【1話】 降下(free fall)
トナカイは狼の餌となるが、トナカイを強くしているのはほかならぬ狼である
The CARIBOU feeds the wolf, but it is the wolf who keeps the caribou strong.
(イヌイットのことわざ)
《降下地点まで後一分、後一分》
貨物室の中でパイロットの声が響く。高度一万メートル、雲の上を輸送機は進んでいた。
輸送機の中、貨物室に数人の男―全員が森林仕様の迷彩服を着ている。その顔には、酸素マスクが付けられている。この高度だと、酸素を含む空気が希薄になるからだ。
男たち―米陸軍の特殊作戦部隊―は、1分後、輸送機から自由落下し、低高度でパラシュートを開き、悟られることなく敵地に潜入する。
男の一人、ダリウス・クルーガーは呼吸を整え、装備をチェックしていた。ダリウスは、40代の黒人男性で、中肉中背、クルーカットで髭はない。しかし、その瞳はあまりに鋭く、眉間の皺は深すぎる。
貨物室が薄暗くなり、明かりが赤い物に変わる。赤い光が男たちを一層不気味に照らし出す。
ダリウスは唾を飲み、思う。これから俺は地上に降り立ち、死と暴力をまき散らすことになる。だが、敵は、もっとおぞましい物を世界にまき散らそうとしている。
輸送機のハッチが開き、冷風が一気に貨物室になだれ込んでくる。ごぉ、ひゅう、という風の音が絶え間なくする。いつ聞いても、はらわたが震える。ダリウスが外を見ると、気が遠くなるほど高い。
眼下に、分厚い雲の層が見える。その奥には、人の進行を阻む、熱帯雨林が広がっている。
《降下30秒前、降下30秒前》
「降下用ボトルに切り替えろ」部隊長が言い、兵士たちは、機内の酸素供給システムにつないでいたチューブを、酸素ボンベに付け替える。
男たちは立ち上がり、降下の準備を始める。ふと、機内で流れていた曲が聞こえる。
俺はブードゥーのこども―
ダリウスは、マスクの中で、唇を吊り上げる。カルト宗教に襲撃を掛ける前にはもってこいの曲ではないか。
ダリウスは、仲間の合図と共に、跳んだ。偽りの天国へと。
読んで頂きありがとうございます。感想、評価、レビュー、ブックマーク、お待ちしております!