殿も、もちろん宝も、俺のものなんて何一つないんだよ」
「それが不満だから、盗むのか?あのクズと組んで」
「クズっていうのはダフリン公爵のことか?確かにクズだが、金はあるし頭もキレる。それで充分さ」
カイルはしばらく黙っていた。
「もしかして、国王に不満があるのか?」
カイルの問いかけに、ストレンダーは前を向いたまま、表情を変えず答える。
「むしろあの王に心から従ってる人間なんて、この国にいるのかね」
「俺は王がどんなやつか知らないから・・・・・・なんとも言えないな」
カイルが呟いた。
ストレンダーは驚いた顔でカイルを見た。
「嘘だろ、国王を知らないのか?」
「悪かったな、世間知らずで。俺は今日を生き残ることしか考えてないんだよ」
ストレンダーはしばらくカイルを見つめていたが、やがて息を吐くと前を向いた。
「いや、世間知らずは俺の方だ。悪かったな」
ストレンダーはそれきり喋らなくなった。カイルも黙って歩みを進めた。
宮殿の近くまで来ると、カイルは警備兵のあまりの多さに怯んだ。
「大丈夫、奴らと一戦交える、なんてことにはならんよ」
カイルの気持ちを見透かしたように、ストレンダーが言った。
「どういう作戦かまだ聞いてない」
カイルが疑うような視線を向ける。
「簡単な話だよ」
ストレンダーはそう言うと、手に持ったロープを見せた。先に鉤爪がくくりつけられた、あのロープだ。
「これを窓枠に引っ掛けて壁を登る」
「はあ?」
カイルは思わず声が裏返っていた。
「まあ聞け」
ストレンダーが制するように手のひらを向ける。
「ここの警備は厳重で、二十四時間体制だ。しかも、東西南北全ての方角に警備兵が立ってる。だが、警備兵は四時間おきに持ち場を交代するんだ」
それがどうした、と思いつつもカイルは頷く。
「交代の時、警備兵はわざわざ南の正面玄関まで来て『交代の儀式』を行う。警備を終える方の兵士と、これから警備に向かう兵士が、銃剣を交差させて天に向ける、っていうカッコつけたやつさ」
ストレンダーが鼻を鳴らした。
「伝統という名の無意味な儀式のおかげで、その間、正面玄関以外の北、西、東の壁は無防備になる。ありがたい話だねぇ」
「じゃあ、その交代の儀式をやってる間に、壁を登って忍び込むってことか?」
「そういうことだ。ちょうどこれから西の壁の警備兵が交代になる時間だ。だから俺たちは今、西の壁を目指して歩いてるわけさ」
「ちょっと待ってくれ」
カイルが口を挟む。
「警備の目がないのはわかった。でも、宮殿の壁を人間が二人よじ登ってたら、誰か気づくだろ。街の奴らとか」
ストレンダーはくくく、と笑う。
「誰も見ちゃいないよ」
「えっ?」
「周りを見てみろ。この街に来る奴らは、金のことしか考えてない。目の前の取り引き、目の前の利益。そんな連中は誰も宮殿になんて興味はない。この街を支配してるのは金だ。領主じゃない。この街は欲に侵されてるのさ」
ストレンダーの言葉を聞きながら、カイルは通りを行き交う人々を見ていた。唾を飛ばしながら安物の皿を売りつける男、豊満な胸元に釘付けになる客から財布を抜き取る踊り子、集団で大人を取り囲み金をせがむ子どもたち。ストレンダーの言う通りだった。
「わかった、あんたの作戦に乗るよ」
カイルは、故郷への落胆を感じながら虚しく言った。




