06
まぶたの裏に、白い光がじわりと差し込んできた。
目を開けると、見慣れない天井。漂う消毒液の匂いと、規則正しい電子音――病院だった。
しばらく、何が起きたのかわからなかった。
頭の奥で、遠くから水音のように、あの白い影や図書室の光景がこだましている。
けれど、それは現実の手触りから遠い、夢の残り香のようだった。
――自分は、自殺しようとして、病院の屋上にいたはずだ。
誰かに助けられ、そのままここに運ばれたのだろう。
ベッドの脇には、薄いカーテン越しの窓。
そこから差し込む光は、やけに現実的で、目に痛いほど眩しかった。
世界は、何も変わっていなかった。
やさしかった母も、もう一人の母も、この現実には存在しない。
胸の奥に、強い喪失感と空虚が広がる。
けれど同時に、あの夢のような日々が、
何かを伝えようとしていた気がした。
退院後、私は戸籍を取り寄せた。
そこに記されていた事実は、想像もしなかったものだった。
――私は、生まれて間もなく、赤ちゃんポストに預けられた子どもだった。
戸籍の記録を辿り、本当の母親の名を探し出す。
震える手で連絡を取り、やっとの思いで辿り着いた答えは、残酷だった。
彼女は、もうこの世にはいなかった。
死因は事故。
私が二十歳のとき、交通事故に遭い、病院へ運ばれたまま息を引き取っていたという。
――あの世界は、本当に夢だったのだろうか。
ただの幻想だと思っていた記憶が、妙に輪郭を持って迫ってくる。
もしかしたら、あれは誰かの記憶を借りた、もうひとつの現実だったのかもしれない。
その思いが、胸の奥で小さく灯る。
私は深く息を吸い込んだ。
過去は変えられない。
それでも――生き直すことはできる。
もう一度だけ、自分の足で、生きてみよう。
カーテンの隙間から射す光が、瞳の奥をやさしく照らしていた。
その光は、夢と現実の境界をゆっくりと溶かし、
前を向くための道を、ほんの少しだけ照らしているように見えた。




