13章 らしくないもの
ラウレンツはそのまま高熱を出して丸二日間目を覚まさなかった。
やはり骨が折れていたため、肩の周囲は包帯で固定されている。クラリッサが把握していなかった服の下にも打撲や小さな擦り傷がたくさんあったらしく、薬を塗ってガーゼが貼られていた。
離れたくなかったクラリッサはつきっきりで看病をしていたのだが、すっかり引き籠もってしまったクラリッサの離宮にエヴェラルドが側近達を連れて乗りこんできた。
「クラリッサ、ラウレンツは私の宮に連れて行くよ」
エヴェラルドは、もう考慮の余地はないという強い態度で言う。
「なんでですか、お兄様! この人は私の夫で──」
「分かっているが、もうあれから三日だ。クラリッサにやってもらわないといけないことがたくさんある」
エヴェラルドがクラリッサの前に書類の束を置いた。
一番上の書類は、破壊したオーブ街の別荘についてのオーブ街住民からの陳情書だった。
どきっとして二枚目を見ると、ラウレンツが宿泊した宿の修繕と補償についてのもの。三枚目は、入城に際し異国の人間を手続きなしに入城させた理由書だ。
他にも、心当たりがある様々なことについての書類が山になっている。
「お兄様、これ……」
「クラリッサも知っての通り、今、この王城には人がいない。父上と母上がいなくなって、官吏も半分近く減ったんだぞ」
「そんなに!?」
一体どれだけこの国はベラドンナ王国に操られていたのだろう。そう考えると恐ろしい。
「ああ。だから、元気な人間をこんな所で休ませている余裕は無い」
ばっさりと言われ、クラリッサは言葉に詰まった。
確かにクラリッサはラウレンツの側に付いているだけだ。看病はしていたが忙しいというわけではない。
「そして、こういう一つ一つの手続きや書類は、王族が手本となってやらなければならないことは、クラリッサも理解しているだろう?」
言われるまでもなく、クラリッサもその重要性は分かっている。そして、確かに書類に書かれていることは、クラリッサが実際にしたことだ。
新しく国王になったエヴェラルドが前国王と違うということを国民に示すためにも、情報公開や適正手続きは重要だろう。
「だからって、ラウレンツを連れて行かなくても──」
「ここは護衛も使用人も足りないだろう? 私の宮が一番警備が行き届いているし、安全だ」
「分かりました……」
ラウレンツに嫁ぐ直前までシルヴェーヌの側で悪女のふりをしてきたクラリッサの離宮は、ベラドンナ王国の者が多かった。
クレオーメ帝国の介入により、調べられると困る者は皆逃げ出してしまった。
ラウレンツの看病にかまけていたため、新たな使用人の採用についても何も動いていなかった。
エヴェラルドの言うとおりだ。
「──目覚めたら教えてくださいよ!?」
「勿論だよ」
エヴェラルドがクラリッサの頭を撫でる。
「ろくに眠れていないんだろう? 精々仕事して頭使ってれば、夜も疲れて爆睡できるだろう」
エヴェラルドはそう言って、クラリッサの離宮から眠ったままのラウレンツを担架で担いで連れ出した。
残されたクラリッサは、ぽかんと空っぽになった寝台を眺めていた。
「さっきのお兄様、ちょっとラウレンツっぽかったわ……」
嫌みなことを言いながら、クラリッサのことを気遣って優しくしてくれる言い回しが似ていた。
そう考えて、首を振る。
「いいえ、違うわ。ラウレンツなら、ちゃんと私に優しくしてくれるもの」
クラリッサは勢いよく立ち上がり、誰もいない客間を出た。
ラウレンツを診た侍医は、命に別状はないということだった。
ならば目覚めたときに憂いなくクレオーメ帝国に帰れるよう、やらなければいけないことはたくさんある。
「……いつまでも落ち込んでるなんて、らしくないもの」
クラリッサは誰に言うでもなく呟いて、書類を抱え執務室へと向かった。
それから二週間が経った。
クラリッサの離宮は臨時で使用人を採用したため、以前までほどではないが賑やかになった。
王城の官吏も大規模な登用試験を実施して、数週間後には大勢の新人が入ってくる予定だ。
しばらくは落ち着かないだろうが、余計な干渉を受けずに仕事ができるようになるとエヴェラルドは喜んでいる。
ラウレンツはとっくに目覚めたが、クラリッサはまだエヴェラルドの宮へ行っていない。
「それで、今度は何を悩んでいるんですか?」
カーラが言う。
クラリッサは顔を顰めた。染まった頬が隠し切れていないのは自分でも分かっている。
「だって……なんだか、恥ずかしくなっちゃって」
「──……はい?」
「どさくさに紛れて、結構色々なことをしたなって……」




