16話 宴もリバーシ
11月も最後の週が今日で終わる。
そんな季節が本格的に冬、気温が肌寒いと感じるレベルに下がってくる今日この頃。
「見てルシウス!このお茶会の催促に来た『お友達』のリストを!みんなリバーシで遊びたくてお茶会の催促がひっきりなしよ!もう、本当に困っちゃうわ~~♪」
ウンブリキア・テルティア様の昼食会に母子揃って参加してから一夜明けたルクレティウス邸では、ルクレティアお嬢様が机に積みあがる蝋板と――そこに書き連ねられたポンペイ有力者子女のリストを前に、口では困ると言いつつも隠す気もないドヤ顔でご満悦だった。
なんなら鼻歌まで聞こえてきそうな勢いである。
ここに記載しているリストはルクレティアお嬢様に対してお茶会の催促の使いを出してきた方々のリストだ。
あのお茶会に招待された選び抜かれた令嬢と奥方様だけではなく、普段お茶会に入れ替わりで招待されている方々の大半がこのリストに載っている。
それだけウンブリキウス家でお披露目をしたリバーシに対する反応は劇的だった。
――俺は昨日の昼食会を思い出す。
会場となったウンブリキウス邸は、さすが町有数の富豪だけあって嫉妬心すら浮かばないほどに豪華だった。
そしてそれは昼食会に出される食材も同じ。
俺たち主人に随行してきた召使や侍女の奴隷は主人の側に控える者以外は柱の裏などに分散して待機だったが、すれ違うウンブリキウス家の奴隷たちが運ぶ食材を見るだけでその規格外っぷりが伝わってきた。
前世の記憶をたどっても明らかに大きいウニやロブスター。
ウナギなんかはその場でさばくらしく、水瓶に入れられた活けの状態で一度招待者に見せられたうえで調理され再度テーブルに上がる。
そして、それらへの味付けには町最大のガルム製造業者らしくガルムがふんだんに使われ、控える俺たちの鼻を香ばしいガルムと胡椒の香りが刺激する。
令嬢やその母親たちの集まりということもあり一皿ごとの量は控えめだが、その分『質』に全振りしたメニュー。
ガルム成金と揶揄されることもあるウンブリキウス家だがそれ故にガルムの扱いについては超一流。
その圧倒的な財力を見せつけられ、参加したお嬢様たちは食事中はずっと豪華な食材への賛美が飛び交っていた。
(いいなぁ……俺もデキムスさんを成長させたらあんな食事を毎食取りたい)
そんな将来を見ながら随伴奴隷用に用意されたいつもどおりのパンをかじる俺。
なんか焼き肉屋の煙で白米を食べてる貧乏芸人みたいな気分になる。
そして食事もあらかた取り終わり、メインが雑談に移行しようとした頃。
我が主、ルクレティアお嬢様が勝負を仕掛けた。
「それにしても素晴らしいお食事でしたわテルティア様……。さすがはポンペイ一のガルム製造者」
「そう言っていただけると嬉しいわルクレティア様、これでいつも招待いただいているお礼はできたかしら」
「もちろん!……それでねテルティア様。私もただ招待されるだけだと申し訳ないから、新しいおもしろい遊びを持ってきたの。よろしければ一回一緒に遊ばない?」
「もちろん!どんな遊びなの?」
「それは見てのお楽しみ。ルシウス――」
お嬢様の合図を見て、俺は柱の陰から出て盤と盤の上に載せられた駒入りの箱を持ち、ルクレティアお嬢様の前に歩み出る。
俺と入れ替わるようにウンブリキウス家の奴隷によってテーブルに置かれた豪華な皿が片づけられる。
その皿に代わり、俺は恭しく木製のリバーシセットをテーブルの中央に据えた。
「まずルールを説明するわね?この駒は表が白、裏が黒になっていて――」
一通りの説明を終えた後、早速テルティア様との勝負をするルクレティアお嬢様。
そこからは、まさに無双。
「えっ、ちょっと待って!?私の駒が一気に黒くなっちゃったわ!」
角を取られて一気に逆転されて驚くテルティア様。
あらかじめ俺との対戦で習得した定石を元に容赦なくテルティア様をボコボコにするルクレティアお嬢様。
そして数分と経たないうちに対戦は終わり、盤面のほとんどはルクレティアお嬢様が選択した色――黒色に塗りつぶされた。
「途中までは私の色の方が多かったのに、一気に逆転されちゃったわ……」
「テルティア様、どうでしたか?この新しい遊び――リバーシは」
「最高よルクレティア様!」
「そ、そう?」
負けて悔しがるかと思いきやテルティア様はそのままドはまり。
多少は嫌な顔をすると思っていたルクレティアお嬢様は肩透かしを食らった顔を一瞬したが、すぐにドヤ顔に変化する。
「もう一回!」
「私ばかりお相手するのは忍びないですし、他にやってみたい方はいらっしゃる?」
ルクレティアお嬢様は自分が勝って満足するよりもこのリバーシが面白いというのをほかの客にも見せることを優先したようであっさりと退く。
「あ、じゃあ私やってみたい!!」
すぐさまルクレティアお嬢様とテルティア様を囲んでいた令嬢のひとりが名乗りを上げた。
そこからは昼食会は大リバーシ大会に変貌。
1回の対戦時間が短く済むこともあり、代わる代わる対戦が行われどんどん前のめりになっていくご令嬢方。
その熱狂は令嬢たちだけに留まらず、同席していた奥様方にも着火。
『これは素晴らしいわね。頭の体操になりますわ』
『どこで買えるのかしら!?』
とルクレティアお嬢様に詰め寄る事態に。
「この遊びを発明した商会からは、来週には木工版が数セット。来月には我が家専用のさらに凝ったセットが納品される見込みですわ。皆さまが今から注文すれば……木工版の方なら私たちの後の翌週には納品されるのではないかしら?」
お嬢様が誇らしげに胸を張る。
「そうなのですか……まあ今まで見たこともない画期的な遊びですもの……仕方ありませんわね」
もっと早く欲しいが仕方ないといった表情で落胆するご令嬢や奥方様たち。
「やはり私たちが注文するならまがい物ではなく本物、生み出した本流の商会じゃないとですものね……」
それはテルティア様も同様だった。
ここまではルクレティアお嬢様に事前に吹き込んだ情報だった。
しかし……
そこへ、ルクレティアお嬢様の母である奥様が追い打ちをかけた。
「ねえルクレティア。我が家で注文している特注のセット、2セット注文してるはずだから1セットをテルティア様に差し上げたら?」
「――!!」
その時ルクレティアお嬢様に電撃走る。
ウンブリキウス家が持っていない新作の遊技、その初回の受注生産品の高級版2セットの内の1セットを、それをとても欲しがっているテルティア様にプレゼントする。
最高のマウンティング材料である。
「そうですねお母様。テルティア様、完成したら今回のお礼としてプレゼントさせていただきたいわ」
「まあ!ルクレティア様、あなたってなんて最高のお友達なの!」
感動してルクレティアお嬢様に抱きつくテルティア様。
その姿を見て、俺は二人を見比べる。
派閥を奪われるとか、マウントを取られるとか、そういうギスギスした感情など一切なく「新しいゲーム最高!」と喜ぶテルティア様。
なんて純真なんだろう。
ルクレティアお嬢様?
お茶会前の危機、全部お嬢様の被害妄想だった件はどうお思いで?
そう言う思いを込めた目線をルクレティアお嬢様に投げかける。
それに対してのルクレティアお嬢様の反応はものすっごいドヤ顔。
ムフーという擬音が聞こえてきそう。
いやなに誇ってるんですか。
褒めてないですよ???
そんな感じで、いい感じにまとまったウンブリキウス家の昼食会。
今頃、デキムスさんの家にはポンペイ中の有力者の令嬢や奥方の使者が殺到しているはずだ。
薪商人が一晩で最新の遊戯を取り扱う知る人ぞ知る新進気鋭の商人だ。
インスラとは言え表通りに面した立派な建物に住んでいるので、使者が怪訝に思うこともない。
さっそくフェリクスのおっちゃんの助言(強制)が役に立った形になる。
ルクレティアお嬢様はご機嫌、チートの効果は順調に波及中。
世は事もなしである。
リバーシの受注でお小遣いも入るだろうし、もう少し蒸留酒を増やしてみようか。
「あぁ、平和だなぁ」
そう思いながら廊下の方を見ると、涙目のフェリクスのおっちゃんが手招きをしている。
見なかったことにしよう。
うん、一つだけね……問題があるんだよね。
原因はリバーシが『ルシアとの共同開発』という体を取ったところと、奥様も関与している案件で令嬢界隈で一挙に話題になった事からマルクス様が知る案件なったところ。
マルクス様が知ったときにはすでに発明者と本家の発売元はデキムスさんになっており
『もう少しうまくやればこれ一つで別の贔屓の商人に恩を売れたのではないか?』
『ルシウスがせっかく良いものを考えたというのにお前がそれを生かせないのはルシウスが可哀そうではないか』
と詰められたらしい。
マルクス様が重要視しているのは利益そのものというよりも、せっかく令嬢界隈でブームになりかけている商品という美味しいカードができたのに、それをフェリクスのおっちゃんが上手く差配できなかったこと。
数ある事業のうちの一手の失敗に過ぎない上、別に損失が出てるわけでも無いのでそれほど怒られたわけでは無い様だが、それでも名誉挽回に俺の力を借りたいようだった。
具体的には販売権の引きはがしとか俺のアイデア分の製造法使用料の話とか。
……嵐来た時に逃げたのはそっちだからこの案件は後は何も知ーらない。
デキムスさんも身の丈を明らかに超えた受注に涙目で木工・ガラス・石材工房を走り回っているとはいえ、ポンペイ中の上流階級からの受注という、踏み倒しリスクが少なく利幅も大きい確実な儲けを手放すことはないだろう。
俺の目的はデキムスのおっちゃんをさっさと大商人にすることだから今回のこのリバーシの権利もデキムスさん不利にするつもりはないからね。




