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あまねく願いの管理人

掲載日:2025/05/05





 ただ、人の影すらも見えず。


 意味ある形をしたものなど、ただの一つも存在しない世界。


 まるで、その全てが影で作り出されているかのように。


 曖昧で、全てが不明瞭な世界。




 いかなる法則も確定することはなく、ここにはいかなる制約も存在しない。


 しかし、それこそがまさにこの世界の法則と制約であるという矛盾を抱えている。


 ただそんな世界のあり様だけが、確たるものとして存在している世界。




 まるで、人の描いた絵本の世界のような光景が永遠と広がっている。


 それはどこまでも幻想的で、寂れた光景。


 色のない大地は、どこか不自然で。


 草は靡けど風のさざめきは聞こえず、花の香りを感じることもなかった。


 見上げればそこには雲一つない空。


 されど、命の芽吹きのない世界で空の役割など何もなく。


 ただこの先も、名を付けられることもない無数の星々が、その暗幕を明るく照らし出しているだけ。


 しかし、それを美しいと思える者すらもここにはおらず。


 それ故に、誰かが美しく思えた筈のこの空にすら、何の意味もなく。


 それ故に希少で、意味のない事こそを、都合が良いとされた世界。


 そうして意味なきことを理由に、意味をもたらされた。


 それが、この世界だった。




 まるで、そこにあるものすべてを無意味なものであったと証明するかのように。


 今、この世界はただ何かの意味を殺す為だけに存在している。


 ただ、意味のあったものが、正常に無意味なものへと変わり。


 世界が異常をきたさないために、存在している。



 時刻表も無ければ、その時の頃合いも定まらず。


 ただ、不規則に訪れる天を走る八両編成の汽車。


 現世にありふれた、意味ありし【願い】がそれに乗って運ばれてくる。


 ただその意味を殺す為だけに、この世界へと運ばれてくるのだ。




 ――――ここは、あまねく願いが行きつく場所。




 願いが願いのまま、その役目を果たすことができず、流れ着く場所。


 ここに流れ着いたものは、一つの例外もなくその意味を殺される。



 ときに強い想いというものは、現世に残り災いを成すからだ。


 それは【願い】もまた、然り。



 願いをかなえし者は、また新たなる願いを持ち、過去の願いは過去として自動的に清算される。


 故に世界には残らない。


 それならばよいと。


 過去・現在・未来の並行する世界にとって、それは最早願いではなく事実なのだから。



 しかし、叶わなかった願いは、やがて負の感情へと変わり世界に残って災いと成す。



 ただ、人々がどれほどの希望をその願いに乗せていたとしても。



 ただ、人々がどれほどの意味をその願いに乗せていたとしても。



 それは、この世界にとって一様に無意味と化すべきものなのだ。


 すべてが並行する世界にとって、それは存在しないのと同じことだから。


 無碍に存在して災いを成す前に、機械的に処理されるべきだけの異常でしかない。


 故に【願い】としてここに流れついてきたものは、皆一様に叶わなかった願いであり。


 この場所で、そのすべからくが無意味なものと断じられる。


 そう、定められているのだと……。



 私は、知っている。


 私だけが、知っている。



 そこに、意味を感じることの愚かさも。


 その意味を感じることが、許されぬことも理解している。



 私はそんな、あまねく願いの管理人。


 願いが願いのまま、流れ着いた想いの意味がこの世界に殺される様を、ただ見守るだけの存在。


 ただ、現世でその強い思いが災いとならないように。


 そこに込められた想いが、悪いものへと変わらぬようにと。


 ただひたすらに、見守り続ける。


 そこに、疑問など抱くはずもない。




 私は、あまねく願いの管理人。


 ただの、管理人なのだから。







 ――――本当は、わかっていた。


 この世界に存在するものは、そのすべからくがいかなる意味も持てなくなる。


 ならば、この世界で一つの役割を与えられて生まれた私もまた、ただこの事象を見守るだけの無意味な存在でしかないのだと。



 だからこそ、意味を持てば殺されてしまう。



 意味を持つものは、この世界に存在してはいけないからだ。


 それでも、私は思う。


 思ってしまった。




 ――――この世界は、なんて残酷なのだろうと。




 たとえ願いというものが、叶わなければ何の価値も持たないものであったとしても。


 そこに込められた誰かの想いが、何の感傷もなく無意味なものと化している。


 これではまるで、意味を持たぬものの価値の、その全てが否定されているようで。


 そこには当然、私も含まれているのだと自覚した時。


 それがただ、ただひたすらに虚しかった。


 そんな私の思いすら、この世界は当然のように無価値なものだと切り捨ててしまう。


 これのどこが、残酷でないというのでしょうか?







 私は、あまねく願いの管理人。


 ただ、その役割すらも、本来は無意味なものでしかなく。


 ただ、見守ることがその役割で。


 ただ、それ自体がこの世界の摂理に則ったものでしかない。


 それ故に、私はただその始まりから、無意味な存在として生まれてきた者。


 たとえそれがこの世界の摂理であり、その意味を疑ってはいけないのだとわかっていても。


 意味のない者が、価値を持っても良いのだと。


 ただの一度でも、そう思わせて欲しかった。



 だって、今の私にはどうしてもこうは思えない。


 無意味なものに、価値がないと。


 そんな風には、思えないのです。



 だってここに運ばれてきた願い達は、たとえその意味を失っても、それでも確かに、そのすべからくがこの世界の星空よりもずっとキラキラと輝いていたから。




 それは、ただ純粋に大切な人を想う愛の願いだった。




 それは、ただ鮮烈に身を焦がすような憎悪の願いだった。




 それは、ただひたすらに明るい未来を想う希望の願いだった。





 当然、その全てが叶うべき願いだったかは私にはわからない。


 ただそれでも、願いというものが、意味を持った存在達にとってどれほど重要な事なのか、それだけは伝わった。


 伝わって、しまったのだ。



 仕方がない。


 だって、仕方がないでしょう。



 私は、あまねく願いの管理人。


 願いが願いのまま、叶うことなく終わりゆく様を見守りし者。


 ただそれ故に、その虚しさを誰よりも近くで感じて来た者だから。



 私もまた、願わずにはいられなかったのだ。




 すべての意味ある存在に、確かな価値があって欲しい。



 大切な願いを、叶えることのできる世界になって欲しい。



 この願いが叶えば、きっとこの世界はまたその意味を失う。


 そして、それがこの世界にとっても一番自然なことだから。



 そうなれば、この世界も少しは浮かばれるのではないかと。


 そんな意味もない考えに、私の存在が薄れゆく。

 






 私はここで願い続ける。


 願い続けたい。


 それすらも、叶わないとわかっていても。


 そうして願い続けた先に、私の望みはきっとあると信じて。




 ――――ついに、その時が訪れた。




 私は少しだけ、この世界を哀れに思う。


 まるで「お前の願いも結局は無意味と化すようだ」と、この世界が傍観にも似た調子で証明するかの様に、私の願いもまたこの場所へと運ばれてきた。



 そう、【私の願い】が、あの、あまねく願い達と共に運ばれてきたのだ。



 それは最早、本当に無意味なだけのものと化すだけだと、果たしてそう言えるのでしょうか?



 いいや、違う。


 絶対に、違う。


 これは確かに、矛盾しているのだから。




 私は、初めてこの世界で笑みを浮かべた。



 ここが意味ありしものを殺す世界であるのなら。


 私は少しだけ、この世界の摂理に抗うことができたらしい。



 そう気づいたときにはもう、私はこの世界の摂理に則り、その存在すらも随分と希薄になっていた。



 当然、そんなことは承知の上だった。


 私は、もうじき消えてしまう。


 また新たな私が、この世界の役割を全うする為に。




 けれど、私はそれを決して虚しい事とは思わなかった。


 たとえ、私という存在がこんなにも無情に消し去られてしまうとわかっても。


 それが、どれほど残酷な事だろうと思っていても。


 それでも私の願いは、確かに意味のあるものとなったのだから。


 私の願いが叶わなかったのは、確かに残念なことだったとは思うけれど。


 ただそれでも――――


 たとえ叶わなかったこの願いの、その価値をこの世界が否定しても。


 私にとっては、ただそれだけのことが何よりも価値のあることだったと思えたから。




 私は今、心から笑ってこの世界から消えることが出来る。










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