12章 泣かせているのは
「お……っ。分かった、分かったから」
真っ赤な顔のラウレンツが、クラリッサの隣に少し距離を置いて座った。
寝台がぽふんと音を立てる。
クラリッサは、早速ラウレンツのシャツのボタンに手を伸ばした。
ラウレンツがぎょっとして身体を後ろに引く。バランスを崩した大きな身体が、寝台の上で仰向けになった。
クラリッサが上に乗っているので、まるで組み敷いているかのような体勢だ。
「ちょっと待って!? クラリッサ!」
「良いから。早く脱いで」
抵抗しきれないラウレンツのシャツのボタンをクラリッサが次々外していく。
そうして露わになった身体を見て、クラリッサはようやく手を離した。
左の肩が不自然に赤く腫れている。位置からして、鎖骨のあたりだろうか。
「──……折れてるわね」
「いや、大したことは──」
ラウレンツがゆっくりと目を逸らす。
「何言ってるの!? 熱まで出しておいて、たいした怪我じゃないとは言わせないわ!」
もし骨折していなかったとしても、ひびくらいは入っているだろう。
「……ごめんね」
ラウレンツが言う。
持ち上げられた右手が、クラリッサの頬をなぞった。
熱い指先が辿った場所が冷たい。
その指に付いた水滴を見て、クラリッサは自分が今泣いているのだと気が付いた。
「泣かないで。私は、貴女に泣かれるのに弱いんだ……」
ラウレンツが困ったように眉を下げる。
クラリッサは目尻を吊り上げて、ラウレンツを睨み付けた。
ラウレンツの赤くなった目の中の青い瞳に、クラリッサが映っている。泣きながら怒る顔はどうしようもなく不細工で、美女だと言われている普段が嘘のようだ。
取り繕うこともない、隠さないクラリッサはきっと、これほどに歪で子供じみているのだろう。
「泣かせているのは貴方でしょう!?」
クラリッサはそんなに泣き虫じゃない。泣くのはいつもラウレンツのせいだ。
暖かい場所で過ごしているうちに、弱くなってしまったのかもしれない。
そう思うと、不思議と嫌ではない。
クラリッサはラウレンツに布団を掛けて寝台を下りた。
「──とにかく! 今侍医を呼んでいるから、大人しくしていてよね。勝手に動いたら承知しないわ!」
きつく言わなければ無理にでも動いてしまいそうなラウレンツに釘を刺す。
「分かったよ。──気付いてくれて、ありがとう……」
ラウレンツの普段よりも息の多い声を背中で聞いて、クラリッサは部屋を出た。
部屋を出たところで、侍医を連れてきたカーラと出会う。
王城には何人かの侍医がいるが、カーラが連れてきたのはその中でも最も古くからいる、エヴェラルドお抱えの男性だった。
非常時の今、最も信頼できる侍医だった。
「クラリッサ様、お医者様をお連れいたしました」
「ありがとう、カーラ。……よろしくお願いします」
クラリッサは侍医に向かって頭を下げる。
侍医は首を左右に振って、安心させるように微笑んだ。
「大丈夫です、王女様。すぐに診させていただきますから」
侍医が部屋に入っていく。
クラリッサは扉が閉まるまで見送って、ようやく肩の力を抜くことができた。




