12話 次のチート仕込みと無茶ぶりの差し込み
はいどうも皆さんおはこんばんちわ!今日はですね、ゴミ同然のワインでエタノールを抽出してみようとぉー思います!
そんな前世でよくやった投稿動画の頭出しのセリフを脳内で再生しつつ、裏庭で黙々と準備を進める俺。
公衆浴場でのフェリクスのおっちゃんとの密談により、デキムス工房の設立が本人の預かり知らぬところで決定してから一週間。
デキムスさんは必死の形相で各所のパン屋を回り、なんとか工房設立資金の借金の配分が終わったらしい。
ちなみに借金を取り付けた、ではなく借金の配分が終わったという状況だ。
デキムスさんが工房の設立を考えていると知ったデキムスさんと薪取引のあるパン屋はこぞって貸し付けを申し出、それはもう酷いありさまだったようだ。
ルシア経由の情報だと「借金って普通こっちから頼み込むものなのにすごい勢いで銀貨を押し付けられそうになっていた」とのことだ。
優先納入権がだいぶ効果的だったらしい。
そんなわけで無事(?)金が集まったデキムスさんはさっそく工房物件の選定を開始している。
つまりフェーズ2の初動の心配がなくなったわけだ。
なら次にやることは?
そうだね次の知識チートの準備だね!
そんなわけで、早速フェリクスのおっちゃんから毟りとった麦芽水あめの利益で次なるチートの準備をすることにしたのだ。
今回のチートは冒頭に宣言した通り蒸留。
エタノールを生成していこうと思う。
エタノールは単純利用でも様々な技術チートにつながる上に、エタノールを得るために行う蒸留は現状のローマの工業水準で今後の知識チートがどの程度可能かを図る試金石にもなる。
つまり二手三手先を考えた時に金を稼げるようになったらまずやりたいチートがエタノール生成というわけだ。
慎重に行っていこう。
そんなわけで俺の目の前には石と粘土で作った簡易的なかまどの上に載せられた壺。
壺の上には一部を銅製で作った陶器製の蘭引が載せられている。
壺にはフェリクスのおっちゃんから家業でやっているワイン農場から取り寄せた廃棄ラインの低品質ワインが13セクスタリウス(7リットルちょい)。
なんとお値段1デナリウス!
普通に卸業者から買っても1デナリウスでは精々買えて6セクスタリウスなのでかなりお値打ち。
フェリクスのおっちゃん曰くその分クソ不味くて飲めたもんじゃないらしいが、エタノール入手が目的だし今後飲用にするとしても蒸留すればその辺はほぼほぼ解消できるので無問題。
そしてその上に乗っている蘭引。
これはワインを買った後の残りの利益6デナリウスを半泣きのフェリクスのおっちゃんから毟り、全額陶器工房と鍋工房にシュー!超エキサイティン!!して作成したものだ。
初めは全部銅製で作ろうと思ったのだが、倍の値段を提示され、翌月分の利益も突っ込もうとしたところフェリクスのおっちゃんから泣きが入ったので銅製部分は最低限必要な冷却部分にとどめてコストカットを図り、残りはフェリクスのおっちゃんによる鍋工房と陶器工房への交渉で6デナリウスに収まった。
やっぱり持つべきものは顔の広い利益共同体の大人だね。
ちなみに最初、鍋工房の職人さんに構造を伝えたら「なんか学者に昔似たようなものを作れって依頼されたなぁ」という反応だった。
蒸留器そのものは紀元前から存在するが、まさか作った経験のある職人がいるとは思わなかった。
聞けば元々はローマに居たらしいのだが、十数年前に地震からの復興需要で儲かると聞いてポンペイに移住してきた人だった。
復興需要様様である。
ちなみに裏庭(屋外)で蒸留をやるのは、密室でやると最悪の場合火だるまになるから。
前世の二の舞は御免だからね。
まあそのせいで屋敷内の奴隷(特に男の)の目線がまた俺に刺さってるわけだが。
まあクソ不味いものとはいえワインはワイン。
めったに飲めないそれを謎の実験に使うなら俺らにくれとのことだろう。
まあ無視一択である。
「さて、実験開始だ」
手順はシンプル。
鍋にワインを入れる。
これが沸騰槽にあたる。
ワインはそのままではすぐ煮詰まってしまうのでワインの半分程度の量の水を入れる。
そしてその上に長い注ぎ口のようなものが付いた蒸留槽をかぶせ、更にその上に似たような構造の銅製の冷却層をかぶせる。
冷却層には水を入れ、常に冷たい水になるように維持する。
蒸留槽の蛇口には収集用の瓶を添えておく。
そして各槽の間は粘土でふさぐ。
この状態で鍋を火にかけると水とエタノールの沸点の違いによりエタノールが先に蒸発し、冷却層にあたってまた液体に戻ってエタノールが生成されるというわけだ。
「……お、きたきた」
鍋に火をかけてから数分、蒸留槽の蛇口からぽたぽたと小瓶に液体が垂れてくる。
最初に垂れてくるのは、揮発性の高い不純物を多く含む「ヘッド」と呼ばれる部分だ。
これを中くらいの薬瓶1杯分(だいたい150ミリリットル)ほど採取する。
これはワインの嫌な成分等も含まれてる上に若干だがメチルアルコールも含まれているので飲用には適さない。
ただ推定アルコール度数は6~70度なので傷口の消毒や将来的に香水や精油を作る際のエタノール溶媒として使えるのでとりあえず採っておく。
「蜜ろうで瓶を密封して保管、と」
そして次に続くのが本命の「ハート」だ。
これは計算上1セクスタリウスの壺2杯分ちょいは採ってよいはず。
採れた液体は確かなアルコール臭。
少しワインの風味も残っているが、蒸留前のワインを嗅いだ時にあったなんか嫌な酸味臭はしない。
蒸留槽の蛇口にテール用の壺を置き換え、ハートが入った壺から少しだけ皿に移す。
皿に移した分を手の甲に載せるとすーすーするのでウイスキー程度の度数はありそうだ。
そしてその皿と火が付いた枝を両手に持って近くの薄暗い部屋に入り皿を床において枝の火を近づける。
火はつかなかった。
次にぼろ布をさらに落とし、皿の液体をしみこませてから布に火を近づける。
まるで枝の火に吸い付くかのように青白い炎が布の先端から浮かび上がった。
アルコール度数は40度前後のようだ。
「一発で成功しちゃったよ……」
直接着火ラインの50度には届かないが、再蒸留をすれば50度を超えるだろう。
つまりは十分実用ラインということだ。
麦芽水あめの時に比べてあんまりにもあっさりと成功してしまったことに肩透かしを食らったような気分になる。
まあいいか、うまく進むに越したことはない。
「じゃあこれをどう使うか。医療用に使うには俺の実績が足りないし……とりあえず水あめ工房が完成したら居酒屋に販路が広がるだろうからルシアにでも現物を渡して――」
「ルシウス!」
――どうやら今回の実験がとんとん拍子にうまく進んだのは何かのフラグだったらしい。
かまどの火を水で消して、蜜ろうで密封した壺を倉庫にしまっていると後ろからルクレティアお嬢様の声。
彼女の側仕えである俺にはわかる。これは俺に無茶ぶりをするときの声だ。
蒸留:
現代で言うところのアラビアック蒸留器は存在したが、主に科学者の実験や医者が限定的に使っている程度だった。
しかし蒸留という概念は理解されてはいないものの、そこそこ使われており、その代表例が水銀の生成。
水銀は自然水銀以外にも辰砂を加熱することでも得られるため、当時でも工業的に乾式蒸留により得ていた記録がある。
ワイン:
この時代、人々はワインを割って飲んでいたのだが、その理由の一つに醸造技術が未発達でワインそのものがかなり濃厚だったという理由がある。
現代に直すと当時のワインをそのまま飲むのはリキュールをそのまま飲むようなイメージになる。あるいはカルピス?
ローマ人「おたくのカルピスは何対何?」
現代人「……?原液で飲むが?」
ローマ人「甘いわ!」
だいたいこんな感じ。
ちなみにアルコール度数は諸説あるが醸造能力が高くないと考えると大体10%程度と推測される。
当時の兵士はワインをがぶ飲みしていたという記録もあるので下手をすると10%以下もありうる。




