公爵様! その召喚獣は私です!〜撫でながら私への愛を語るのはやめてください!〜
【噂話】
ビスク王国エヴァーグレイ公爵家の若き当主と、アンバー侯爵家の令嬢は婚約者同士だった。しかし関係は冷えきっているともっぱらの噂だ。
「聞きまして? エヴァーグレイ公爵様のお噂」
「ええ。また不参加ですってね」
「不参加って、昨夜のパーティに?」
「それではシーリーン様はまたお一人で参加されましたのね」
「え? シーリーン様って、シーリーン・アンバー様?」
口さがなく噂話をしているのは、お茶会をしている貴族のご令嬢だ。色鮮やかなドレスを身にまとった五人のご令嬢が、お茶を飲みながら色鮮やかな焼き菓子を楽しんでいる。
「そうよ。アンバー家のご令嬢以外誰がいるというのよ」
「婚約されているのに一人でご参加だなんてお可哀そうに」
「でも私わかる気がしますわ」
「私も」
「どういうことですの?」
飲み込みの遅い一人に周りの令嬢が若干呆れながら説明する。
「公爵様は魔法が得意ではないでしょう? なのに婚約者のシーリーン様は魔法がとても得意なのですから。面白くないと思われても当然ですわ」
「でもシーリーン様はそのために婚約者に選ばれたのですわよね」
「そうよ。魔法の才の薄い公爵家に魔法に優れた血を取り入れるためだと聞いてますわ」
そこまで聞いて、飲み込みの遅い令嬢はまた尋ねる。
「それなら歓迎されるのではありませんか?」
「それはそれ、これはこれですわ。仕方ないこととは言いましても、実際にそのお立場に立たれたらお辛いことだと思いますわ」
「それにシーリーン様ならお一人でもお気になさらず澄まして参加されてそうですわ」
「それはそれで公爵様お可哀そう」
ご令嬢たちは次々と思ったことを口にした。
「それにしてもあなた、先程からやけに公爵様の肩を持ちますわね。特別な思い入れでもおありですの?」
大好きな恋愛ネタになり皆で黄色い声を上げ、今度は公爵を庇うような発言をしていた令嬢の発言に耳を傾ける。
「嫌ですわ。私いくら顔と家柄がよくても、魔法も使えない旦那様なんて耐えられませんわ」
その言葉に全員が同意した。
◇◇◇
【アスタ・エヴァーグレイ】
どこかの誰かが自分の噂をしているとも知らずに、アスタ・エヴァーグレイ公爵は難しい顔で部屋の一点を凝視していた。
「これで間違いはないはずなんだ……」
そうぶつぶつと呟いている。鼻筋の通った涼やかな顔立ちのはずだが、眉間にシワがよっている上、頬に強く手を当てすぎて顔が残念なことになっている。
しかし本人はそんなことは気にせずに先程から必死に本を捲っている。同じようなページを何度も行きつ戻りつし、そうしてから先程と同じ部屋の一点を再び凝視する。その冷たい目線の先にあるのは仰々しい魔法陣だ。
「おかしいな。理解は完璧なはずだ」
彼がやりたいのは召喚術。魔法の技量によって呼べる召喚獣が異なることから、社交界において召喚術は魔法のレベルをわかりやすく表す指針となっていた。
エヴァーグレイ公爵家の新当主であるアスタは魔法が殆ど使えないことで有名だ。早期に引退して田舎の領地に引っ込んでしまった両親も、アスタよりかは幾分マシだが、魔法を苦手としていた。その前の代も、前の前の代も同じく。徐々に魔法の力が弱まっているのではないかと一族は危惧していた。
かといってアスタは頭が悪いわけではない。先般卒業した王立学園では優秀な成績で卒業していた。それもあって余計悔しいのだ。魔法について書いてある魔術書はよく理解できている。むしろ他のどの学生よりも隅々まで読み込んでいる自信がある。
「もしかしたら解釈が間違えているということか?」
そうひとりごちると、天啓を得たかのような表情に変わる。その場に誰かいたら、美しいが笑わないことで有名なアスタの珍しく明るい顔に一目惚れしたことだろう。
アスタは思いついた解釈通りに魔法陣を組み直した。
「今まで『召喚』というと『呼び出す』との意味でばかり捉えてしまっていた。しかし、『場所を移動してもらう』と解釈するとどうだろう」
アスタは物を移動させる魔法くらいは使える。物を浮かせて右にあるものを左へ。左にあるものを右へ。その発展で、見えないところにあるものを指定して特定の場所に移動させる。アスタは使える魔法が少なかったこともあり、便利なこの移動魔法はとことん追求して使いこなせるようになっていた。
移動魔法に魔法陣はいらないが、召喚獣を呼び出すような不特定要素が多く含まれる魔法だ。補助として利用することにした。
「座標指定は魔法陣の中。対象は……召喚獣の魔力保有量で条件づけしよう。これが成功すれば、僕もようやくスタートに立つことができる」
そして目の前の魔法陣に手をかざす。魔法陣が淡い光に包まれた。
◇◇◇
【シーリーン・アンバー】
その時侯爵令嬢のシーリーン・アンバーはひとり湯浴みの最中だった。普通のご令嬢なら侍女に手伝わせるのだが、一人の時間をこよなく愛する彼女はこうして一人でいることが多かった。
泡の浮かぶバスタブに浸かり、漆黒の長い髪の手入れをしていると、突如周りに魔力の歪みが起きたことを感じ取る。
「何これ……。誰かからの攻撃? いえ違うわね。悪意は感じない。この感覚は転移、かしら」
普通の人間ならば、魔力の歪みがをかろうじて感じられる程度だったが、シーリーンの魔法の才能はビクス王国随一と言われる。そのため魔力から詳細な情報を読み解くことができた。
「誘拐でもなさそう。対象選択ミス……?」
そう冷静に分析するが、
「……! 分析なんかしてる場合じゃないわ! 私今裸じゃない」
このまま、どこかは知らないが転送されてしまうと全裸でご登場ということになってしまう。この上なく不本意だ。
「魔法の防御もうまくできなさそう。もう転移させられてしまうのは諦めて受け入れるしかないわね。でもせめてバスローブだけでも!」
そう伸ばした手は虚しく宙を掴み、シーリーンは何処とも知らぬ場所に強制転移させられてしまった。
全裸で。
◇◇◇
【召喚成功?】
唐突なる転移からシーリーンは薄っすらと目を開けた。服を着ることもできずに移動したその先。そして目の前にいた人物と目が合い、驚愕した。
(アスタ様……!!)
シーリーンが驚いたことに、彼女を強制転移させたのは婚約者のアスタ・エヴァーグレイだった。
アスタと目があい、シーリーンは息を呑んだ。転移の衝撃も全裸なことも忘れて、アスタのその瞳に魅入ってしまう。
普段は感情を見せない高潔な公爵が、喜びの色を隠しもせずにこちらを見つめていた。まるで瞳が少年のようにとてもキラキラしている。
(……そうじゃなくて!)
目線を無理やり切って、自身の状況を確認する。全裸で転移という前代未聞の醜聞となるところだった。しかしそのなめらかな肌があるべきところには、艷やかな黒の毛並みが。
(よかった。成功したわ)
シーリーンは服を着ることはできなかった。しかし、転移直前に容姿変化の魔法を自分にかけることができたのだ。
「よかった。成功した」
期せずしてアスタはシーリーンの考えていることと同じことを口にした。
「これは素晴らしい召喚獣を呼び出すことができた。美しい艷やかな黒い毛並み。しなやかな体つき」
シーリーンはうっとりするアスタに見惚れるが、動揺する。公爵はいつもの様子とは全く違っていたのだ。
「ああ。本当に美しい。まるでシーリーンのようではないか」
その言葉に耳を疑う。
(アスタ様は、私を嫌っていたのではないの……?)
◇◇◇
【公爵、黒豹に愛を滔々と語る】
アスタ・エヴァーグレイはシーリーン・アンバーを嫌ってなどはいなかった。むしろ好意をこじらせて、どのような態度を取ればいいのかわからなくなってしまったのだ。
考えあぐねた末に『凛々しい態度をとって格好のいいところを見せよう』と迷走した結果、ただの無愛想になっていたのだが、不器用なアスタはそれに気が付かない。
「ああ。シーリーンのように美しい黒豹よ。お前は僕の心を読んで、召喚に応じてくれたのか? シーリーンを求めてやまないこの僕気持ちに応じてくれたのか?」
もちろんそんな訳はなかった。アスタの設定したのは、召喚獣レベルの魔力量。そして、アスタの魔法の影響する範囲でそのレベルに応じていたのが、人間離れした魔力量保持者のシーリーンだったというわけだ。
そうとも知らず、召喚に成功したと思い込んだアスタはその白い顔をほんのりと赤らめ、愛おしそうに黒豹の背を撫でる。
「僕はシーリーンに見合うために今まで努力してきた。それでも、僕が努力した分だけ、いやそれ以上の早さでシーリーンは魅力的に成長していく。魔法の実績も残していく……」
(ちょっと。腰を撫でるのはやめて!)
シーリーンの想いは届かずアスタは語り続ける。
「置いていかれないように、彼女に見合うように。懸命に努力した。恥をかかさないように、社交界で彼女の横に立つのもじっと我慢した。でも、社交の場で野郎どもの目にさらされていることを思うと嫉妬に狂いそうだったよ。知ってるかい? シーリーンの見事なスタイル。君のこの腰のくびれとよく似た、神のつくり給うた曲線美。もちろん見た目だけじゃない。芯のしっかりした、折れない精神を持った素晴らしい人物だ。樫の木令嬢なんて言葉、本人は嬉しいかはわからないけれど、その名は実によく彼女を表していると思うよ」
滔々と口からこぼれ出るアスタの愛の告白を聞きながら、シーリーンはどうすればいいのか戸惑っていた。
「今までは伝えられなかったこの気持ち。でも、召喚獣の召喚ができたことで、魔力が努力次第でどうにかなるということを世間に認めてもらえれば。そしたら……」
そう決意を胸に、左手の拳を固めるが、右手は無意識に黒豹の腰を撫で続けるアスタ。
秘めた愛の告白をしているわけだが、本人を目の前にしていることにまったく気が付いていない。シーリーンは羞恥と同時に罪悪感が募るばかりだ。
かといって、ここで「じゃじゃーん」と正体を現すわけにはいかない。なにしろ服を着ていないので、人の姿に戻れないのだ。
どうすることも出ないまま、腰を撫でられ愛を語られ続けるシーリーンであった。
◇◇◇
【ミーハーなシーリーン】
「はぁ〜ん。アスタ様って、やっぱり素敵!」
そう声を上げたのは、アスタに召喚されるという前代未聞の珍事が起きる数日前のシーリーン。
数日前どころか、アスタに出会ってからというもの、自室にこもってアスタを賞賛するのが習慣となっていた。
「ねえ、エマ。先程の式典みたかしら? アスタ様ったら、羽ペンをペン立てに置くとき、間違えて文鎮に置こうとしたのよ! しかも一瞬だけ固まって素知らぬ顔で知れっとペン立てに置き直してるの! あの姿、私たちひな壇側の人間しか見ていないはずだわ」
実はこのシーリーン、とてもミーハーな人間だった。アスタのことが大好きなのだが、その思いは少々暴走気味だ。人前でこのような醜態を晒すわけにはいけないと言うことも自覚しているので、お気に入りの侍女のエマの前だけなのだが。
そんなシーリーンの本心とは裏腹に、仲が冷え切っているとの噂も本当だ。婚約者になる前も、その後も、二人が話していることはほとんどなかった。
シーリーンは幼い頃から魔法の才能にあふれていた。魔法以外のことも卒なくこなし、優秀な子供であると評判だった。
同年代の子供と比べて何をやっても別格だったため、普通にしているだけでも威圧的に捉えられてしまう子供だったので、なるべく落ち着いているように振る舞うようにした。
樫の令嬢と呼ばれていた。
幼少期、同学年の子供たちの交友を深めようと開かれたパーティーにて、二人は出会った。
綺麗なのに難しい顔をしていたアスタに興味を惹かれる。そして、不意に驚いたときの表情がとても生き生きとしていた。そのギャップにやられてしまった。
「エマ、エマ。どうしたらアスタのお嫁さんになれるの?」
幼くまだ素直な可愛らしさが残っていた頃のシーリーンは、当時まだ侍女見習いであったエマにそうたずねた。
「アスタ様、ですね。魔法が使える人を婚約者にする可能性が高いと聞き及んでいます」
その答えを聞いて、シーリーンは魔法の訓練をがむしゃらに頑張った。
侍女見習いはついでに、『おしとやかにしていないとアスタ様と結婚できませんよ』などと、その後もアスタを引き合いに出してシーリーンをあおりにあおったので、完璧で最強な令嬢が出来上がってしまったのだった。
しかし最近になってようやく気づく。こんな強そうなお嫁さん、喜んでくれないのではないかと。
実際なんとか婚約者としてこぎつけたあとも、アスタはシーリーンと会うときは昔と同じ難しい顔をしたままであり、ニ、三言会話を交わしたあとはほとんどやり取りをしなかった。
しかし、シーリーンは好かれていなくても仕方がないと受け入れた。「何事もうまくいくわけではないわね」とつぶやくシーリーンはある意味ポジティブだ。
結婚してしまえば、同じお屋敷に大好きな人が住んでいて、その顔を毎日見放題なわけだ。貴族は思い通りの相手と結婚できる可能性は低い。そんな中で初恋の相手と結ばれたのだ。あとはヘマをして婚約破棄などと怖いことにならないよう、婚約を維持して結婚にこぎつけるまでだ。
そう思っていたというのに。人間召喚という珍事をやってのけたあとのアスタの様子はどうにもおかしい。
◇◇◇
【令嬢、打ち明けようにも婚約者に悶える】
「シーリーン、きいてくれ! 私はようやく成し遂げた」
アスタにシーリーンが強制召喚もとい強制移動させられてから数日後。アスタから訪問の知らせが入った。
ちなみに、あの日は日が暮れるまで撫で続けられた後、『元いた場所へお帰り』と優しく語りかけながら魔法陣で帰らされた。
アスタと家で会うことなど滅多にない。ソワソワしながら侍女のエマとどのようにもてなすか、どんなドレスを着ようか相談して準備していた。
いつもなら簡単な要件のみ告げて、にこりともせずに帰っていく。そんなアスタをみられるだけでもシーリーンは満足だったのだが……。
「シーリーン。僕は君に釣り合うだけの存在になれるよ!」
(誰だこれ)と思わせるほどテンション高めの美青年が目の前にいた。とうとう一人称まで僕に戻ってしまっている。先に通していた応接のソファにアスタは座っていたのに、シーリーンが向かい側のソファに着くなり回り込んで横に座られる。
彫刻のような凍りついた美貌も芸術的だが、表情豊かなアスタの顔、その笑顔の破壊力たるや。シーリーンはテンション高めな婚約者が無意識に手を握ってきたあたりで、胸を押さえて前かがみにってしまう。
「どうしたんだい?シーリーン。どこか悪いの?それはいけない、医者を呼ぼう!」
「アスタ様、大丈夫です。ちょっと胸がいっぱいで……ひっ」
大丈夫と説明するシーリーンの目の前には、椅子から降りてわざわざ膝を立ててまで心配して、シーリーンの表情をうかがうアスタの顔が。驚きと喜びで悲鳴が口からもれた。
こんな至近距離で上目遣いで見られたら、その可愛らしさにやられて酸欠になってしまう。
「そうか、それならよかった。女性は気絶しやすいと聞くから。くるしくなったらすぐに言って」
優しい。
「それで、要件を伝えてもいいかい? 僕は……えっと、私は召喚獣を招くことに成功した。それも、並大抵のレベルではない。上級の魔力を持つ、大型の黒豹だ」
目をキラキラと輝かせて話すアスタに、シーリーンは頷くしかない。
「僕は今度、お披露目会を開こうと思う。また黒豹を呼んで、みんなに僕の実力を認めてもらうんだ。そしたら……」
だめ、それはだめ。そう言いたかったが、あまりにも嬉しそうなアスタの喜びように、シーリーンは何も言えずにいたのだった。
◇◇◇
【自信をつける公爵、お披露目会を催す】
アスタは早速、貴族仲間を呼んで召喚が成功したことを披露することにした。
自身の邸宅のなかで、ちょうどいい広さのホールに観客席を設け、真ん中に魔方陣をしいておく。
もちろん、シーリーンもその場に呼んでいた。いろいろな意味でソワソワしているシーリーンに、浮かれたアスタはウイングまでして、招待客に「誰だあいつは。本当にアスタか?」なんて言われたりしていた。
そこまで婚約者が浮かれているのだ。喜ぶ姿見たさに、召喚獣とし呼ばれてやりたかったが、黒豹と言えど全裸。恥ずかしいことこの上ない。
どうするか考えあぐねている間にも、お披露目会は進行していく。
さすがに目の前にいる時には、術者であるアスタをよく観察できるので召喚ならぬ移動の魔法は防御できる。
そして、はじまりの挨拶を終え、いろいろと前講釈がおわり、アスタの召喚の儀式が行われたとき……。召喚は成功しなかった。シーリーンには、大勢の観客の目の前で黒豹(全裸)になる勇気が最後まで出なかったのだ。
召喚が失敗に終わり気落ちするアスタをみて、励ますように肩を叩いて次々と招待客は帰っていった。
残されたのは、うなだれるアスタと、シーリーンの二人。
◇◇◇
【真実を告げる】
「アスタ様。召喚が全てではありません」
落ち込んでみるからにしょげているアスタにシーリーンは懸命に話しかけた。
アスタの公爵邸に呼んでいた貴族仲間はみんな帰っていった。侍従やメイドも全員部屋から出てもらった。
召喚お披露目用に特別に用意した食べかけの茶菓子、来客用の椅子やソファもそのままに、がらんとした部屋の片隅でアスタはうなだれていた。
さすがに、心配する婚約者であるシーリーンまで追い返すわけにはいかず、しかし反応もできずに頭を抱えているアスタ。
(アスタ様のつむじも可愛い)
愛でたいそんな気持ちをぐっと抑えて、今はとにかく落ち込むアスタを励ますことにしたシーリーン。
「よく聞いてください。アスタ様は今まで一度も召喚できていません」
「何を言って……」
励ましの声には反応しなかったが、予想外のこの発言に思わず頭を上げるアスタ。
(あぁ、ガラス玉みたいに綺麗な蒼い瞳! アスタ様、最高……!)
わりとやばいやつに目をつけられていることにも気が付かず、純粋な目でシーリーンを見返すアスタ。
「あれは私です」
「?」
さすがに意味のわからないアスタは顔に疑問符を浮かべる。
「アスタ様。魔法の対象をどう設定したのですか?」
「えっと……。僕の呼び出せる最大限の範囲にいる、召喚獣の中で僕の手に負えるレベルの魔力を持つ……あっ」
「そういうことなのですね。つまり、私はその魔力レベルの指定範囲に見合っていた魔力を持ってしまっていたから、呼び出されてしまったのですね」
ようやくお互い合点がいったのだが、アスタの中にはもう一つの疑問点が浮かび上がる。
「なぜ黒豹……?」
「私はあの時入浴中だったのです。そしたら……、アスタ様の、魔法が……。あの、バスローブまでもう少しで手が届きそうだったんですよ。でも。何とか変化魔法で」
つい顔をそむけるシーリーン。その顔は真っ赤だ。
今聞いた言葉が徐々に意味をなしていくにつれ、アスタの顔もみるみる赤くなる。そして、鼻を抑える。
「僕はあの時、何をしていた? 黒豹の毛並みを撫で……撫で!?」
口に出せば出すほど、2人の顔は茹でダコだ。
「それに、僕は何を口走って……ああ、もうおしまいだ。僕の気持ちも知られた上に、召喚にも失敗し、今日のことで仲間にすら失望され……。君の横に立つ資格を、資格を失ってしまった。ごめんよ、シーリーン。これ以上君に恥をかかせるわけにはいかない。婚約は、」
「結婚しないなんて言わないでください」
食い気味にアスタの言葉を遮るシーリーン。この先は言わせないわよ? と目が語る。
「アスタ様のためなら、召喚獣にだってなんだってなります。周りの目がなんですか。私は、アスタ様の逆境の中でもまっすぐに立つその姿が好きなのです。一途に努力して、やれることから取り組んで。私の、その評価じゃだめなのですか? 私と一緒に歩むために、他の人達からの評価の方が大切なのですか?」
そう言って目を潤めながら首を傾げるその仕草は不思議とあの黒豹に似ていて。
「そうか。あの黒豹に、初めて会ったはずなのに心を開けたのは、君の気配を感じていたからか。あの瞳は、前から知っていた。そして、君はちゃんと僕を見てくれていたんだね」
そう言って、アスタはシーリーンの黒髪をそっと撫でる。撫でていると、不思議と心が落ち着いていくことを感じるアスタ。自信も取り戻せる気がする。
「僕は随分遠回りをしていたみたいだ。僕が魔法を、召喚を追求したのは世間から認められるため。でも、はじめは、君の目に止まりたいため。君に認められているのなら、それで、十分だ」
そう言って、アスタはシーリーンのおでこに自分のおでこをそっとつけた。
嬉しそうに見上げるシーリーンの濡れた瞳と、アスタの自信を取り戻した瞳が、むすびつく。
アスタは召喚獣こそ呼び出せなかったが、最愛の女性を手に入れることができたのだった。