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3章 歓迎なんて期待してない

 向かい合って立ち、ラウレンツが一歩距離を詰める。

 ラウレンツの大きく少しごつごつした手が、クラリッサのヴェールにかかった。

 その大きな手に、目の前に突きつけられたラウレンツの美しい顔に、子供の頃には無かった喉仏の凹凸に、クラリッサは釘付けになる。


 ヴェールが上げられ、視界がクリアになった。

 ラウレンツの眼鏡の銀縁が控えめに光っているところまでよく見えた。


 ゆっくりと顔が近付いてきて、クラリッサは緊張に耐えられず目を閉じる。

 まるで機械のように、ラウレンツは少しも動きを乱すことなく自然な動きでキスをした。

 一瞬で離れていった唇の冷たさと柔らかさが、確かにキスをしたのだとクラリッサに教えてくれる。

 先程までと温度が変わった唇に、いつまでもラウレンツがいるような気がした。


 二人揃って出席者達の方へ身体を向け、腕を組んで頭を下げる。

 祝福の声と花弁が飛び交う中、クラリッサはゆっくりと歩くラウレンツの隣を歩いた。

 開かれた正面入口の先には豪奢な馬車が停められている。


 大勢の人達に見守られながら、クラリッサはラウレンツのエスコートで馬車に乗り込んだ。





 馬車は王都の中心部をぐるりと回って、新たに用意されたというフェルステル公爵邸に到着した。

 その間、特にラウレンツとクラリッサの間に会話は無かった。

 ラウレンツはクラリッサの隣で表情を消して目を閉じていたのだ。

 いくら形式上の国民への披露でありカーテンを開ける必要も無いとはいえ、まさかここで眠る姿勢を取られるとは思ってもいなかった。


 しかし、それも仕方がないとクラリッサは思った。馬車を降りた先のフェルステル公爵邸が、あまりに完璧に美しく整った貴族の邸だったからだ。

 玄関扉の左右を使用人が開けており、ホールには姿勢を整えた使用人達が整列している。

 ラウレンツがクラリッサをエスコートして中に入ると、使用人達は一斉に頭を下げた。


「おかえりなさいませ。ご結婚おめでとうございます」


 揃った声に小さく頷いたラウレンツは、すぐに歩み寄ってきた執事に目で合図をする。執事がクラリッサに向かって口を開いた。


「はじめまして、奥様。私はこの邸の執事頭を務めます、エルマーと申します。奥様付きの侍女は、こちらの者達です。なにかあれば、私共にお申し付けください」


 列から五人の侍女が出てきて、エルマーの横に並んだ。

 一礼して顔を上げた、その目には悪女らしいウエディングドレス姿のクラリッサへの侮蔑が含まれている。クラリッサには慣れた視線だ。


「ありがとう、エルマー。今日からよろしくね」


 クラリッサは口角を上げて挨拶をした。

 それから、後続の馬車に乗ってきたカーラを呼ぶ。


「これは私の侍女のカーラよ。彼女を私の筆頭侍女にするから、この邸のことを教えてあげて」


「カーラです。よろしくお願いいたします」


 礼儀正しく頭を下げるカーラに、侍女達は一瞬驚いたような顔をした。

 悪女が連れてきた侍女だから、どれだけ変な女が来るかと身構えていたのだろう。


 すぐにそれを隠して頷くことができるのは、流石ラウレンツが選んだ使用人達といったところだろうか。

 完璧に表情を隠すことができるのは、生まれ持っての高位貴族か王族、皇族くらいだ。

 彼等は使用人なのだから感情が漏れてしまうのは仕方がないが、あけすけに出して良いものではない。それをしっかり理解しているというのは、基本だが素晴らしいことだ。


 ちなみにカーラは元々表情が乏しい上、クラリッサの悪女のふりに協力してきたため、表情は完璧に作ることができていた。

 カーラと侍女達の挨拶が済んだところで、ラウレンツが口を開く。


「──侍女に部屋を案内させる。夜会は十八時からだ」


「──~~っ、かしこまりました」


 ウエディングドレス姿のため扇を持っていないクラリッサは、ラウレンツの声に緩んでしまいそうになる表情を必死で抑えて返事をした。

 今夜結婚披露のための夜会がこの邸で行われる。その支度に掛からなければいけないことは、クラリッサも分かっていた。


 ラウレンツから、事前に夜会の準備は皇城から連れてきた使用人で用意するから、クラリッサは自分の支度だけをするようにと手紙で伝えられている。

 手紙には、まだクレオーメ帝国に慣れていないクラリッサに夜会の支度はできないだろうから、と書かれていた。

 アベリア王国から嫁いできたばかりの見知らぬ人間に自邸での夜会を指揮させるというのはあまりに恐ろしいから、当然の措置だろう。


「それで? 私の部屋はどこなのかしら」


 クラリッサは照れを隠すようにつんとした態度でそう言って、ふいと顔を背ける。そんな態度にも慣れきっているカーラが、ラウレンツに用意された侍女達に視線で案内するよう訴えた。


「ご案内いたします」


 侍女の後を追って、クラリッサはホールの階段を上った。

 用意された部屋は二階の廊下を少し歩いて、一番豪華な扉を通り過ぎた隣だ。入口の扉には四隅に四季の花が彫刻されており、華奢ながらに華やかなデザインだった。


 扉を開けて、室内に入る。

 部屋も花のモチーフを使った木製の調度で統一されている。カーテンやシーツ、天蓋等は全てシンプルな白だった。

 印象的なのは、庭園を一望できる広いテラスがあることだ。


 一般的な貴族邸の作りならば、奥にある扉は一つが衣装部屋で、一つが浴室、もう一つは夫婦の寝室だろう。

 部屋を見回すクラリッサに、侍女の一人が口を開く。


「リネン類は、明日以降奥様のお好きなように整えて構わないとお聞きしております」


「そう」


「寝台はこちらに一つと、あちらの扉の先に当主夫妻の寝室がございます。浴室もそれぞれに」


「分かったわ」


 この侍女達がどこから来た者なのか、クラリッサは知らない。

 ラウレンツが皇城から連れてきた者なら良いが、クラリッサとの結婚を機に新しく雇った者であれば、ベラドンナ王国の手の者が紛れている可能性もあった。

 使用人の身元調査を行うまでは、アベリア王国と同様に振る舞わなければならない。


「支度を始めるわ。早く湯浴みをしてしまいたいのよ。このドレス、綺麗なんだけど窮屈で」


「ご用意できております。こちらへどうぞ」


 鏡の前に立つよう言われ、クラリッサは重すぎるドレスの裾を持ち上げて移動した。

 一人が浴室へと向かい、二人がこのあと着替える予定のドレスを取りに行く。

 カーラを含む三人が、クラリッサのドレスの紐を解いて脱がせにかかった。

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