62話 ガンギマリ梁山泊
はい、皆様おはこんばんちわ。
朝晩の冷え込みが厳しくなってきた今日この頃、皆様はいかがお過ごしでしょうか。ルシウスです。
早いもので季節は12月、ローマは絶賛農神祭の季節となっております。
もちろん、昼間から俺も黄色い円錐帽子とオレンジ色の厚手のトゥニカを着込んでいる。
何故かって?
それはね……。
「少年ルシウス殿よ!|多尿で体が痩せ細る奇病《糖尿病》の患者の傾向を調査したところ、一定収入以上に偏る傾向が見られたのだが、これはこの奇病が立場によってもたらされるものではないかと思うのだが、農神祭などで貧乏人に擬態することは治療にならないだろうか!?」
「軍から高山地帯で水銀温度計が指し示す沸点と実際の水の沸騰温度に差が出る出るという報告があるんだが、これについて何かわかることはあるか友ルシウスよ!」
「ルシウス、様!殿?法人税の骨子にあるこの益金不算入と損金不算入の概念とはどのようなことなのだ!?特に固定資産評価益とはなぜ必要なのかが全然わからんのだが詳しく教えてくれ!あと計算が面倒だと財務官から悲鳴が上がってるんだがなんとかならんか」
「えぇい、うるっさいんだわ!!このガンギマリ共が!!!」
三方向から同時に飛んでくる質問にキレ散らかす俺。
そうだね、農神祭の期間だけでもこのガンギマリ共をぞんざいに扱って休憩するためだね!
俺が罵った目の前にいる3人のおっさんは、それぞれディオスグレコス、大プリニウス、ドミティアヌス。
この3人により、避暑期間後のわずか3か月間で俺の家は目の血走ったおっさんだらけのガンギマリ梁山泊のような様相を呈する魔窟に成り果てていた。
ちなみに声がやかましいのはこの3人のおっさんだけだが、奥の講堂(元、中庭)には数十人の目を血走らせた軍人や財務官が俺がこの3人にぶん投げる蝋版を今か今かと待ちわびている。
「なんでこんなことになってしまったんだ……」
俺は頭を抱えながら、ここ3か月のことを振り返ってみる。
夏の避暑が終わり、噴火が今年でなかったことに安堵する暇もなく、何故かいつのまにやらプッさんだけでなくディオスグレコス様やドミティアヌス殿下までが俺の家に入り浸るようになり……。
それに引き寄せられるように軍人や財務官がなぜか集まりだし……。
11月も終わりのころには俺の知らぬ間に2つある中庭の広い方が改装され、タイル張りの床と天幕が設置されて大講堂のようになり……。
農神祭の直前には、この状況、完成。
どうして……。
いや、思い返しても、どうしてこうなったのか全然わかんないんですけど?
「多尿の件は疑似相関!右の棚に簡単な説明の蝋版あるから勝手にもってけ!」
「む?……こ、これか?」
「それ!次、高山はこの前教えた気圧の件と同じ!豚の膀胱しばって持ってけばわかるからやれば!?」
「なるほど!」
「損金益金はついこないだデキムスに教えたばっかだからそっちいけ!計算はローマ数字なんて捨てちまえ!時代はインド数字で位取り記数法!はいこれ教材の蝋版!」
「お、おう?」
とりあえず適当にそれぞれの質問を投げ返し、あらかじめ準備していた蝋版をぶん投げ、執務室からガンギマリ3人を蹴り出す。
3人とも農神祭のノリと思っているのか、俺の勢いに押されつつも、「農神祭のルシウスも新鮮で良いな!」とでも言いたげな、どこか暑苦しい満足顔を向け合いながら、大講堂のほうに去って行った。
今回は秋口から書き溜め始めた蝋版をそのままぶん投げられる質問だからよかったものの、最近は議題をちぎっては投げで1日が終わることも多い。
そしておそらくこの流れは、ひどくなることはあれど、多分マシになることはない気がしてきている。
ぞんざいに扱える農神祭中に、何か対策を考えないと身動きが取れなくなる日も近い。
「いや、マジどうすっかな」
「あのぅ……」
「うん?」
頭を抱える俺に、後ろから俺よりも幼い男の子の声がする。
振り向くと、そこには俺と同じように三角帽子と紫色のトゥニカを着た男の子。
歳は確か5歳くらい。
「おとうさまがごめんなさい。カモミール、いります?」
「あー……」
頭を下げながら俺に給仕をしようとティーポットを持ち上げてくるのは、ドミティアヌス殿下の息子、ティトゥス・フラウィウス・コルブロ様……君。農神祭の最中だし君でいいや。
「ありがとうコルブロ君……もらおうかな」
「どうぞ?」
「……ふぅ、ひと息ついた」
注がれたカモミールティーから立ち上がる香りに、ささくれ立った心が落ち着く。
というか、彼から放たれる常識人オーラに癒されている俺がいる。
……いや、夏以降この屋敷出入りするようになった人の中で、最年少のコルブロ君が一番まともってどういうことよ?
「あったぞ!コーヒー豆とやらが!」
そんなことを考えていると、数分もせずに即キャンセルされるまったり空間。
はいガンギマリ追加オーダー入りましたー!
「ただ焙煎するだけでも『さらさらしんっ』とするこの香り!どう活用しようか!今から楽しみでならんぞ、そういえば次に戻ったときは溶媒抽出法とやらを教えてくれるということだったな!今すぐ教えてくれないか!?」
目を爛々と輝かせてこちらに迫るコスムス。
……めんどくせえ、お嬢様に押し付けよう。
休憩を続けたい俺は、即座にお嬢様を売り渡す決断をする。
「中庭の方でルクレティアが調香してるからそっちに聞いてくんない?」
「ん?抽出法もわかるのか!?」
「最近教えたから多分いける」
「なるほど!把握した!ルクレティア嬢!!!!!」
ずんずんと鼻息荒く中庭に凸って行くコスムス。
「――――!?――――――!?!?」
そして数秒後に聞こえる、ルクレティアお嬢様の悲鳴。
そんな様子を遠い目で見る俺に、コルブロ君はつぶやいた。
「あの、ルシウスさま……こう、なんと言いますか、もうちょっとこう、人の心とか」
コルブロ君の至極真っ当な突っ込みに、俺はすっと目を逸らした。
ティトゥス・フラウィウス・コルブロ:
ドミティアヌスの息子。史実人物ではあるが、名前は分かっていない。
73年にドミティア・ロンギナとの間に生まれたとされる。
時期としては二人の結婚により軍からの支持を得られ、フラウィウス朝の安定化の一助になっていた時期。
そのような場合、母方のルーツを含む名前を入れられていることが当時は多かったので、本作では『母ドミティアの父であり名将コルブロ将軍の名前を名に取り入れ、軍にアピールをした』という設定でこの名前を創作しています。




