15話 デートのち無茶ぶりの連鎖
そんなわけで俺はルシアを連れて円形劇場の南にある並木道へと向かった。
木陰で俺は持ってきた荷物を開ける。
まずは墨で8×8の格子が書かれたパピルスを広げる。
これが盤。
そしてその中心の4面に拾ってきた貝殻を4つ並べる。
とりあえず膨らんでいる方を表、へこんでいる方を裏とする。
これがコマだ。
「えぇー……ボードゲームやるのー?そんなのより~……こう、新しい商売のアイデアとかさぁ」
不満げなルシア。
「これ今後貴族様や豪商向けに爆売れする予定のゲームなんだけ――」
「準備はできてるわ!早く教えてルシウス君!」
一瞬前までの不満げな表情はどこへやら。
一瞬で前のめりになるルシア。
……なんか俺の周り現金な女子多くない?
まあいいや。
「いい?ルシア。ルールは簡単。相手の貝を自分の貝で挟んだら、間の貝を自分の向きに変えられる。最後に石が多い方が勝ち」
「それだけ?なんか簡単なルールなのね。じゃあ私は膨らんでる方ね」
そう言って1手目を打つルシア。
簡単、ね。
ふっふっふ。一回やった後にその感想は続くかな?
そんなわけでとりあえず一戦交えてみる。
すぐにルールを飲み込み、どんどん俺のコマを自分の面である表面に返していくルシア。
序盤はルシアが優勢。
「ルシウス本気でやってる?」
「やってるよ。じゃあ次は俺の番ね。よし角取った」
ルシアが全く狙っていなかった角を取り、一気に貝を裏面にひっくり返す。
「えっ、すごっ!あー!!一気に貝とられたぁ!!!でも負けないわよ!」
そう言って次の手を打つルシア。
しかし定石を理解していないルシアに勝ち目はない。
最後の方はルシアのコマである表面を向いているコマはほとんどない状態で勝負は終了。
「どう?」
「めっちゃ悔しい!途中まではうまくいってたのに何で一気に逆転されたの!?もう一回やろ!?ねっ!ねっ!?」
凄い食いつきようだ。
だがこれで女の子でもこのゲームには興味を惹かれるということが確認できた。
「で、儲けの話だけど」
「あ、そうだった!……でも貴族様への販路なんてないよー?」
「実はお嬢様から新しい遊戯作れって言われててね。この遊戯、一緒に作ったことにしない?」
「本当!?……いや、でも……私は良いけど、それルシウスに何のメリットがあるの?」
「……貴族の宴に出せるレベルの完成品を作らないといけないんだけど、俺は木工職人への伝手とかないんだよなぁ??フェリクスのおっちゃん経由で頼めばいけるんだけど、俺にメリット無いなぁ???誰か腕のいい木工職人に伝手がある商人で、受注を紹介したらお小遣いとかくれる商人はいないかなぁ?」
ルシアをチラ見しながらわざとらしくつぶやく俺。
そんな俺を見て、ルシアは俺が小遣い目当てにデキムスさん経由で完成品の製造を行いたいのだと理解したらしい。
……まあ本当の目的は別のことを丸投げしたいからだけど。
「それなら、お父ちゃんが受注するよ!知り合いの職人さんいっぱいいるもん!ルシウス君への付け届けもばっちりだよ!」
よし、釣れた。
製造工程は全部デキムスさんに丸投げだ。
「じゃあ早速デキムスさんに依頼したいな」
「今なら家にいると思うよ!おいでよ!」
そう言って俺の手を引っ張るルシア。
即断即決。
さすが商人の娘。
ルシアに連れられて、デキムスさんの新居に向かう。
案内されたのは、表通りの立派なインスラの二階だった。
「あれ?裏通りの一階に住んでるって言ってなかった?」
このまえテルマエの前で鉢合わせた時に確かルシアが言っていたはず。
ちなみにローマ市内の場合は1階はほぼほぼ店舗だが、ポンペイの場合は裏通りの場合は1階も貧民用の居住スペースだったりする。
「最近引っ越したんだ!すごいでしょ!なんでも『工房主が貧相なところに住んでると取引相手に舐められるからやめろ』ってフェリクスさんに言われて無理して引っ越したんだって」
おかげですっごい快適になったんだよ!と続けるルシア。
なるほど、フェリクスのおっちゃんのアドバイスか。
虚勢を張るのも商売のうちというわけだ。
強制的に虚勢を張らなきゃいけなくなったデキムスさんには若干同情する。
が、どうせすぐに立場が追いつくことになるんだし我慢してもらうしかないなと思いなおしてそのままスルーする。
「あらルシアおかえり……そっちの子は?」
家の中に入るとデキムスさんの奥さん……つまりルシアのお母さんが出迎えてくれた。
わぁルシアのお母さんかなりの美人。
確実にルシアはお母さんの造形が濃く出てるな。
……さて。デキムスさんは、と。
「おっと、ルシウスかい。今日はどんな要件だい?麦の蜜工房の物件探しはもう少しで候補が絞れそうだけど……何か指定とかが?」
部屋を見渡すと、デキムスさんは奥の部屋から出てきた。
開口一番麦の蜜工房の件。
どうやらフェリクスのおっちゃんからの使いで麦の蜜工房の件の言伝に来たと思ったらしい。
「あぁ、今日はそっちじゃなくて別口で木工細工の依頼をしたくて」
「木工細工……?そりゃあ知り合いに何人か職人はいるけど、フェリクス様経由で頼んだ方が確実じゃないかい?」
「えぇと、ね――」
デキムスさんから至極当然な疑問が出てきたので、ルシアと一緒の説明をする。
「君もなかなかずる賢いねぇ……代金はフェリクス様から頂けるのかい?」
「ルクレティアお嬢様が話を通してると思うんで前金で20デナリウスくらいはとれると思うよ。お小遣い分は俺の好きなタイミングで融通してもらえると嬉しいなぁって」
俺の言葉にデキムスさんは目を見開く。
「20デナリウスを前金でかい!?それはまた……さすがお貴族様のご令嬢だねぇ……。おじさん数か月前まで数アス単位の心配をしてたってのに、感覚がおかしくなっちゃいそうだよ。聞いた限りだと構造も難しくなさそうだし、ちょっと色を付ければ納期も間に合わせることはできると思うよ」
ぼやきながらも即座に行けると判断するデキムスさん。
どちらかというと前金20デナリウスに目がくらんだ気もするがいけると言うならいけるのだろう。
これで納期の責任はデキムスさんに移ったわけだ。ヨシ!
……気づいてるのかな?
「あー良かった。あ、ちなみに納期が守れなかったらルクレティウス家のメンツをつぶすことになるんでよろしくお願いしますね」
「え゛!?そ、そうなの!?」
気付いてなかったんかい。
まあもう手遅れなので……頑張って。
俺はデキムスさんが俺を引き留める前にそそくさとデキムスさんの家から立ち去る。
そして適当に街で時間をつぶしたのち、帰宅。
ルクレティアお嬢様にパピルスと貝殻で作ったリバーシのプロトタイプを見せる。
最初は「ナニコレ」という反応。
その後の反応はルシアと同じ。
あ、一点だけ違う点あった。
ルシアと一緒に考えたと聞いたら「誰その女?」とすごい冷たい目をされた。
「いや、出入りしてる薪商人の娘ですよ。今度麦の蜜工房も任せるあの」というとなぜかジト目。
しかしリバーシの方の興味の方が強いようで、適当にごまかすと実際の対戦に興味が移る。
そして一戦。
「……面白いわねこれ!採用!ちゃんとしたものは1週間後までに間に合うのね!?」
「出入りの商人に依頼したので何とかなると思いますよ」
「いいわね!さすがルシウス!期待通りの働きよ!」
(ルクレティアお嬢様の中では)予定通りカウンターパンチの品物を準備できたことでお嬢様のご機嫌は有頂天だ。
しかし俺との対戦で全然勝てないことに不満があったようで新たな初心者を探し、奥様に勝負をけしかけるルクレティアお嬢様。
あ、なんか奥様もドはまりしてる。
あ、なんかお嬢様と話をしているな。
……嫌な予感がするぞ。
「ルシウス!昼食会には間に合わなくていいから、昼食会に持ってく物よりもさらに豪華なものを2セット用意するようにその商人に申し付けなさい!!金に糸目はつけないわ!!」
わぁ奥様から予算が出ちゃったぞぉ。
……ん-……。
……デキムスさんに丸投げしよっと。
確保しといてよかった丸投げ先。
一度木工版の注文を受けちゃったからね。
仕方ないね。
工房設立でめっちゃ忙しいと思うけど儲けも大きいぞ!
頑張って。
さっきの木工版は特急発注だから前金だったけど、貴族からの発注とはいえこういう系のは後払いが基本だから工房設立資金から手をつけなきゃかもだけど。
奥様基準で『金に糸目をつけない』ものなので大理石やローマンガラスを使った原価数百デナリウスの物を作らなきゃだけど。
1日に2度訪問したデキムス邸でそんな用件を伝えると、俺は悪神を見るかのような視線をデキムスさんに向けられることになる。
その隣のルシアは「お父ちゃん、大儲けのチャンスだよ!風、来てるよ!!」と有頂天だった。
娘の方が肝が太いじゃん。
負けないでデキムスさん。
確かにチャンスだけど来てるのは風じゃなくて嵐だと思うけど。




