ジェーンの決断
私の人生を方向づけた運命の人とも言える女性と出会ったのは、当時の王太子ウェインの十歳の誕生日会だった。
多くの参加者はなるべくウェインの関心を得られるように振る舞い、褒めたり、プレゼントを手渡したり、上目遣いでアピールしたり。冷めた気分で見ていた私には滑稽だった。ウェインのニヤけ顔、辟易する。
ウェインは私の従兄弟だ。伯父が国王陛下。私の父は国王の弟。公爵位を賜り、母と結婚し私が生まれた。ウェインと私は同い年だ。同い年だからかもしれないが、彼の言動は非常に幼く感じる。見下し、搾取し、自身を省みない。彼が国王になった日を想像するのはやめておこう。
さらにもっと恐ろしい事がある。高い地位で人を動かしている者たちが彼と同じタイプだということだ。上がダメでも支える側がそれなりなら国は動く。支えがない国はいつか地図上から消えてなくなるだろう。私は領地を守り、領民と生き抜こうと決意し日々励んでいた。
ウェインに気づかれないように観察していると、不自然な動きがあった。何かゴソゴソしている。魔道具だ。あれはディア・アダマンテ侯爵令嬢ではないか。なんだ?あのいやらしい目つき。今何かしたな。見えない。ウェインの満足気な顔。絶対何かしたな。アダマンテ嬢に声をかけてみるか。
私は不自然にならないように、ホクホク顔でお菓子をお皿に並べているアダマンテ嬢に近づいた。
「ごきげんよう。私、エメランド公爵家のジェーンですわ。お見知りおきを」
「お声がけありがとうございます。アダマンテ侯爵家のディアーヌと申します」
なんて可愛らしい!ウェインが選んだ気持ちは分かるが、この王国で王妃になっても碌な事がない。先日お父様から聞かされて怖気立ったばかりだった。
「ディアーヌ様、私お友だちが欲しいの。ディアーヌ様のように可愛らしい方がお友だちになってくださったら嬉しいわ」
なるべく幼く聞こえるように話しかけた。
「まぁ、お友だちになってくださるの?嬉しいわ。まずは一緒にお菓子を食べませんか?お茶会がしたいわ。いつもお姉様たちがしていて羨ましかったの」
「ディアーヌ様はお姉様がいらっしゃるのね?羨ましいわ」
「じゃあ、私がジェーン様のお姉様になるわ。ディアお姉様って呼んでみて」
「ディアお姉様?」
「なあに?ジェーン様」
ふふふと顔を合わせて笑い合った。こうして謎に始まった「ディアお姉様」との微笑ましい時間はいつの間にか私の癒しとなっていったのだった。
ディアお姉様は美しく可愛らしい。聡明な方ではあるが、なぜか他人の感情に疎い。男女問わず寄ってくるディアお姉様目当ての者達を牽制する日々。情報を集め、裏をかき、ディアお姉様を守る。
アダマンテ侯爵にお礼として騎士と商人と侍女を貰ったほどだ。そのお礼を活かしてさらに守りを厚くする。私はこの手の事が楽しくて仕方がない。
隣の隣の国から留学生が来た。どうも高位貴族な上、魔法使いのようだ。ディアお姉様を見る目に熱が篭っている。厄介だとは思ったが、寄ってこない。賢明だな。
ただ他にも何か調べているようだ。ディアお姉様への悪意は感じられないし、放っておくか。これまで同様お姉様を守りつつ私は充実した日々を過ごしていた。
ある日普段のデレた顔から一転、真剣な顔つきで留学生がディアお姉様に話しかけてきた。お姉様は随分前から何か違和感があると言っていたが、その「何か」に関わる事だった。話を聞いて私はあの時だ!と確信した。許せない。
ディアお姉様がいない所で留学生と話す機会を設けた。私はウェインの誕生日会で見た事を伝えた。やはりウェインが何かしたようだ。彼はグランベル公爵だと名乗り、魔法誓約までしてディアお姉様を守ると約束してくれた。私は心強い味方を得ると同時にこの腐りかけた国に光が射したようにも感じた。
国外に優秀な人材が多数流出していたことを知り、グランベル公爵がなぜこの国に来たのかも聞いた。まだ隠している事はありそうだったが今は考えなくても良いだろう。
やはりこの学校は機能していなかった。評価システムが不正の温床になっているとは。状況を憂いた先輩たちは国外から本や資金を送り、一部の心ある先生たちがこの学びの場を守ってくださっていたのだ。知らなかった。私はまだまだだ。
ありがたいことに、国が動いたら先輩方が戻ってくださる可能性もあるとも知った。ずっと力を蓄えてくれているとも聞いた。グランベル公爵には頭が上がらない。でもディアとのことは別だ。
王太子妃選定の儀式のカラクリを暴き断罪する、その準備も始まった。王太子が十三年もかけて魔力を貯めた魔道具から伸びる光の帯。その光が包んだ者が王太子の運命の相手、という儀式。単なる事前マーキングと洗脳魔法による茶番だ。悍ましい。
グランベル公爵のお仲間のマニアックな魔法使いたちを紹介された。この人たちがアダマンテ侯爵領をそのまま彼の国へ転移させる凄い人たちだ。
家も道路も水路も全て移す。もちろん領民も。すでに目立たない所から試験を兼ねて人以外を転移させ始めている。領民の引っ越し準備も始まっていて、表面上はこれまで通りに暮らしていると聞いている。今後の参考にさせてもらおう。
ただ儀式の時を待たなければディアお姉様の体内の何かを安全に取り出せないらしく、最後は一気に対応することになった。彼の国は凄い。マニアックな魔法使いたちのやる気も凄い。
私は王太子妃選定の儀式に参加し、全てを見届ける役割に立候補した。王位継承権を持つ者として責任があると思ったからだ。儀式後ディアお姉様の弱みとならないように、領地を守る結界用のスクロールと、転移用のスクロールを渡された。儀式を見届けた私もすぐ対応する必要がある。
「ジェーン様とディアの仲睦まじさは有名だから、ディアの為にも充分気をつけて」
とグランベル公爵からの妬まし気な目つき、ディアお姉様に見せたかったな。しかもいつの間にか愛称で呼んでいる。抜け目のない男だ。
準備は整った。私はどこか王太子妃選定の儀式は本物であって欲しいと願っていたのかもしれない。王妃様には婚約者がいた。それは事実だが、そこに愛情はなかったと思いたかった。あまりにも哀しくて。時折虚な目をする王妃様を見た気がしたのは、気のせいではなかったのかもしれない。
王太子妃選定の儀式の時を王宮で迎えた私は参加者の多さに呆れていた。このパーティーは王都に住む女性が対象だ。つまり平民の方々もいる。選ばれる人が決まっているのにこれ程の人を集めるなんて。
流石に本気で選ばれようとしているのはごく一部のようだ。飲食エリアで楽しそうに過ごす人たちを見て少し和んだ。ある意味お祭りなのかもしれない。
ウェインが現れた。魔道具を掲げる。光の帯が参加者を貫き壁に吸い込まれている。綺麗な光だ。貫いているのに気づかず選ばれたと気色ばんだご令嬢の一喜一憂が可愛らしい。さて、光の帯の先を見つけに誰かが動くだろう。分かるまでに何か食べておこう。
騎士が戻ってきた。本当にアダマンテ侯爵家に届いたようだ。ディアお姉様たちは首尾よく逃げられただろうか。ちょっとドキドキするな。なかなか味わえない感情の昂りに悦びを感じた。
「ウェイン様、エメランド公爵家が立ち合わせていただきますわ。皆で移動するのは大変ですもの」
私の提案は呆気なく通った。何も疑われていないようだ。
伯父、ウェイン、お父様、私と騎士数名でアダマンテ侯爵邸へ向かう事になった。一先ず伯父とウェインは王妃様が残った事に疑問はないようで安心した。
王妃様はこの後王都のエメランド家で元婚約者様と合流し、王妃様の領地に転移。マニアックな魔法使いの方に洗脳を解いてもらう予定だ。一部の記憶は封じる事になった。王妃様には療養が必要だし、生きていてほしいから。
アダマンテ侯爵家ではドレスを着たトルソーが光の帯を浴びてとても幻想的だった。無数のクリスタルが反射して美しくて、ディアお姉様が着ていたらどんなに美しかったか。
ああ、あれが例のブローチか。ウェインがディアお姉様に付けたマーキングを転移魔法を応用してブローチに移すと聞いていた。グランベル公爵の見立てが正しかった。
ドレスを着たトルソーの周りに我々が集まったあたりから世界中にこの様子が放映されていた。魔法使いたちの仕業だ。
私はわざとグランベル公爵や魔法使いたちを大賢者様と呼び、不自然にならないように状況の解説を試みた。上手くできたのかは分からない。なるべく大きな声で話しながら、お父様には小声で指示を出す。お父様と私は、伯父とウェインを置いて領地の屋敷へ転移した。
そこからは迅速だった。まず領地に結界を張った。お父様に説明をして関係各所に念のため今回の顛末を知らせた。領民の希望を聞き引っ越し希望者を募る一方、帰国を希望する諸先輩方への対応、王太子妃関連の犯罪者たちの訴追、王族の選別が行われた。
王ではなくなった伯父とウェインは幽閉して更生プログラムを実施。マニアックな魔法使い監修なので私は詳しくは知らない。今回のことで唯一知らないことかもしれない。
もちろんディアお姉様には頻繁に会いに行った。マニアックな魔法使いたちが護衛も兼ねて交代で私に付き添ってくれたので、転移し放題、防御完璧で本当にお世話になった。何度も転移させてもらう内、いつの間にか一人の魔法使いが私の担当となっていた。
この魔法使い、エミル・サフィルは魔法騎士だった。エミルは実に有能だった。魔法も剣技も極めた方で、護衛としても強く、まだ荒れていた王国中を二人だけで飛び回っても問題が無かった。
二人だけで移動できるので機動力が上がり、思うがままに精力的に動くことができた。彼は今まで知り得た中で最高の魔法騎士。もし仮に騙されたとしても、敵ながら賛辞を呈するほどの策士でもあった。お陰で問題解決スピードが上がり、私の自由時間が増えて快適だった。
ディアお姉様とお茶会をしていた時だった。エミルが文官を二人連れて来た。国外から帰ってきた母校の先輩たちだった。女性をモノとして扱かう習慣があった国で女性の地位向上を推し進める為には、私が女王となって国を治めるのが最善との分析だった。
ただ、まだ膿を出し切れておらず危険な為、まずはお父様が王となり、体制を整えつつ私の教育を進めたいとのこと。そして、苦い顔のまま先輩は言った。
「申し上げにくいのですが、なるべく早く王配を選んでいただき、同時に教育を進められたらありがたいのですが」
先輩は深々とお辞儀をした。
その時私はもう決めていた。
「王配にはエミル・サフィルを」
その言葉を聞いた時のエミルの嬉しそうな顔。後で聞いたら、今までの人生の中で名前を呼ばれてあんなに嬉しかったことはない、と言ってくれた。
そのまま私とエミルは更に忙しくなった。お父様は体格の良さと強面を活かして、愛する娘が治めやすい国にする!と変革をどんどん進めていった。そのうち私とエミルの準備が整い、戴冠式と結婚披露を同時に行う事になった。
あのウェインのニヤけた顔を見てから数十年。まさか自分が二男二女の母となり、夫を愛し、その三倍くらい愛され、女性と言うだけで軽んじられていたこの国を王として治める立場になるとは思ってもみなかった。
人生は何が起こるか分からないものだ。
完
「運命の時間です」の世界のお話はこれで終わりです。
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