【7話】 感染爆発(pandemic)
報告後、仮眠を取っていたダリウスはクアントリルに叩き起こされた。
「軍が事情聴取を行いたいそうだ」
ダリウスは電子煙草を加熱しながらため息をつく。
「またですか……警察に何度も―」
「これから基地へ向かうぞ、さ、早く」
驚くダリウスを尻目に、クアントリルはダリウスの腕をつかみ、BMWに乗せた。
そして、車は、空軍基地へとたどり着いた。その頃には、ただの事情聴取ではないことが分かった。
施設に着くと、空軍基地の一室に通される。チェックを終え、部屋に入ると、そこはマジックミラーが張り巡らされた尋問室だった。
「来たか、クアントリル、ダリウス。すまんな、急に呼び出して」スーツを着た男性―課長補佐が振り向く。アナリシス社の汚れ仕事を担う、一人。かつてのダリウスの上司。
50代と聞いているが、ダークスーツに包まれた体は引き締まっており、刃物のような雰囲気を放っている。オールバックの白髪に、整えられた髭は狼を連想させる。
課長補佐の周りには、同じくスーツを着た政府関係者と思われる人物と、重装備の警備兵。
「一体、何が?」クアントリルが目を細め、マジックミラーの奥の部屋を見る。そこには拘束された男が一人。
「聖骸教会の信者でバイオテロを計画していた一人だ。商事(CIA)によって逮捕されたようだ」課長補佐は、苦々しい口調で言った。
男がゆっくりと顔を上げ、こちらを睥睨する。眼は潰れ、唇は腫れ、頬は裂けていた。激しい拷問の痕。それでも、軍時代に麻薬がらみの作戦に参加してきたダリウスにとってはかすり傷にしか見えない。
「元米軍特殊部隊、オリバー・イーガン。聖骸教会の過激な信者の一人だ。尋問しても動機を話そうとしない」
動機―ダリウスの脳裏に様々な物が浮かぶ。そして、それは実際の言葉となって溢れる。
「アナリシス社の研究所で、ある模擬実験が繰り返し行われたと聞いたことがあります」ダリウスは突然、口を開き、
「新型コロナ感染症、もしくはそれに準ずる感染症によるパンデミックが起きた際、迅速に行動制限を行い、かつストレスを最小限にする方法の模索」
ダリウスは、クアントリルを睨む。
最高情報責任者はため息をつき、 「確かに我々は、仮想空間と健康器具を利用し、ロックダウン下でも、ノンストレスで人々が生活するためのシステムを研究していた。だが、今は優先度が落ちている」
「それだけじゃない。行動制限を迅速に行う為のシステム……つまり恐怖心を煽るためにはどのように情報を開示、伝播させれば良いかも研究していた」
「なぜ……それを」ダリウスの言葉に、クアントリルは呻き声をあげる。
「聖骸教会から多額の出資を受けている企業の中に、アナリシス社傘下の仮想空間運用企業が存在することも知っていましたね?」
「もう良いだろ」課長補佐が口をはさむ。クアントリルは俯き、青い顔をしていた。
「聖骸教会は行動制御を悪用し、まず不特定多数の繋がりのない者たちの免疫力を下げる。そして、細菌に感染させ、行動制御により、大勢の集まる場所へ送り込む。もしかすると、信者にも細菌を感染させ、同様のことをするかもしれない。
そうやってパンデミックを起こし、感染症への恐怖心を煽り、ロックダウンを起こそうとしている。目的は、仮想空間の大規模利用を促進する事だ。それにより、変数の少ない環境で行動制御を行うことができる」
課長補佐が言い、これで良いか、とダリウスを見る。
「それで、俺が呼ばれた理由は?」
「少し、長くなるが……」課長補佐は咳をし、
「国家安全保障局は、数年前から聖骸教会を危険なカルト宗教団体として、監視を進めていた。聖骸教会の教祖は、元兵士を欲しがっていてな。そこで、NSAは、ジョン・アルドリッチを潜入捜査官として、聖骸教会に潜入させた」
ダリウスは僅かに心臓の鼓動が激しくなるのを感じた。アルドリッチはカルト宗教に入信した訳ではなかったのだ。
「数週間前、アルドリッチはテロのことを伝えてきた。米軍は、彼を救出、テロリストの殲滅作戦を計画している」
「彼は聖骸教会に完全に転向したのではないのですね?」
「分からん。変質している可能性はいくらでもある。だが、今回、こうしてテロの情報を伝えてきた」
課長補佐は、ダリウスを睨み、
「とはいえ、怪しいところがない訳じゃない。アルドリッチは、救出時に、お前が作戦に参加することをアジトの場所を伝える条件にした」
ダリウスは、突然、自分が物語に飛び込まされたのに驚きを隠せない。
「な、なぜ、俺を……」ダリウスは呻く。
「また、後で話そう」そう言うと、課長補佐は席を外した。
ダリウスは、クアントリルと共に残され、ぼんやりとしていた。
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