25話 ガリレオ温度計
ワイン農場への小旅行から3日後、工房の稼働開始まで残り1週間少しとなった。
農神祭でホットカクテルを飲みそびれたフェリクスのおっちゃんがホットカクテルを飲ませてくれと縋り付いてくるのをレシピを蝋版にかぎ殴って振り払い、そのままデキムスさんが待つパン工房を居ぬきして作る準備中の麦の蜜 工房……には向かわずに裏口に届いているガラス製品を確認する。
届いているのは円柱状の背高ガラス鍋4つ、鍋のガラス製蓋が4つ、そして現代のジャム瓶くらいの大きさの空気が密封された赤と青のガラス容器がそれぞれ2つ。
この前ルシアにプレゼントしたブレスレットを作っていたアッキウスのガラス工房に、デキムスさん経由で超特急で作って貰ったガラス部品だ。
はいそれでは皆さんに問題です!
工房設立までの期間はほとんど残されていません!
新しく買った奴隷は4人、恋仲の男女ペアなので女性側を人質に取りつつそこそこいい待遇にすれば管理は簡単!
だがブリタニア出身で言葉もまだほとんど通じず、しかも女二人はどっちも足が不自由と来た!
工房の確定が12月中旬だったので設備の改修はほとんどできておらず、特に主な中間製品である麦粥の製造量を大幅に増やすための釜の改造は年明け以降!!
さてこの状態でどうやって年内の試験稼働と年明けの安定稼働にこぎつける?
そうだね!工程の単純化と属人化の排除だね!
そのために必要なのは温度管理をできる道具。
というわけで今日はガリレオ温度計を作っていこうとぉー思いますっ!
誰も聞いていない脳内解説で記憶を思い出し、部品をもっていつもの裏庭に向かう。
ガリレオ温度計は物体の浮力を利用して温度を計測する温度計だ。
一定の温度以上になるとガラス瓶の中のガラス玉が下に落ちるアレ。
ガリレオ温度計は極論、液体と浮かべるものがあれば作れるので古代ローマで再現できる数少ない温度計だ。
構造的にも円筒形の鍋と蓋、それと空気を密封した容器があればよいのでガラス職人も作りやすい!
本当は空気温度計が一番構造や耐久性を考えるとベストなのだが、ガラス工房との試行錯誤が必要なので今回は除外。
そんなわけでチキチキ作っていくことにする。
「まずはガラス鍋にワイン農場から送られてきたヘッドを満たして、と」
ワイン壺からガラス鍋に高純度アルコールであるヘッドを注ぐ。
ツンとしたアルコール臭がふわっと匂ってきた。
今回は火を使わないので室内でもよいと言えばよいのだが、まだ子供の身体にアルコール、それもメチルアルコールを密室で吸引するのは危ない気がしたので屋外作業である。
そして台所から熱いお湯入りの大なべをドラコさんに運んできてもらい、脇に置く。
温度は水あめつくりで麦芽を投入する温度より少し高め。
そしてこの鍋に先ほど高純度アルコールを入れたガラス鍋を入れ、ガラス蓋で蓋をする。
温度差で数分で60度前後になるはずだ。
この温度を少し下げる前に温度計の準備をする。
先ほどの空気が密封されたガラス容器に鉛製の針金を巻き付け重りを巻き付けられるようにする。
ちなみに重りも鉛の板を細かく切ったものだ。
そして密封容器に重しをつける準備ができたらアルコールの温度を測る。
何本か用意した蜜ろうをアルコールに入れ、蜜ろうが溶けるか溶けないかくらいの温度になったらそれは60度前後、つまり糖化ラインだ。
急いで鍋を灰で囲み、温度低下を抑える。アルコールに浮かぶ蜜ろうの回収も忘れずに。
じゃあここからが本番。ガラス鍋に満たされたアルコールに空気が密封された赤いガラス容器を浮かべ、浮かんだら重りを追加していく。
最初は大胆に、そして容器が沈んだら重り減らして微調整をしていく。
最後はデナリウス銀貨の8分の1くらい大きさの鉛の重りで微調整をし、容器を木の枝を使って沈め、枝を容器からはなすと数秒かけてゆっくり浮いてくる状態になれば調整完了。
これで容器が60度で沈む重さになった。
これで60度を超えると沈み、下回ると浮かぶガリレオ温度計が完成だ。
本当はこの温度計に50度で沈む容器も入れたいのだが、そうすると作業時間的に精度が低下するレベルでアルコールが揮発してしまうので今回は1つの温度のみ計測できる温度計で我慢する。
しかしこのままだとガンガンとエタノールは揮発して翌日には精度がボロボロになるので軽度な密封を行う
使うのはガラス蓋と、瀝青――天然アスファルト。
これは50度くらいで柔らかくなり始めるのだが、融点は100度を超えているため、密封にちょうどいいしメンテナンスもしやすい。
蓋と鍋の隙間に瀝青を押し込み密閉する。
これで1週間はアルコール度数の低下は最低限に抑えられるはずだ。
逆に言うと1週間以上たつと精度低下が目立ってくるのだが、まあメンテナンス頻度としては許容範囲だと思う。
「よし、完成!」
これでガリレオ温度計が1台完成した。
もう3台も数日後に追加のヘッドが届けば作ることができる。
3台の内1台は60度温度計、2台は50度温度計にする予定だ。
なお、50度の基準点は羊脂が溶け出す温度を利用する。
「じゃあそろそろデキムスさんの工房に行ってあげますか」
きっと涙目になっているに違いないデキムスさんを想像しながら、俺は出来上がったばかりのガリレオ温度計をもってデキムスさんの工房に向かうことにした。




