39話 ダルがらみ宴会
「これがワインの酒としての純粋な部分だというのか?いや、確かに微かなブドウの香りと酒独自の刺激がものすごく強いが……」
「ポンペイの南でとれるシュワシュワする水とシトロン果汁、そして麦の蜜で味を調えて飲むとすごく飲みやすいですよ」
「ふむ……いただこう。……確かにこれはいいな。……それでルシウスよ。お前が述べた、ワインから純粋なものを抽出するとはどのような方法で――」
俺が差し出した21世紀日本でいうところのストロング系飲料もどきを一口、二口とゴクゴク飲んでいく宴の主賓。
つかみは上々といったところか。
先ほどのクピードーごっこ(フェリクスのおっちゃんがマルクス様が来る前に俺のことを「お前はクピードーか」と呟いたので、その時にクピードーについて聞きだしたのが役に立った)は彼の心をがっちりつかんだらしく、そのまま怒涛の質問ラッシュを受けている。
その質問に一つ一つ答えつつ、目の前の人物を見据える。
目の前にいるのは、大プリニウス。
ガイウス・プリニウス・セクンドゥス。
プリニー式噴火の語源となった御仁であり、特にローマ史に興味のなかった俺も、火砕流特集動画で少し名前を出したので、噴火の時にポンペイめがけて凸ったキチ……現場肌の御仁なのは知っている。
あとは確か世界で初めての横断的な百科事典を作った人物。
所謂この時代の知の巨人と思って差し支えないと思う。
急にPOPしてきたときはびっくりしたわ。
もうポンペイ近辺の都市にいたんだこの人。
まあレアキャラがPOPしちまったものはしょうがない。
せっかくなのでチャートに入れて時短を行ってしまおう。
そんなわけで、ポンペイ脱出RTAのタイム短縮のために、急遽チャートを変更してため込んだ現状お出しできる知識チートを解放することにした。
目指す着地点は『こいつまだ知識持ってるな?よっしローマ行き、サポートしてやるか』的な感じに持っていくこと。
そして俺がローマに行ければ、同時にルクレティアお嬢様を夏の間ローマやその近郊に呼び寄せる大義名分が立つ。
マルクス様は中央政界に興味がおありになるようだしね。
そして大プリニウスが食いつくレベルの知識は、ちょっとやそっとの知識ではダメだ。
一発屋と思われては意味がないのだ。
そんなわけでマルクス様の許可もあることだし、自重する理由はもうないよね。
はい、そんなわけで視聴者 (だれ?)の皆さんにご紹介!
今日のチートはこちら!
まず一の矢としてストロング酎ハイ!
なんとフェリクスのおっちゃんがポンペイ近くの天然炭酸水を取り寄せてセルフ開発してた。スゴイ!そんな泉あるんか。
没収してシトロン果汁と麦の蜜で味を調えてお出しする!
現在一話題につき杯半分くらいプッさんがごくごく飲んでおります。
……大丈夫?それ結構アルコール度数高いよ? 7~9%くらいはあるんじゃない?
次に二の矢として食事!
『茶碗蒸し』『マヨネーズパンピザ』『クレープシュゼット!!』
ちなみに毒見代わりに俺も食べれるぞ! ヒャッホイ!!
茶碗蒸しは沸騰しないぎりぎりの火加減が重要。
マヨネーズは気合で混ぜ続ければ何とかなる。なおサルモネラ菌が怖いので加熱料理であるピザにした。
クレープシュゼットは最後にフランベするだけなので一番簡単。
ドラコのおっちゃんが俺の説明を元にした突貫工事で涙目になりながら作ってくれたぞ。
マヨネーズパンピザはマヨネーズ、つまり乳化の説明ができるし、クレープシュゼットは酒に火をつける演出ができるぞ!
でもよく考えたらクレープシュゼットは初手でクピードーごっこしたのでいらなかったかも。まあいいや。
茶碗蒸し?うーん。久々に食べたくなったので。
最後に三の矢として余興!
最初はアルコールを使った炎色反応やバラを使ったpH指示薬の説明にしようと思ったが、前者は理屈の抽象化が難しいのでボツ、後者は品質管理の肝なのでボツ。
普通に水あめ工房からガリレオ温度計を持ってきて見せることにした。
そんな感じの一の矢、二の矢、三の矢、を次々放つこと数時間。
「なるほど!つまりは私が今まで知っていた石鹸というのは、いわば料理で言うところの竈の女神ウェスタから火を得て初めて作った料理のようなもので、人の力により高められたものが友ルシウスがつくったこの石鹸ということなのか!」
「えぇ、初めから料理の上手な料理人がいないように、人が作るものも時と共に高まっていくものかと」
「合点がいったぞ!ということは名料理人が作る料理のように、油が固まるギリギリの量で作った石鹸であれば、先ほどの水になじむ作用と油になじむ作用の両方が現れ、それ故に水に溶ける汚れと油に溶ける汚れの両方がこの泡に混ざりあい、それにより人の身体がきれいになるということか!そしてそこから少しでも外れてしまうと、油が多い場合は私が知るの石鹸のように固まった油のようになってしまったり、逆の場合は尿の洗剤を使う洗濯職人のように肌が荒れてしまったりするのだな。うむ、これは石鹸の項目の改定が必要だな」
「お役に立てて何よりです」
「では次にだな――」
始まりからほぼそうなりかけていたのだが、プッさんはマルクス様やウンブリキウス様をガン無視してひたすら様々な果汁で作るストロング酎ハイを口にしながら俺に質問を飛ばし、それに俺がひたすら答えるという酒カスのダルがらみ宴会と化していた。
既にだいぶ酔いが回っているのかマルクス様とウンブリキウス様がいるのにもかかわらずなんか俺を友認定しだしている。ええんか……。
流石プッさん。我が道を行くな人だ。
そしてプッさん、ついでにお前も食えとばかりに机のごちそうを突き出してくるのでおこぼれが増えて超うれしい。
ルクレティウス家の威信をかけた宴だけあり、俺がレシピぶん投げたチート料理以外にも、『生うにのガルムかけ』とかの現代日本人基準でもマジで美味そうな高級魚介料理が並んでるのだ。ちなみに『フラミンゴの丸焼き』とかの謎肉料理も並んでいる。
役得役得。
現在、話題は水とエタノールの沸点の違いから、余興で出したガリレオ温度計の理屈である温度による密度変化、石鹸の界面活性作用の説明が終わり次の質問に移ろうとしている。
その間にもこまごまとした質問、例えばマヨネーズの作り方から脱線して水と油が混ざる条件などの話や、製塩の話なども。
そんなあちこちに話題が飛ぶダルがらみ酒カス学会。
そんな中で、なぜか途中からプッさんが一点だけ繰り返し執拗に食いついてくる話題があった。
「……して、友ルシウス。先ほどの麦の蜜の整腸作用についてもう一度聞きたい。ここでいう整腸作用とは……つまり、溜まった悪い物質を排出させる効果という意味でいいのか?」
「ええ、まあ。そういうものや便秘、または下痢への効能ですね」
「なんと!!」
「ですが、多少の整腸効果はありますが、それほど強いものではないですよ?」
確かに幼児向けの整腸剤として21世紀日本でも麦芽水あめは現役だが、あくまで整腸能力の弱い人向けの弱い効能だ。
「いや、それでも聞きたいのだ!それは極めて重要な知見だぞ!具体的に、どの程度の量を、どのタイミングで摂取すれば、最も効率的に腸が整うというのだ!?」
……なんでそんなに、そこに食いつくの?
プッさんの勢いに、俺はちょっと引き気味になる。
何? 奥さんが便秘なの?
プッさんも恐妻家なの?
「うーん……狙いたい効果効能によりますね……閣下が興味があるのは、便秘ですか?それとも下痢?」
「………………下痢の方だ」
何故か俺の質問に一瞬答えを躊躇し、返答するプッさん。
奥さん下痢なのバレるとやばいとか?
しかし、下痢かぁ……。
「下痢だと脱水などが心配になりますね……その場合は、麦の蜜による整腸作用そのものというよりも脱水への対策の方が先かと存じます。具体的には、塩と麦の蜜を特定の比率で混ぜたものを常飲することによって改善ができる可能性が――」
「ひどい下痢による脱水へ対応できる飲料!?……素晴らしい、その配合比率を教えてくれ!今すぐだ!!」
身を乗り出しすぎて、プッさんのトガにテーブルの上のマヨネーズ料理がべったりついている。
そんなことを一切気にせず俺の肩をガクガクと揺らすプッさん。
だいぶ酒回ってない?
外を見るともうどっぷりと夜。
俺とプッさんが話し込んでる反対の座席では、マルクス様とウンブリキウス様が無言で黙々と照り焼きチキンマヨピザを口にしながらこちらを凝視している。
まあ宴が始まってからずっと完全に蚊帳の外状態だったもんね……。
「友ルシウスよ、どうしたのだ?私の疑問はまだまだ――っと、もう日も沈んでしまったようだな。書記よ、今の時間はわかるか?」
そんな様子を見ている俺を見るプッさんもだいぶ時間がたっていたことに気づいたらしい。
何人か随行していた書記さんに時刻を確認する。
「はっ、先ほど広場の水時計を確認してきたところ、夜の第2時となっております」
「そうか……さすがにそろそろ話も切り上げなければならぬ時間の様だな」
そう言いながら満足そうに最後のストロング酎ハイをキめるプッさん。
やっぱりハマってないそれ?
……偉人を酒カスにしてしまったかもしれない。
「ではわが友ルシウスよ。ミセヌムに帰ろうではないか。まだまだ聞きたいことが山ほどあるのだ!」
そして、なんかナチュラルに俺を連れ帰ろうとするプッさん。
……ちょっと気に入られすぎたかもしれない。
ローマに行きたいから同行ルートはちょっと勘弁してほしいんだけど。
どうすっかな。やばいかも?
Q:プリニウスって奥さんいたの?
A:生涯独身だよ。




