【6話】 真意(aim)
深夜。調査用に貸し与えられたオフィス。ダリウスは、一人、ディスプレイを睨みつけていた。
犯人のやったことは一つだけ―Analysisへの不正アクセスと生体データの改ざん。それにより、行動制御のシステムが誤作動、本来とは異なる行動制御が行われ、犯人の思い通りに人が動かされている。
しかし、選ばれた人に共通項はないし、行動にもパターンがない。生体データの改ざんのせいで、体調を崩す等の問題はあったがテロや犯罪に加担したり、極端な思想に傾倒するような事はなかった。
ダリウスは、電子煙草を取り出し、ハーブの匂いのする水蒸気を吸い込む。
そう言えば、数日前の会議で、少し気になったことがあった。それは、アルドリッチの存在が、警察への通報を躊躇させているという、最高情報責任者の言葉。本当にそれだけだろうか。
もし、それだけでないとしたら。ダリウスは水蒸気を肺一杯に吸い込む。勿論、ニコチンもタールのないので、味気ない。
Analysisの事で、大々的に報道されたくない事が他にあるとすれば何だろうか。ダリウスは考える。まず挙げられるのは、行動制御だ。
行動制御は、元々、新型コロナ感染症の行動制限をストレスなく行えるようにするために開発された機能だ。その開発経緯からか企業や政府による管理だ、と批判する者もいる。現在も批判が絶えない。
何か浮かびそうで、浮かばず、ダリウスは仮眠を取ることにした。
数時間の仮眠を取り終え、オフィスで目覚める。
夢にアルドリッチが出てきたような気がし、机の上にある写真立てを見る。米軍時代の写真―数人の兵士が映っている。その中には若き日のダリウスとアルドリッチ。
「なぜ……」ダリウスは、呻くように呟いていた。
Analysisをアップデートする際、開発グループは倫理的な問題とぶつかった。個人情報やプライバシーの侵害、さらにはヒトの意思決定に関わる問題である。
上層部の一派閥・通称「推進派」はそのような物に縛られるよりも、人を多く救うことを選んだ。しかし、それに反抗する者たちが現れた。Analysisが抱える問題を検討する為にAnalysisのアップデートを遅らせるべきだ、と主張する者たちだ。
アルドリッチは前者に従うことを決め、ダリウスは後者に従った。その結果、関係は破綻したのだ。
行動制御を推し進め、ストレスを一定に保つことで、人を真の幸せに導く、それが聖殻教会の目的だ。
まさか、アルドリッチは行動制御を用いて、何かをしようとしているのでは?
浮かんだ思いに、ダリウスはハッとする。
確かに、ストレスを受ける要因を管理・制御することで、精神に深刻なダメージを与えるのを防ぐ、という考えは魅力的だ。だが、それは理想論だ。現実の世界は、余りにも変数が多すぎる。行動が激しく制限された新型コロナ感染症のパンデミック時も、室内での人と人との関わりによって発生するストレスは完全に管理できなかった。
なにより、誰かがストレスに対し、どう反応し、どう生きていくかを確実に予測できない今のAnalysisに、それは無理だ。
「行動制御を完璧にする……コロナによるロックダウンで磨かれたシステム」ダリウスは煙草を潰し、ぼんやりと呟く。
パンデミック、行動制御、カルト宗教……仮想空間
ダリウスの脳裏に一瞬で、アルドリッチのシナリオが降ってくる。パソコンにデータを入力する。検索エンジンで、大人数が他方から集まるイベントを表示する。
「まさかな……」ダリウスはAnalysisのデータを隣のディスプレイに表示。操作されている人物の健康状態を確認―8割が必ず悪くなっている。
操作されている人物の行動パターンと、大人数が他方から集まるイベントの開催位置が重なる。
「やはり……」ダリウスは、表示されたデータを見て、呻く。
操作されている人物は、自在に体調を管理されている。同時に、デモ、政治系イベント、その他、様々な大量の人が他方から集まるイベントに参加、もしくは接触する。
「もし、免疫力を低下させた状態で何かしらの細菌を感染させれば、運び屋として利用し、パンデミックを起こせる……」
ダリウスは椅子に座り、再度、データ分析に誤りがない確認する。何度も、データを確認、誤りがないか確認をした。そして―
「細菌テロ……」ダリウスは、紫煙を吐き出し、苦々しい言葉を呟く。
カルト宗教による細菌テロ、そんなものが、この時代に本当に起きるのだろうか。
・1984年、アメリカ、ラジニーシという男が率いる教団によるバイオテロ―サルモネラ菌を使用。
・1993年、日本、オウム真理教によって炭疽菌が用いられたバイオテロ未遂事件
・2001年、アメリカ、炭疽菌によるバイオテロ
細菌を用いたバイオテロは決して珍しい物ではない。聖骸教会の目的が何であれ、彼らが新型コロナ感染症を利用したバイオテロを起こそうとしているのは確実だった。
ダリウスはすぐに、クアントリルに電話を掛けた。
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